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No.2 4/4
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「何か起きた…?」 「まさか…!?」 事態が判然としない中、叫びが聞こえた学外の様子を探るべく駆け出す二人。宵闇の中、学外に面する窓を開け、街灯の灯りを頼りにその周囲を見渡す。 「何だあれ!ヤバいだろ!」 「逃げた方がいい!危ない!」 まだキャンパス内に残っていたその付近の学生が、声を上げながら何かに背を向けて逃げ去る姿が見えた。そこから反対方向へ視野を向けるとそこには…男子学生の胸部に節足を沈ませ、そこから湧き出す闇色を浴びる異形の姿があった。肩部や前腕、腰部や膝部外側から左右に突きだした節足、そして頭部の八つ目が蜘蛛を想起させる。 「やっぱりいたのか…」 動揺しながらも和明がポツリと言った。健人は彼に「逃げよう、ここは危ない」と呼びかけ、走ろうとする。しかし和明はそこから動こうとせず口元に手を当て、ぐったりした男子学生と蜘蛛の様を見つめていた。宵闇が覆うその光景を、さながら憑りつかれたように見つめる和明に、健人は強い声を上げる。 「横尾!」 「…花森、君は先に逃げろ。俺はこの機会をふいにはできない」 一瞬耳を疑った。何考えてんだこいつ…事件を追いながら、奴らがどれだけ危険か分かってない… 「おい、どういうことだよそれ!早く逃げないと…!」 健人が語気を荒げて言うと、すぐに「静かに…」と制する言葉が返ってきた。意味が分からない、ふざけてんのか!?…あの真剣な表情は何だったんだよ!そう思いながら和明の腕を掴んで引きずろうとしたとき、二人に反応した蜘蛛がこちらを向いた。そのまま跳躍した蜘蛛はその口から糸を吐き、西棟の外壁にへばり付くと三階の窓を目指して勢いをつけて登ってくる。明らかにヤバい… 「早く!逃げないとやられる!!」 「…っ!」 ようやく二人は走り出すも蜘蛛はたちまち登る速度を上げて迫ってくる。数秒後には二人のいた窓から三階に侵入しそのまま追ってきた。間に合わない、追いつかれる———二人は足がもつれそうになりながらも必死で走ったが、蜘蛛は節足を用いて縦横無尽に、驚異的速度で駆けてくる。 「はぁっ、はぁっはあっ…うぅっ…」 息が切れる。もう逃げきれない…追い討ちをかけんと蜘蛛は再度糸を吐き、健人の左脚を絡めとって転倒させた。 「っ!…うわぁ!」 「花森っ!」 和明がすぐにその糸を引きちぎろうとするも、糸はあまりにも強靭であり到底不可能だった。その様に追い詰めたとばかりに蜘蛛が歩んで迫る。 「…ハあアぁぁ」 その息遣いと共に腕から伸びる節足が爪のように構えられ、今にも獲物を貫かんとした。 「オまえタチ、運が悪イ…そレとも頭ガ悪いノカ?」 健人も和明も恐怖に身をすくませるが、健人は何とかその言葉を振り絞って言った。 「早く逃げろ横尾、行けっ!」 だが和明はその言葉を聞かず、健人への謝罪の意を伝える。 「…悪い、俺のせいだ…うああああぁぁぁぁ!!」 その決死の叫びと共に和明は蜘蛛の腰部に突進する。そのまま掴みかかると、彼は全力で蜘蛛の凶行を阻止せんと体躯に食らいついた。 ”あの時”何があったかを突き止めたいばかりに、花森の呼びかけを聞かなかったから逃げ遅れた。既に怪物に襲われたという彼をこんな事態に巻き込んでしまったなんて…こんなんじゃ”あいつ”に何て言われるか。せめて花森だけでも… 「ヌウうっ!」 しかしそんな和明の思いも空しく、蜘蛛の腕がその身体を引きはがして投げ飛ばした。 「ぐあぁっ!」 その衝撃に和明は昏倒し、その意識は投げ出される。それを追って後方を仰ぎ見た健人の耳に、蜘蛛の暗い声が響いた。 「…終わリだ」 ここまでか…いよいよそう思われた時、健人は無意識か縋る思いか、胸元のお守り———キーホルダーを握っていた。瞬間、そこに宿る星の光が強く輝き健人の身体を白銀の姿へと変える。 「…っ、変ワった…!」 その閃光に蜘蛛は身を怯ませ、その口からは驚愕の言葉が漏れた。 「貴様ガ…ぐウっ!」 光の向こうから現れた白銀は、蜘蛛の腹部に向けて一気に太刀を突き立てた。そしてすぐさまその叫びと共に蜘蛛を強く蹴りつけ、その身を吹っ飛ばす。 「ウアあぁッ!」 距離が開いたその隙に、白銀は和明の下に向かい、彼の状態を確認した。 「横尾…!…息がアる…」 先の衝撃に気を失っているが死んではいない。安全のため、白銀は和明の身体を担ぎ、少し離れた階段の踊り場に運ぶ。そしてその身を横たえさせるとすぐに立ち上がり、こちらに身を起こして向かってくる蜘蛛を迎撃した。その太刀と節足が衝突し、僅かながら言葉が交わされる。 「ソうか…貴様がネーゲルの…」 「ナニっ!?」 しかし襲い来る節足に、蜘蛛の言葉を問いただす余裕もない。白銀は後方へ飛び退き間合いを開けると、鋭く迫るその八本を太刀で切り払いつつ躱す。すぐさま蜘蛛の口から糸で生成された弾丸が射出されるも、凄まじい勢いで振り下ろした白銀の剣圧、その衝撃が弾丸を弾き飛ばした。 「ハアぁっ!」 西棟三階の廊下は、その人知を超えた戦闘でひどく荒らされるも、それに構う余裕はない。白銀はそのまま一気に蜘蛛に接近しつつ、雷光をその刀身に纏わせる。そしてその身を袈裟懸けに切り裂かんと太刀を振り上げ斬りかかった。しかし蜘蛛は節足の全てを手元に戻し、その斬撃を防ごうと構えこれを受け止める。 「ネーゲル…アの烏ノことか…お前ら一体何なンだ!?」 節足を圧す太刀と共に、噴出する思いを乗せて白銀は蜘蛛に迫るも、蜘蛛からも不服と言わんばかりに叫びが返ってくる。 「…コちらノ台詞だ!」 どういうことだ…よくもそんな言葉を抜かす!白銀は舌打ちすると叫びと共に太刀に力を籠め、太刀に纏わせた雷光の出力を上げた。節足はじりじりと圧されていく。 「あアアあぁぁぁぁっ!!」 「ヌあアアぁァぁ!」 蜘蛛もそれを堪えようと叫びをあげるも、やがて節足はその耐久力を超え一気に八本全てが斬り捌かれて吹き飛んだ。すぐさまその身が切りつけられ、接近戦に用いる節足を失った蜘蛛は、その瞬間自身の死を悟る。不覚を取った…逃げ惑うその様を獲物のそれと認識したが、まさか"この男だった"とは…この八つ目も騙されたな。だが…蜘蛛はそこで白銀の身体に掴みかかり、零距離で糸の弾丸を浴びせる。 「クソったレがぁぁぁ!」 頭部や上半身に感じるダメージ。白銀はそれに対する怒声と共に、太刀を逆手に持って蜘蛛の身体を刺し貫いた。 「グ、ガああアァァぁぁぁ!」 自身の叫び、そしてその断末魔を聞きながら、太刀を通じて何かを砕いた感覚が白銀の手に伝わる。その苦悶を最後に、蜘蛛の身体は闇色の霞と消えた——— 「ハアっ、ハアっ…はあっ……」 息が切れ、白銀だったその身体が花森健人の姿に戻る。手に残るのは、嫌悪感。何かを———言葉を交わした命を殺めたその感触。気持ち悪い。ただただ気持ちが悪い。 「…ぐ…う、ううぇ…ぁ…」 健人はその嫌悪感と吐き気に目を見開き、口元を手で押さえる。だがそうしたところでその手で殺めた感触が、より自身の意識に近づくだけ。その感触とそこから逃れられない閉塞に、健人は吐き気を堪えることができなかった。
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