6.真実と痛み version 8
6.
「すごく真面目で優秀な、努力家でした」
真壁咲良という人、そして沢村智輝が彼女を愛したということ。その説明は、そんな言葉から始まった。
「ただ、彼女はその生真面目で優しい笑顔の裏で、彼女自身を囲むものに心を砕きすぎていたんです。けれど私は、彼女をそんな笑顔から好きになってしまった人間だった」
沢村は悔恨に眉をひそめる。またその言葉から彼の葛藤が垣間見えた。そしてそれは、健人の内の"ある記憶"を揺さぶった。
"この夜にあなたが私に優しくしてくれたこと、覚えててねーー"
だが、想起される思い出に今は頭を振り、目の前の話に意識を向け直す。
「彼女を楽にして上げたい反面、彼女の抱える思いを置いて先走ったり、すれ違ったり。それで互いにずっと苦しんでいたんです」
「彼女を楽にしてあげたい反面、彼女の抱える思いを置いて先走ったり、すれ違ったり。それで互いにずっと苦しんでいたんです」
「…事件が起きた頃合いは、どうでした?」
「二人とも、今話した思いに疲弊していました」
初樹が間合いを見て差し込んだ問いに対し、沢村は一つ間を置いて答えた。その応答には嗚咽にも似た小さな溜め息が混じっていた。
「そして事が起きて…足元から何かが崩れ去った思いでした。ただ何故だか、警察の方に、私から彼女と私の抱えている苦痛を話すことは躊躇われた。きっと疲弊していた私はふとその時…その一瞬だけ、世間体を気にしたんです」
「それで世間体って言っても…」
「うん、それは失踪届けと併せて、家族がするような話でもある」
健人と初樹の提示した疑問に、沢村は目を伏せる。そして静かにこう言った。
「いえ、あのご家族は全ては話さなかったでしょう。咲良はいつか言っていました。"家族は私のことは何もないとしてる"って」
家族に起きた病を認められないというのは、精神のそれに於いてはある話だ。専攻していた学問の性質上、そう理解はしていた。しかし、家族のことだ。まるで臭い物に蓋をするその考えに、健人は顔を歪めた。
家族に起きた病を認められないというのは、精神のそれに於いては時にある話だ。専攻していた学問の性質上、そう理解はしていた。しかし、家族のことだ。まるで臭い物に蓋をするその考えに、健人は顔を歪めた。
「そういうことですか…真壁さんの母親の、自責の理由。読み違えていた」
初樹も得心しながら眉根を寄せる。その生真面目さ故に心が疲弊した彼女を、支えようとした者も、支えることが出来た者もいなかった。その事実に健人と初樹の感情は沈む。
初樹も得心しながら眉根を寄せる。その生真面目さ故に心が疲弊した彼女を、支えようとした者も、支えることが出来た者もいなかった。その事実に健人の感情は沈む。初樹の表情も重かった。
「ですが何より、彼女の家族が彼女の困難を認めなかったとしても、私が彼女の存在から一瞬でも逃げようとしたことは、言い訳できない。その狭間で揺らいでいたあの時は、安場佐田のご主人に、諌められた思いでした」
「申し上げにくいのですが、彼女が失踪したのです」
「ですが、何か言いにくい思いもあったのでしょう?」
沢村のその言葉に、健人は彼と出会った時の佐田が、憮然としていたことの意味を理解した。あんな状況で佐田にできる返答は、あれが最大限のものだっただろう。
「そのことを受けて思いました。私は彼女を幸せに出来なかったとして、何を差し置いてでもこれだけは、譲れない。逃げられないと」
だから彼はその後、本気で彼女の真相と向き合うために、安場佐田であのロケット二つを買った。その文脈がようやく読み取れた。
「まして、あんな異形の存在が咲良の命に関わっているとなれば、尚更なんです。こんな思いが、花森さんの問いかけへの回答になっているかは解りませんが…」
そう語る沢村の顔、覚悟が刻まれた瞳には、真摯な光が宿っていた。その光に対し、健人は自問する。
"ならば自分はどうだ?"
左手のブレスレットに目を向ける。友から渡されたそれは、怪物に抗う力を花森健人に与えた。そのことが意味するものが何か。自分はそれから、逃げられるだろうか。"あの時の友の優しさ"に、目を背けられるだろうか。自分はなぜ、このブレスレットを着けているのか。初樹や沢村も、逃れられない中で足掻いている。俺はどうする?俺はーー。
「…俺も、逃げられないか」
「花っちーー」
「わかってる、ハッサン。やれるだけやってみるさ」
強く閉じた目を開き、告げた言葉。それに初樹が強く頷いた。その様に沢村は一つ息を吸い、感謝を述べる。
「ありがとう。花森さん、桧山さん」
「いえ…あ、それとお返しするものがあったんです」
「いえ…それと、お返しするものがあったんです」
そうして健人は真壁咲良の指輪を、送り主である沢村の前に置いた。それを見る沢村の顔は、物悲しいようにも、慈しんでいるようにも見えたが、その全てを窺い知ることだけは出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
5月3日、18時38分。朝憬市中央区某所にて、サクラの怪物は再度動き始めた。健人が斬った左腕は既に再生している。ある方向へと一直線に、跳ぶように向かっていく。たどり着いた先は、本日休館となっていた件の図書館の駐車場。そこにはーー。
「沢村さんの下へは行かせない」
既に夜色の衣に身を包み、顔の左側に骸骨の面を着けた花森健人が立ち塞がっていた。
「具体的にどうする?これから先…」
「けど具体的にどうする?これから先…」
先のファミリア朝憬東店での話の直後、仕切り直しに健人が今後の展望について切り出した。頻回飲んでいたアイスコーヒーは既に空になっている。
「俺としては、ここで攻めたいと思っている」
「攻める…というと?」
早速初樹がプランを話し始め、続く沢村からの疑問に応えた。
「今のところ、俺たちは連中に不意を突かれて動いている。でもここでは、こちらからあのサクラに迫り、更なる真相に近づきたいということです。花っちがダメージを与えた今がチャンスだ」
サクラがすぐに花吹雪の中に消えた。同時に健人は振り向き様に剣を振るう。それがサクラの移動先を捉え、一撃を与えた。
サクラが呻き、怯みながらも左腕の樹木を伸ばす。それをしならせ鞭のように振るって健人の存在を払わんとする。しかしそれを躱すと同時に、夜色の衣から放たれた魔装具が光弾を射ち、樹木の鞭を焼いた。サクラが狂った叫びを上げる。
骸骨の面の奥で、健人が僅かに眉を寄せた。しかしそれも一瞬。続けて剣を打ち込まんと、一気に距離を詰める。抵抗するサクラが繰り出す花吹雪の爆発は、左手のブレスレットが展開した障壁を以て凌いでいった。
そのまま猛りと共に突進してサクラを吹っ飛ばす。
サクラが呻き、怯みながらも左腕の樹木を伸ばす。そしてそれをしならせ鞭のように振るって健人の存在を払わんとする。しかし樹木の鞭を躱すと同時に、夜色の衣から放たれた魔装具が光弾を射ち、これを焼いた。サクラが狂った叫びを上げる。
骸骨の面の奥で、健人が僅かに眉を寄せた。しかしそれも一瞬。続けて剣を打ち込まんと、一気に距離を詰める。抵抗するサクラが繰り出す花吹雪の爆発は、左手のブレスレットが展開した障壁を以て凌いでいく。そのまま猛りと共に突進してサクラを弾き飛ばした。再び追い詰められ、倒れ込んだサクラは狼狽していたが、そこを逃すまいと健人は剣の切っ先を向ける。
「これ以上の抵抗は無駄だ」
そう告げる健人の左目は、ほんの一瞬だが僅かに揺れた。
「でも、あのサクラは言葉が通じそうにないぞ。それに、またあの黒コートの男が来る可能性もある。そうなると俺も抑えられない」
健人の思考が、先のファミリアでの会話を再度想起する。
「黒コートの男というのは…」
「怪物を指揮している奴がいるみたいなんです。そいつも昨日、現れて」
無視出来ない彼の存在に、健人の胃が萎縮した。自身の身の内が狭まる嫌な感覚が上る。
「待ってください。その人物が事に関わっている可能性は?」
「かなり濃厚だと思います。ただ、無茶苦茶強い」
「何か、策が要るのは間違いないか…」
「花っち、悪いが戦ってもらえるか?先にサクラを抑えよう」
「さっきも言ったが…やってみるさ」
必然、飛んできた沢村からの疑問に答えるも、事はそう簡単にはいかない。あの凄まじい膂力は、それを言葉にしながら健人自身を戸惑わせた。だがそんな時、思案に閉口していた初樹が口を開く。
「…花っち、悪いが戦ってもらえるか?先にサクラを抑えよう」
「サクラなら何とか出来るとは思うけどーー」
「だが倒しはしない。言い方は悪いが人質に取る」
初樹の賢く、狡猾な面が顔を覗かせ始めた。それは彼の口から飛び出してくるには意外に過ぎ、また物騒な言葉。
「人質って言うと…」
「黒コートの男に対してだよ。奴は昨日の戦いで花っちの前に立ち塞がって、サクラを庇って去っていった。なら恐らく、その損失は奴にとってはマイナスなんだ」
「なるほど。そこでその人物から真相を引き出すわけですか」
「ええ、上手くいけば真壁さんに辿り着くこともできる」
「ただ、そうなると黒コートとの交戦も避けられないんじゃないか?アイツは一対一でも危険だ。退路も考えとかないと」
「それにはサクラの解放のタイミングが関わってくるな」
「…退路に関しては、もう一つ確実な要素が欲しいところです」
「ええ、そこですよね」
「…奴は周囲の人の注意を引くことを、嫌っているようだった」
「注意を嫌う?」
「嫌うっていうか、忌避してるって感じか。大学で襲われた時は、それで退いていったよ」
「なるほど…それなら花っち、サクラを無力化した後、そのままサクラを抱えて人前に出ることは出来そうか?」
「そういうことか…多分二つ問題がある。変身してからも俺、顔が出てるから後がな…っていうのと、他の人を巻き込んでしまうのは良くない」
「いや、奴自身が目立つ行為を忌避するなら、人を巻き込むことは考えにくい。顔はベタにマスクとかで対処できる。退路確保の可能性が上がるのはでかいしな」
「マスクか…」
「やっぱ嫌か?」
「まあな…けど手段は選べない」
「黒コートの男に対してだよ」
しかしそれは、彼の怪物たちと渡り合うには必要な策だと、どこか理解できた。
「花っち!」
「黒コートは、来るでしょうか…?」
周辺に控えていた初樹と沢村が健人の近くに駆け寄る。瞬間、サクラは沢村に強く反応するも、健人の剣がそれ以上を許さない。緊張感と静寂が、駐車場を包んでいた。しかし、それも程なく破られる。
「お招き頂いたとなれば、参上しようか」
不意に黒い何かが舞い降りてきた。健人は直感的に理解する。奴が来たーー。
「二人とも下がって!」
放たれた闇色の焔を弾かんと剣を振るう。だが攻撃として速く重いそれは、爆ぜた瞬間に健人を大きく怯ませた。黒コートは不遜に鼻を鳴らす。
「すごく真面目で優秀な、努力家でした」
真壁咲良という人、そして沢村智輝が彼女を愛したということ。その説明は、そんな言葉から始まった。
「ただ、彼女はその生真面目で優しい笑顔の裏で、彼女自身を囲むものに心を砕きすぎていたんです。けれど私は、彼女をそんな笑顔から好きになってしまった人間だった」
沢村は悔恨に眉をひそめる。またその言葉から彼の葛藤が垣間見えた。そしてそれは、健人の内の"ある記憶"を揺さぶった。
"この夜にあなたが私に優しくしてくれたこと、覚えててねーー"
だが、想起される思い出に今は頭を振り、目の前の話に意識を向け直す。
「彼女を楽にしてあげたい反面、彼女の抱える思いを置いて先走ったり、すれ違ったり。それで互いにずっと苦しんでいたんです」
「…事件が起きた頃合いは、どうでした?」
「二人とも、今話した思いに疲弊していました」
初樹が間合いを見て差し込んだ問いに対し、沢村は一つ間を置いて答えた。その応答には嗚咽にも似た小さな溜め息が混じっていた。
「そして事が起きて…足元から何かが崩れ去った思いでした。ただ何故だか、警察の方に、私から彼女と私の抱えている苦痛を話すことは躊躇われた。きっと疲弊していた私はふとその時…その一瞬だけ、世間体を気にしたんです」
「それで世間体って言っても…」
「うん、それは失踪届けと併せて、家族がするような話でもある」
健人と初樹の提示した疑問に、沢村は目を伏せる。そして静かにこう言った。
「いえ、あのご家族は全ては話さなかったでしょう。咲良はいつか言っていました。"家族は私のことは何もないとしてる"って」
家族に起きた病を認められないというのは、精神のそれに於いては時にある話だ。専攻していた学問の性質上、そう理解はしていた。しかし、家族のことだ。まるで臭い物に蓋をするその考えに、健人は顔を歪めた。
「そういうことですか…真壁さんの母親の、自責の理由。読み違えていた」
初樹も得心しながら眉根を寄せる。その生真面目さ故に心が疲弊した彼女を、支えようとした者も、支えることが出来た者もいなかった。その事実に健人の感情は沈む。初樹の表情も重かった。
「ですが何より、彼女の家族が彼女の困難を認めなかったとしても、私が彼女の存在から一瞬でも逃げようとしたことは、言い訳できない。その狭間で揺らいでいたあの時は、安場佐田のご主人に、諌められた思いでした」
「申し上げにくいのですが、彼女が失踪したのです」
「ですが、何か言いにくい思いもあったのでしょう?」
沢村のその言葉に、健人は彼と出会った時の佐田が、憮然としていたことの意味を理解した。あんな状況で佐田にできる返答は、あれが最大限のものだっただろう。
「そのことを受けて思いました。私は彼女を幸せに出来なかったとして、何を差し置いてでもこれだけは、譲れない。逃げられないと」
だから彼はその後、本気で彼女の真相と向き合うために、安場佐田であのロケット二つを買った。その文脈がようやく読み取れた。
「まして、あんな異形の存在が咲良の命に関わっているとなれば、尚更なんです。こんな思いが、花森さんの問いかけへの回答になっているかは解りませんが…」
そう語る沢村の顔、覚悟が刻まれた瞳には、真摯な光が宿っていた。その光に対し、健人は自問する。
"ならば自分はどうだ?"
左手のブレスレットに目を向ける。友から渡されたそれは、怪物に抗う力を花森健人に与えた。そのことが意味するものが何か。自分はそれから、逃げられるだろうか。"あの時の友の優しさ"に、目を背けられるだろうか。自分はなぜ、このブレスレットを着けているのか。初樹や沢村も、逃れられない中で足掻いている。俺はどうする?俺はーー。
「…俺も、逃げられないか」
「花っちーー」
「わかってる、ハッサン。やれるだけやってみるさ」
強く閉じた目を開き、告げた言葉。それに初樹が強く頷いた。その様に沢村は一つ息を吸い、感謝を述べる。
「ありがとう。花森さん、桧山さん」
「いえ…それと、お返しするものがあったんです」
そうして健人は真壁咲良の指輪を、送り主である沢村の前に置いた。それを見る沢村の顔は、物悲しいようにも、慈しんでいるようにも見えたが、その全てを窺い知ることだけは出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
5月3日、18時38分。朝憬市中央区某所にて、サクラの怪物は再度動き始めた。健人が斬った左腕は既に再生している。ある方向へと一直線に、跳ぶように向かっていく。たどり着いた先は、本日休館となっていた件の図書館の駐車場。そこにはーー。
「沢村さんの下へは行かせない」
既に夜色の衣に身を包み、顔の左側に骸骨の面を着けた花森健人が立ち塞がっていた。
「けど具体的にどうする?これから先…」
先のファミリア朝憬東店での話の直後、仕切り直しに健人が今後の展望について切り出した。頻回飲んでいたアイスコーヒーは既に空になっている。
「俺としては、ここで攻めたいと思っている」
「攻める…というと?」
早速初樹がプランを話し始め、続く沢村からの疑問に応えた。
「今のところ、俺たちは連中に不意を突かれて動いている。でもここでは、こちらからあのサクラに迫り、更なる真相に近づきたいということです。花っちがダメージを与えた今がチャンスだ」
サクラがすぐに花吹雪の中に消えた。同時に健人は振り向き様に剣を振るう。それがサクラの移動先を捉え、一撃を与えた。
サクラが呻き、怯みながらも左腕の樹木を伸ばす。そしてそれをしならせ鞭のように振るって健人の存在を払わんとする。しかし樹木の鞭を躱すと同時に、夜色の衣から放たれた魔装具が光弾を射ち、これを焼いた。サクラが狂った叫びを上げる。
骸骨の面の奥で、健人が僅かに眉を寄せた。しかしそれも一瞬。続けて剣を打ち込まんと、一気に距離を詰める。抵抗するサクラが繰り出す花吹雪の爆発は、左手のブレスレットが展開した障壁を以て凌いでいく。そのまま猛りと共に突進してサクラを弾き飛ばした。再び追い詰められ、倒れ込んだサクラは狼狽していたが、そこを逃すまいと健人は剣の切っ先を向ける。
「これ以上の抵抗は無駄だ」
そう告げる健人の左目は、ほんの一瞬だが僅かに揺れた。
「でも、あのサクラは言葉が通じそうにないぞ。それに、またあの黒コートの男が来る可能性もある。そうなると俺も抑えられない」
健人の思考が、先のファミリアでの会話を再度想起する。
「黒コートの男というのは…」
「怪物を指揮している奴がいるみたいなんです。そいつも昨日、現れて」
無視出来ない彼の存在に、健人の胃が萎縮した。自身の身の内が狭まる嫌な感覚が上る。
「待ってください。その人物が事に関わっている可能性は?」
「かなり濃厚だと思います。ただ、無茶苦茶強い」
必然、飛んできた沢村からの疑問に答えるも、事はそう簡単にはいかない。あの凄まじい膂力は、それを言葉にしながら健人自身を戸惑わせた。だがそんな時、思案に閉口していた初樹が口を開く。
「…花っち、悪いが戦ってもらえるか?先にサクラを抑えよう」
「サクラなら何とか出来るとは思うけどーー」
「だが倒しはしない。言い方は悪いが人質に取る」
初樹の賢く、狡猾な面が顔を覗かせ始めた。それは彼の口から飛び出してくるには意外に過ぎ、また物騒な言葉。
「人質って言うと…」
「黒コートの男に対してだよ」
しかしそれは、彼の怪物たちと渡り合うには必要な策だと、どこか理解できた。
「花っち!」
「黒コートは、来るでしょうか…?」
周辺に控えていた初樹と沢村が健人の近くに駆け寄る。瞬間、サクラは沢村に強く反応するも、健人の剣がそれ以上を許さない。緊張感と静寂が、駐車場を包んでいた。しかし、それも程なく破られる。
「お招き頂いたとなれば、参上しようか」
不意に黒い何かが舞い降りてきた。健人は直感的に理解する。奴が来たーー。
「二人とも下がって!」
放たれた闇色の焔を弾かんと剣を振るう。だが攻撃として速く重いそれは、爆ぜた瞬間に健人を大きく怯ませた。黒コートは不遜に鼻を鳴らす。