No.3 1/4 version 3
No.3 1/4
4月21日、火曜日の午後2時———花森健人は溜め息をつきながら、今一度英道大学の校門を通った。芝生の植えられた校庭を横切り、そのまま東棟二階の隅に位置する小教室に向かう。昨日の事件を受けて、横尾和明との再度待ち合わせる場所はそこに変更となったためだ。
昨夜———蜘蛛の怪人が闇色の霞と消えた際にえづきこそしたものの、健人は可能な限りすぐ、応の事態の収拾として警察と救急に匿名の通報を入れた。また和明や西棟一階付近に倒れていた男子学生の安全を再度確保する。そうしてパトカーのサイレンを確認してその場を後にした。その後、この事は報道されたかもしれないが、そうしたニュースを見る気にもなれず、自宅アパートで呆然と過ごしていた。その心身に安らぎはなく、そうしていないと朝が迎えられなかったためだ。殆ど一睡もできないままであり、流石に睡魔が襲ってきていた正午。スマートフォンの着信音に弾かれたように起きると、健人はその画面を見る。そこには登録こそしていなかったものの、和明の電話番号が表示されていた。
「もしもし…花森、昨日はすまなかっ…」
「どういうつもりだったんだ?」
電話に出るや否や強い言葉をぶつけてしまう。強いストレスに曝され続けた自我が、その捌け口を求める故か。
「それは…」
「二人とも死んでたかもしれない」
謝罪する相手の言葉さえ聞き入れず、責め立ててしまう行為に自己嫌悪さえ感じつつも止めることができない。だがそこにいた連れ合いが、その危険性を理解しながらそれを回避しないという異常行動に出た時、どうすれば良かったというのか…自己嫌悪にあっても口から出てくるのはそんな𠮟責だった。
「あの時俺はどうすればよかったんだ!?”逃げよう”って言っても、あんな憑りつかれた様になってた横尾を、置いていけば良かったのか!?」
「…すまなかった…でも、あの後何があったんだ?」
そこで何も言えなくなった。この横尾和明という男の、ある種動じない姿勢を心底呪ってしまう。
「…なんかよく分からない奴が出てきて、戦り合って消えてったよ。ふざけた話だ」
嘘だ———和明はそう直感していた。何があったのか不可解なのは本心だ。昏倒していた意識が回復したときには、駆け付けた警察に保護されていた。怪事件に関する全ての状況に明るくない以上、彼らにこちらの事情全てを話すべきか…そんな思いから蜘蛛の怪物のことは当初は伏せつつ、探り気味に話を進めていた。そんな時、担当者からある言葉を投げかけられた。
「———君は”何か”を見ているはずだ。身体の正面の傷、それは何処で付いたものだね?」
そうだよな…そう来るよな…この時、やむを得ず”昨夜については”見たことを全て開示する。ある一点だけを除いて———。それは自身の記憶を想起しながら話しているときだった。”花森は何処に行った?”自分が保護された時には周囲に彼の姿は無かった。
「横尾…横尾…!」
その後、健人はふらつきながらもすぐに和明を横たえた階段の踊り場へと向かい、その意識に呼び掛けた。横たえたその身体を抱え、右腕で支える和明の頭ーーー力の投げ出されたその重さが健人の焦燥を煽る。
「……ぅ…あ、ゆみ…」
その時、女性の名を思わせる言葉と共に、和明は薄目を開けた。
「大丈夫か?」
「…あぁ、花森…無事か?」
意識は戻りつつあるものの、呆けたような声音で発された言葉に、健人の張りつめていた気も抜ける。呆気にとられたのか、思わずため息交じりに返答した自分がいた。
「…どうなのかな…でも、怪我はないよ」
健人の口から出てきたそんな言葉を受けてか、一瞬和明は怪訝に健人を見るものの、「…すまなかった」と謝罪しつつその身を起こす。
「忠告、してくれたのにな」
少々ふらつきながらも立ち上がると、和明は目を伏せながら謝罪の言葉を続ける。先の行動からは不可解な程の素直な謝罪。それに未だ拍子抜けする健人だったが、先の出来事を思えばまだその表情を緩めることは出来ない。夜の静寂が取り戻された西棟に、しばし沈黙が流れるも、やがてそれに耐え切れず健人の口が再度開く。
「二人とも死んでたかもしれない。あんなことはやめてくれ」
しかし今度は和明が口を噤んだ。その沈黙はどこか強い意志を感じさせる。なんだってこいつ、こんなにこの怪事件に執着してるんだ…そう思う健人が眉根を寄せたその時、パトカーと救急車のサイレンが耳に届いた。ハッと顔を上げた和明が焦燥と共に健人を見遣る。
「さっきの誰かが通報したか…花森、言いにくいが頼みがある」
「…これ以上、なんだ?」
状況と和明に向けて、健人は悪態をつかずにはいられない。だがそんな健人の思いを認知しながらも和明は矢継ぎ早に告げた。
「俺と逃げてくれ」
「横尾…横尾…!」
その後、健人はふらつきながらもすぐに和明を横たえた階段の踊り場へと向かい、その意識に呼び掛けた。横たえたその身体を抱え、右腕で支える和明の頭ーーー力の投げ出されたその重さが健人の焦燥を煽る。
「……ぅ…あ、ゆみ…」
その時、女性の名を思わせる言葉と共に、和明は薄目を開けた。
「大丈夫か?」
「…あぁ、花森…無事か?」
意識は戻りつつあるものの、呆けたような声音で発された言葉に、健人の張りつめていた気も抜ける。呆気にとられたのか、思わずため息交じりに返答した自分がいた。
「…どうなのかな…でも、怪我はないよ」
健人の口から出てきたそんな言葉を受けてか、一瞬和明は怪訝に健人を見るものの、「…すまなかった」と謝罪しつつその身を起こす。
「忠告、してくれたのにな」
少々ふらつきながらも立ち上がると、和明は目を伏せながら謝罪の言葉を続ける。先の行動からは不可解な程の素直な謝罪。それに未だ拍子抜けする健人だったが、先の出来事を思えばまだその表情を緩めることは出来ない。夜の静寂が取り戻された西棟に、しばし沈黙が流れるも、やがてそれに耐え切れず健人の口が再度開く。
「二人とも死んでたかもしれない。あんなことはやめてくれ」
しかし今度は和明が口を噤んだ。その沈黙はどこか強い意志を感じさせる。なんだってこいつ、こんなにこの怪事件に執着してるんだ…そう思う健人が眉根を寄せたその時、パトカーと救急車のサイレンが耳に届いた。ハッと顔を上げた和明が焦燥と共に健人を見遣る。
「さっきの誰かが通報したか…花森、言いにくいが頼みがある」
「…これ以上、なんだ?」
状況と和明に向けて、健人は悪態をつかずにはいられない。だがそんな健人の思いを認知しながらも和明は矢継ぎ早に告げた。
「俺と逃げてくれ」