その日の深夜2時、花森健人は夜の朝憬市東部をあてもなく歩いていた。茫然自失の徘徊と言ってもいい。未だ家のベッドで眠りたくもあったが、目が冴えた今は何よりも現実から離れたかった。脳裏に浮かぶのは、誰に何が出来ていると言えるのかもわからない、福祉施設のアルバイトでの上司の言葉。
「あんた何も出来ないね」
そちらに言われたくはない。俺とあんたらは同類だ。所詮、自他共に面倒臭いだけだけど。自身の内だけでそう吠える負け犬と共に、家の玄関を開けて外に出る。とっくに日の沈んだ街並みは、人の眠りと共にその雑踏と電気の光を消していた。本来なら夜の危険さは世の常であるが、この時だけは、抱えた厭世ごと自分さえ消えられたような錯覚が出来た。
季節は2月。来月には17になるが、健人の自我は悲鳴を上げていた。理由は、一言で言えば自他への諦念だった。始まりは、苛めに傷つく誰かが泣いて、傷つけた誰かが嗤っていたことか。それに言いようのない理不尽を感じた健人としては、可能な限りは人に優しくあろうと努めたつもりだった。しかし現実問題、彼は愚鈍であり、自他共にその事情や思いが複雑に絡まっている世界を、まるで認識しきれなかった。故に気取った優しさも本質を欠いた欺瞞でしかなく、無能と無力は、その影を色濃く拡げていた。人は皆、それぞれの抱えたものと、抱えた誰かとの関わりから逃れることはできない。独り善がりの果てに、それをようやく理解した時には、健人はこの夜を彷徨っていた。
「どうするか…」
朝の迎え方もわからず、ただ現実に怯えて進める歩み。一方で自己を守る思考も、別にないつもりだ。でなければ、こんなことは出来ない。漠然と、死にたいのだろうかと考えるも、そんな問答さえ陳腐なもののような気がした。だったらーー。
「どうでもいいか」
そう呟いたその時、不意に誰かの声が聞こえた。
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