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2.微睡みと逸話
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その時、その別れ際、少女は青年にブレスレットを渡した。二人の頭上には街灯の灯りと夜空、そして散りばめられた星々。ブレスレットもまたその中にあって、光放つ翼を思わせる装飾が施されていた。 あの時、彼女とどんな話をしたんだっけーー。 ―――――――――――――――――――――――― 微睡みの中、徐々に覚醒に向かう意識。自宅アパートのベッドに身を横たえる花森健人は、僅かにその眉根を寄せた。やがてその目が静かに開かれる。同時に思い起こされるは自身の直近の記憶。影の怪物に襲われた夜。その記憶に健人はベッドの上で独り言ちる。 「俺、どうして…」 どうして、今ここにいるんだ?どうして、あんな姿に変わったんだ?助かったんだ?頭が未だ少し痛む。悪い夢だったのだろうかーー。 ふとスマートフォンで時間を見る。午前10時36分。大学の講義には完全に遅刻していた。首に手を当てる。あの怪物に絞められた痛みは消えていた。鏡で自身の姿を確認する。首から下は先の"骸骨天狗"の姿ではなく、変化の直前まで着ていたジャケットとジーンズ姿ではあった。だが顔はーー。 しかし鏡には普段と変わらない自分の姿が映っている。心なしか青く見える顔色だったが、健人は杞憂に胸を撫で下ろした。 その左手には未だ、あのブレスレットを着けたままーー。 ―――――――――――――――――――――――― 重い心身を引き摺りながらも、健人どうにか英道大学の学生ホールで学友の桧山初樹と合流した。 「花っち、顔色悪いけど大丈夫か?」 「ああ、ちょっとなんていうか…変な夢でも見たんだと思う。それこそ…狐にでもつままれたような…悪いな、心配かけたら」 初樹は健人の疲労感の表れに対して様子を窺うが、健人は話をぼかし、或いは自身にそう言い含める。 「いや、それより…夢?」 「ああ、昔友達になった子の夢…とか」 「女子か?」 「…もうハッサンには言わん」 初樹の砕けた応答は健人の口を尖らせた。その様に初樹は片手を立てる。 「悪い悪い、非モテの性(さが)だよ。許せ」 「…その子からの貰ったもんがあるんだけど、なんか、変な怪物に襲われる夢も見てさ」 「…怪物ってどんな?」 右手のブレスレットを一瞬見つつ、溜め息混じりでも話を続けてみれば、健人の発した"怪物"というワードに、初樹は一瞬間を置いて反応した。 「食いつくね、なんか…何ていうか、影みたいに暗い色の人型だった。黒い包帯巻いてさ」 その言葉を切れ目に、また一瞬話が途切れる。初樹の顔により目線を向けると、彼の顔は俯きながら眉根は寄せられ、目は僅かに細められていた。 「…何、何かあった?」 「花っちさ、この街の逸話…っていうか、都市伝説…知ってるか?」 「オカルト話の類いか?だったら…」 「花っち自身は、そう思うのか?」 口調はいつも同様、穏やかなそれではあるが、初樹の態度はいつになく真剣さを訴えていた。そこに居たのは、健人の与太話を傾聴していた、優しい友人としての桧山初樹では無い。健人はそこに、自身が知り得ぬ人々の心が抱える何かを垣間見た。 「少し、場所を変えよう」 「…そうだな」 他に談笑していた学生らのグループが、こちらの雰囲気の変化を察したらしい。注意が向いていることも受けての健人の提案に、初樹は静かに応じた。 ―――――――――――――――――――――――― その後、健人と初樹の姿は英道大学キャンパスの屋上、その東端にあった。時間は午後1時42分。基本的に学生や教員が来る場所ではない。少数派の学生が来ることは考えられたが、皆専ら講義やら研究を行う時間だ。聴き耳を立てる者が居たとして、彼らが隠れる場所もない。 「で、どうしたハッサン」 「まず確認させてくれよ。花っち、それ本当に夢なのか?」 「…悪いけど、何が言いたいんだ」 健人からの疑問に、初樹は一つ息を吐いて言った。 「似た例を知ってる」 「えっ…」 その言葉に健人は戦慄した。 「…それって」 初樹の目が、射抜くように真っ直ぐこちらを見ている。影の怪物の存在は、夢ではないーー。 瞬間、足元が揺らいだ感覚がした。自身の内に走る強い緊張。目眩を起こす意識。 「俺の妹も、襲われたんだ。同じような奴に」 健人の認識は、状況に追い付けなかった。
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