6.真実と痛み version 4

2023/06/19 11:42 by someone
  :追加された部分   :削除された部分
(差分が大きい場合、文字単位では表示しません)
白紙のページ
 「すごく真面目で優秀な、努力家でした」
真壁咲良という人、そして沢村智輝が彼女を愛したということ。その説明は、そんな言葉から始まった。
「ただ、彼女はその生真面目で優しい笑顔の裏で、複雑な社会に心を砕きすぎていたんです。でも私は、彼女をそんな笑顔から好きになってしまった人間だった」
沢村は悔恨に眉をひそめる。またその言葉から彼の葛藤が垣間見えた。そしてそれは、健人の内の"ある記憶"を揺さぶった。
"この夜にあなたが私に優しくしてくれたこと、覚えててねーー"
だが、想起される思い出に今は頭を振り、目の前の話に意識を向け直す。
「彼女を楽にして上げたい反面、彼女の抱える思いを充分に理解しきれていなかった。それで互いにずっと苦しんでいたんです」
「…事件が起きた頃合いは、どうでした?」
「二人とも、今話した思いに疲弊していました」
初樹が間合いを見て差し込んだ問いに対し、沢村は一つ間を置いて答えた。その応答には嗚咽にも似た小さな溜め息が混じっていた。
「そして事が起きて…警察の方に、私から彼女と私の抱えている苦痛を話すことは躊躇われた。疲弊していた私はふとその時…世間体を、気にしたんです」
「それで世間体って言っても…」
「うん、それは失踪届けと併せて、家族がするような話でもある」
健人と初樹の提示した疑問に、沢村は目を伏せる。そして静かにこう言った。

「いえ、あのご家族は話さなかったでしょう。咲良はいつか言っていた。"家族は私のことは何もないとしてる"って」

現実としてある話だ。専攻していた学問の性質上、そう理解はしていた。しかし、家族と言えど臭い物に蓋をするその性質に、健人は顔を歪めた。
「そういうことですか…真壁さんの母親の、あの性急さの理由」
初樹も得心しながら眉根を寄せる。精神的に困難を抱えた人とその周囲の困難。互いに理解の必要な状況。

             

「すごく真面目で優秀な、努力家でした」
真壁咲良という人、そして沢村智輝が彼女を愛したということ。その説明は、そんな言葉から始まった。
「ただ、彼女はその生真面目で優しい笑顔の裏で、複雑な社会に心を砕きすぎていたんです。でも私は、彼女をそんな笑顔から好きになってしまった人間だった」
沢村は悔恨に眉をひそめる。またその言葉から彼の葛藤が垣間見えた。そしてそれは、健人の内の"ある記憶"を揺さぶった。
"この夜にあなたが私に優しくしてくれたこと、覚えててねーー"
だが、想起される思い出に今は頭を振り、目の前の話に意識を向け直す。
「彼女を楽にして上げたい反面、彼女の抱える思いを充分に理解しきれていなかった。それで互いにずっと苦しんでいたんです」
「…事件が起きた頃合いは、どうでした?」
「二人とも、今話した思いに疲弊していました」
初樹が間合いを見て差し込んだ問いに対し、沢村は一つ間を置いて答えた。その応答には嗚咽にも似た小さな溜め息が混じっていた。
「そして事が起きて…警察の方に、私から彼女と私の抱えている苦痛を話すことは躊躇われた。疲弊していた私はふとその時…世間体を、気にしたんです」
「それで世間体って言っても…」
「うん、それは失踪届けと併せて、家族がするような話でもある」
健人と初樹の提示した疑問に、沢村は目を伏せる。そして静かにこう言った。

「いえ、あのご家族は話さなかったでしょう。咲良はいつか言っていた。"家族は私のことは何もないとしてる"って」

現実としてある話だ。専攻していた学問の性質上、そう理解はしていた。しかし、家族と言えど臭い物に蓋をするその性質に、健人は顔を歪めた。
「そういうことですか…真壁さんの母親の、あの性急さの理由」
初樹も得心しながら眉根を寄せる。精神的に困難を抱えた人とその周囲の困難。互いに理解の必要な状況。