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5.同調と冗談
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途絶していた意識が、眠りから覚めるように現実に戻っていく。しかし事態は悪魔の十字槍が振り下ろされた、まさにその瞬間。 即座に硬直する健人自身よりも素早く、彼の身体は左手のブレスレットを突き出して構えた。ブレスレットを中心に、青白い光の奔流が渦を巻き、盾を形成して槍を防ぐ。 「貴様…!」 悪魔が声を上げた。その腕に更に力を込め、光の盾を突き破らんと、槍を強く突き立てる。 "退いたらやられる、踏み留まって" "そんなこと言ったって!" "あなたとの同調が乱れたら、力をコントロールできない" リュミエからのメッセージに、反射的に返した自身の声が内に響く。しかし健人の身体は口を動かすことなく、トランス状態のまま、悪魔の攻撃を防ぎ続けていた。だが、徐々に十字架は盾を圧していく。 「そうか、ならばカルナを吐き出せ!秘宝は俺が貰い受ける!」 悪魔が猛り、十字槍に宿された力が増す。左手は大きく震え、今にも槍に斬り飛ばされてもおかしくなかった。 "こんなのどうしろってんだ!" "反撃を、あなたを死なせはしない" 健人の声にもならぬ叫びに、リュミエは尚も語りかけた。顔も見えず、声も聞こえない存在。わけの分からないメッセージ。だが今、共に戦うリュミエの存在を信じ、また自分自自身の意思に賭けてみる。怖気に退くより、感情的だとしても、ただ前へ。そのためにリュミエと共に自身の身体を動かす。強引でも、ぎこちないそれでも、他にこの瞬間を切り抜ける術はなかった。 「終わりだぁ!!」 激した悪魔の槍が、左手と共に眼前まで迫る。だが健人もまた猛り、声なき叫びをあげたーー。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 次の瞬間、苦悶のそれに変わった叫びが、闇色の靄の中に響く。右手に剣を携えた健人の一撃に、悪魔は脇腹に傷を負い、後ずさった。 「やってくれたな…!この俺に傷を!!」 その怒りと衝撃に睨み付ける目を、健人はーーその身体は、黙したまま悪魔を更に蹴飛ばした。直後に足下には魔方陣が展開され、光と力が健人の周囲に満ちていく。発せられた神秘は彼の身を包んでいった。 対する悪魔は体勢を建て直し、槍の石突きを地に叩きつける。そのまま山羊の意匠が見られる左腕を前に掲げた。そこから淀んだ暗い焔の弾が撃ち出され、真っ直ぐに健人へと迫る。同時に健人を包む光が強く明滅した。悪魔は爆ぜた焔の向こうの光を睨み付け、舌打ち混じりに言い放つ。 「冗談も大概にしろ!!」 だが、光の向こうから現れた骸骨天狗ーー変身した花森健人はその言葉に微動だにしない。ただ、その内にある彼の意識は、自身の現実に独り、毒づいた。 "冗談だったら良かったな" ーーーーーーーーーーーーーーーーー 骸骨天狗が剣を構え、その刀身が煌めく。その顔は尚もトランス状態の無表情。そんな彼に対し、悪魔は怒りに身を震わせていた。 「貴様…それが秘宝の加護とでも言うか!?」 怒りの問いに、無情にも返答はない。悪魔もまた鼻を鳴らすと、静かに告げた。 「なら黙したまま死ね」 その言葉と共に、悪魔が左手を真一文字に振りかざす。その動きに応じ、闇色の靄が骸骨天狗の四肢に漂い、瞬く間に絡み付いた。 身動ぎ、踠く骸骨天狗を他所に、靄は実体なき力を以て彼を捕らえ、放すことはない。その間に悪魔は念を込め、十字槍の切っ先に魔力を集中し高めていく。切っ先には淀んだ暗い焔が集まり、その大きさを増していった。 「秘宝がどうなど、知ったことか」 悪魔がそう吐き捨てるとともに、大きく槍を構える。しかしその刹那、骸骨天狗の纏う羽衣が大きくたなびいた。その裾に備わった4つの銀と水晶の装飾が、独りでに宙を舞い、闇色の靄を祓うように断ち切る。 その様を受け、悪魔はと皮肉めいた笑みとともに、槍から溜めた魔力を打ち出した。 「いっそ面白くなってきた、ではこれはどうする!?」 魔力は淀んだ光となって骸骨天狗へと迫る。しかしその前に現れた装飾が、主を守らんと拡がると円を描くように魔法の盾を結んだ。加えて骸骨天狗は先の青白い光の奔流を、再度もう一つの盾として構える。直後、槍の魔力と二つの盾が衝突し、閃光を放った。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 力と守りの衝突、生じた閃光の向こうから、骸骨天狗と悪魔が互いに距離を詰める。かたや此処を切り抜けんと、かたや敵を屠らんと、剣と十字槍が互いを打ち、また主を守らんとその剣戟を交わす。 一合、二合、三合。凪ぐ、防ぐ、突く、躱す。終わりの見えぬ打ち合い。しかし骸骨天狗は肩で息をし始めている。 「貴様の剣には実がない」 鍔迫り合いとなった剣と槍。それを挟んだ向こうから、悪魔が語った。 「膂力も魔力も対したものだよ、実際…しかしそれも付け焼き刃。貴様の本質は先の怯えた姿なのが見え見えだ」 言葉と裏腹に、悪魔は薙いだ剣に後方へ飛び退く。その上で尚、語りは続く。 「秘宝を介した強力な暗示を自身にかけ、トランスになっているところだろうが…そんなもの、いつまでももつはずもない」 骸骨天狗は悪魔を追撃するも、悪魔はそれを往なしていく。悪魔の攻め手は止んだが、最小限に留められた動きは、反撃に特化したものだった。 「加えて、此処は元より"我々の独壇場だ"。貴様のような脆弱な命など!」 瞬間、再度纏わりつく闇色の靄に骸骨天狗の動きは制限され、振るわれた剣は悪魔の眼前で止まる。即座に打ち出されるは悪魔からのカウンター。大きな魔力を帯びた十字槍の一撃だった。自律で主を守る先の装飾、それが形成した盾が緩衝となり、決定的なダメージは辛くも避ける。しかし追い詰められているのはやはり骸骨天狗の方だった。 「この優勢を渡しはせんが…次はどう来る?」 悪魔は一切の隙を見せることはない。骸骨天狗も構えを崩すことはなかったが、僅かにその右目を細めた。一瞬の静寂。直後、骸骨天狗が先に動いた。駆け出した彼に向け、闇色の靄が波打って迫る。その時装飾が水晶部分から光線を打ち出し、青白い光が靄を祓う。そしてその先の悪魔目掛けて向かっていった。
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