5.指輪と理由 version 8

2023/06/16 06:31 by someone
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5.
「花っち!」
「ハッサン、その人を頼む!」
サクラの怪物による攻撃を剣で弾きながら、スクーターに乗って駆けつけた初樹に向けて叫ぶ健人。既に黒地の衣に青い装飾を身に付けていたその姿に、初樹は事態を察知した。
「行きましょう、早く!」
直後に沢村と目を合わせ、初樹は彼をスクーターに乗せようとする。しかしその瞬間、サクラはその花びらを自身の周囲に舞わせてその中に消えた。剣の横凪ぎが空振りとなり、慌てて健人が振り向けば、沢村と初樹の前に花びらが舞う。そしてその中からサクラが再び姿を現した。即座に沢村目掛けて攻撃が仕掛けられる。健人の速度も、側にいた初樹でも、間に合わない。直後に攻撃を受けた沢村の叫びが公園に響いた。倒れた彼の胸に負った傷からは血が流れ、共に樹木に斬りつけられたスーツが赤く染まる。離れた場所から、この公園にいたのだろう誰かの悲鳴が聞こえた。健人はサクラを追って剣を振るうも、異形の身が桜の花びらに消える一連の挙動を、捉えることができない。
「クソ!これじゃ…!」
初樹と沢村に駆け寄りながらも、頭に血が上り苛立つ健人。沢村に肩を貸して庇いながら、その傍らに立つ初樹が声を張る。
「闇雲に追っても埒が明かない!だったら、花っちーー!」
その時、沢村の左斜め前ーー健人から見て4時の方向に花びらが舞い、サクラが再度襲い来る。
「ーーカウンターだ!」
瞬時に迎撃する健人が剣を突き出した。しかしその攻撃は、再度花びらが舞う虚空を突いたのみであり、また超常の力を宿した花びらはその場で爆ぜ、健人にダメージを与える。同時にその対角から、サクラは花びらと共に沢村へと突貫した。ふざけんな、無茶苦茶だろこんなの。健人は振り向き様に、沢村と彼を庇わんとした初樹の後ろ姿を見て、心中でそう吐き捨てる。
だが、それだけではなかった。今まさに花森健人の意識が捉えている衝撃的光景。誰かを庇い、大切な友人が傷つこうとしているその瞬間が、"ゆっくりとしている"。それは衝撃故の認知かと一瞬誤認しかけた。しかし、それは否。自身の思考と挙動が周囲のそれとズレ、自分の方がずっと速くなっている。加速する意識はその事象を理解しきれていないが、理屈はいい。まだ間に合う。ならばーー。
夜を思わせる黒地の衣。これを装飾するは空色の水晶で構成された、爪か牙を思わせる魔道具。それが独りでに衣を離れ、素早く宙を舞えば、サクラの異形から友たちを守らんとその間に光を結ぶ。そこに形成された盾が、爆ぜる花びらと伸ばされたサクラの樹木を防いだ。
すぐに初樹が驚愕に健人の方を振り向いたが、その姿は既に後方にはない。健人は跳躍して初樹と沢村を飛び越え、動きが一瞬鈍ったサクラへと一撃与えていた。だがその呻きよろめく様につい顔を歪めてしまう。しかし即座に左手を前に構えると、その動作に連動する魔道具を操作してサクラに追撃を仕掛けた。
すぐに初樹が驚愕に健人の方を振り向いたが、その姿は既に後方にはない。健人は跳躍して初樹と沢村を飛び越え、動きが一瞬鈍ったサクラの左腕斬り飛ばした。響く叫び、呻きよろめく様につい顔を歪めてしまう。しかし即座に左手を前に構えると、その動作に連動する魔道具を操作してサクラに追撃を仕掛けた。
「彼は、一体…」
沢村はただ晒された脅威と眼前の戦いへの驚愕に呟く。
「ただの大学生です。ちょいくたびれ気味のーーさあ、立てますか?」
その呟きに即答すると、初樹は沢村と共にスクーターに乗ってエンジンをかけた。
「巻き込んどいて結局…花っち、スマン!!」
後半、自身に向けて叫ばれた謝罪に、健人は"速く行け!"と手を払う。走り出したスクーターを守るべく、サクラに攻撃する魔装具からは、光弾が撃ち出されていた。それを避けるサクラは、その最中にあっても沢村を注視する。尚も彼に迫らんと駆けるサクラを阻み、健人は強く問う。
後半、自身に向けて叫ばれた謝罪に、健人は"速く行け!"と手を払う。走り出したスクーターを守るべく、サクラに攻撃する魔装具からは、光弾が撃ち出されていた。それを避けるサクラは、その最中にあっても沢村を注視する。左腕を失いながらも、尚も彼に迫らんと駆けるサクラを阻み、健人は強く問う。
「その執着は何だーー!?」
その問いと健人を躱すように、サクラはまたも花びらを舞わせた。だが健人は直後にブレスレットを翳して、自身の周囲に力の奔流を発してこれを吹き飛ばす。そして弾き出されたサクラに、更に一撃を与えんと斬りかかった。しかしその時ーー。
「これ以上の無作法はご遠慮願おう」
「お前…!」
黒コートの異形の腕が、健人の剣を一閃を押し止めた。即座に距離を取る。ここで突っ込んでも自滅する。それどころか初樹も沢村もまだ危ない。
「利口な判断だ」
未だ前に突出するサクラを見遣って左腕で制すると、黒コートは憮然と言った。
「我々もここは退く。まだ"下らん痴情の延長"で死なれるわけにもいかん」
そして虚空に闇色の孔を浮かばせると黒コートとサクラはその姿を消した。そして程なく変身が解けた健人は、肩で息をしながらその場にへたりこむ。そのすぐには、光沢を放つ千切れたネックレス。そしてそれに通されている装飾の施された指輪が転がっていた。
「我々もここは退く。まだ"下らん妄執の延長"で死なれるわけにもいかん」
そして虚空に闇色の孔を浮かばせると黒コートとサクラはその姿を消した。そして程なく変身が解けた健人は、肩で息をしながらその場にへたりこむ。そのすぐには、光沢を放つ指輪が転がっていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

その後、騒ぎになる前に公園を抜け出し、健人は初樹と今一度連絡を取った。互いの無事を確認した後、初樹の方は、沢村に病院で手当てを受けさせた後、こちらの事情を説明した。彼も実物を見た今、すぐに理解したという。
「ハッサン、あのサクラの怪物さ…」
「ああ、明らかに沢村さんを狙ってた」
「…どうする?」
「本人の意思では、何だけどさーー」
沢村は攻撃を受けた瞬間、サクラが"あるもの"を携えていたのを見た。それは自身が真壁咲良に贈った指輪とネックレス沢村は攻撃を受けた瞬間、サクラが"あるもの"を左手に嵌めていたのを見た。それは自身が真壁咲良に贈った指輪。

「結婚指輪っていうには、まだ早いけど」
「ありがとう、智輝さん。じゃあ…婚約ってことで」

そう嬉しそうに微笑む彼女は、ネックレスに指輪を結んでいたという。それをなぜ、あのサクラが持っていたのか。必ず突き止めると、沢村は据わった目で初樹に話していた。
「…一つ、沢村さんに伝えてくれ。そのネックレスと指輪、俺が回収してるって。戦った後に見つけて、何か関係してるかと思ったから」
そう嬉しそうに微笑む彼女は、右手に指輪を嵌めていたという。それをなぜ、あのサクラが持っていたのか。必ず突き止めると、沢村は据わった目で初樹に話していた。
「…一つ、沢村さんに伝えてくれ。その指輪、俺が回収してるって。戦った後に見つけて、何か関係してるかと思ったから」
「そうか良かった…!すぐに伝えるよ」
「それと、あのすぐ後にさ…黒コートが乱入してきた」
「それと、あのすぐ後にさ…またあの男が乱入してきた」
「えっ」
「でもサクラと一緒にすぐに消えた」
「マジか…」
「ダメージは与えてたから、すぐに再襲撃はないだろうけど…」
その言葉の後には沈黙が続いた。個人や民間の互助の領域は、最早逸脱した状況。それに対する疲弊が、この後に口を開くことを重くする。
「マジか…二回も」
「サクラの方はダメージは与えてたから、すぐに再襲撃はないだろうけど…」
その言葉の後には沈黙が続いた。個人や民間の互助の領域は、最早逸脱した状況。しかしそれに対する疲弊こそが、やがて重い口を開かせる。
「やっぱ、本人には申し訳ないけど、沢村さんだけでも警察に保護してもらわないか?」
健人からのその言葉に対し、初樹は未だ口を閉ざした。状況から彼の迷いと思案が見て取れる。故に健人は、努めて静かに言葉を続けた。
「正直、調べるだけでも難しいだろ。その上、関係者の事まで俺たちが担うなんてさ…」
無理。その二文字こそ控えたがそれは本来現実。言いながらその現実は健人の心中を更に重くする。この屈服する苦痛と虚しさは、電話越しでありながらも健人の顔を歪ませた。
無理。その二文字こそ控えたがそれは本来現実。言いながらその現実は健人の心中を更に重くする。この屈服する苦痛と虚しさは、電話越しでありながらも健人の顔を歪ませた。
「…本人の意思もある。明日、諸々情報共有した上で、他に対応策が無かったら…沢村さんの了解を得て、そうしよう」
「…わかった。状況的にはそれが限界かもな」
「…わかった。状況的にはそれが限界かもな」
そう言って通話を終えると、健人は静かに、そして虚ろに呟いた。
「ごめんな」
そう、呟くしかなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

後、初樹は失踪事件の関係資料顔を付き合わせ一連の状況に対して思案を巡らせた。
先に自分が中央北西出向いた当初は、"感知器"は反応を示さなかった。それがスクーターであの公園向か最中、急に感知器が怪物の存在示した。程なくその方角に視認できサクラは、自分と同様に公園へと一直線に駆けてった。そ後、サクラは沢村を執拗に攻撃。相対する健人よりもそちらを優先して…
"こちらの行動が怪物たちに筒抜けになってるのか?ーーだが、どうやて?"
"事件を追ってるのは俺花っちの二人だけ"
"あれだけ混迷にあっ、必死に戦っいた花っち裏切ってことはあり得ない…であるなら疑われるはーー"
"沢村さんか、件男か。いや前者が俺たちを嵌ら、指輪やネックレスのする理由や必要性が判然としない"
"だがサクラの攻撃よる沢村さんの傷、比較的軽いものだった病院もそう扱う程度のーー"
"いずれにしても、彼の持つ要素がサクラに関連いる察しがつく。用心必要はある"
"謎の男は?一日に二、花っちの前現れた"
"ならばこちらの方が俺たちの動き張り付いていると考えていることの方が自然"
"だが、サクラがダメージを追ているとはいえ、相当の手練れなら2対1で花っちを害し、あのブレスレットを奪うことも有り得た。それなら、何故退いたのか?"
「…わかんねえ」
情報の解像度が不鮮明。そう言わざるを得ない。
翌、5月3日午前9時10分。健人は初樹より、沢村三人で安全な場で話すべく朝憬市東区にあるファストフード店"ファミリア朝憬東店"に集まろと連絡受けた。
もう解放されたい。それが正直な思いだが、っとも現実変わわけでもない。何よりーー
「行き場失くしたもでもて…だよ」
ブレスレットを見遣って独り呟く。持ち主消失した贈り物、せめて贈り主には届けなければ。そうして重苦しい心身をどうにか上げと、健人最低限身支と共指輪を携え東区かった。


一時間後の午前10時4分。健人がファミリア朝憬東店に着いた時には、初樹が席を取っていた。
「お疲れ、ハッサン。沢村さんは?」
「ああ、ゴールデンウィーク中だけど応じてくれたよ。それどころじゃないんだろうな」
一瞬目を伏せてそう返す初樹の姿に、胸が痛む。しかし健人としては、まず確認すべきことが一つあった。
「ハッサンさ。どうやってサクラの存在を突き止めたんだ?あんな短時間で」
「ああ、それなら真壁さんのご家族に当たった」
「あの連絡先からか」
初樹は首肯するも、僅かに眉を寄せる。
「どうした?やっぱ、家族さんはやっぱり気落ちしてたとかか?」
「まあ、そりゃあな。俺が訪ねた時は、真壁さんのお母さんだけだったが…自分を責めてたよ」
「…自分を責めてた?」
「あ…とにかく、心当たりってだけで子細な説明も難しい俺のような奴にも、すぐにある程度の状況を教えてくれるような状態だったってことだよ」
情報はともかく、これ以上の事情には深入りすべきでない。初樹は暗にそう言っているように聞こえた。その事実に健人も少し、目を伏せる。
「で、"中央区北西で咲良さんの行きそうな場所を出来るだけ教えて下さい"って頼み込んだ」
「それから?」
「幾つか教えてもらえたよ。彼女が子供の頃に行った思い出の映画館とか、幾つかな。でも殆どが子供の頃のそれだった」
「…どういう意味だ?」
「大人になるにつれ、家族との思い出が少なくなったりするけど…彼女は特にそうだったってことだろうさ」
少なくとも、何か事が起きるリスクがあった。所々の違和感から、そんな文脈が読み取れる。果たして彼女が子供らしく、或いは彼女らしくいられたのは、いつまでだったのだろうか。
「でも一つだけ、彼女が2年前から通っていた場所に図書館があった。多分、彼女は沢村さんともそこで知り合ってる」
「そこにいたってことか?」
「ああ、その周辺の物陰を探したら…ビンゴだった」
      

「花っち!」
「ハッサン、その人を頼む!」
サクラの怪物による攻撃を剣で弾きながら、スクーターに乗って駆けつけた初樹に向けて叫ぶ健人。既に黒地の衣に青い装飾を身に付けていたその姿に、初樹は事態を察知した。
「行きましょう、早く!」
直後に沢村と目を合わせ、初樹は彼をスクーターに乗せようとする。しかしその瞬間、サクラはその花びらを自身の周囲に舞わせてその中に消えた。剣の横凪ぎが空振りとなり、慌てて健人が振り向けば、沢村と初樹の前に花びらが舞う。そしてその中からサクラが再び姿を現した。即座に沢村目掛けて攻撃が仕掛けられる。健人の速度も、側にいた初樹でも、間に合わない。直後に攻撃を受けた沢村の叫びが公園に響いた。倒れた彼の胸に負った傷からは血が流れ、共に樹木に斬りつけられたスーツが赤く染まる。離れた場所から、この公園にいたのだろう誰かの悲鳴が聞こえた。健人はサクラを追って剣を振るうも、異形の身が桜の花びらに消える一連の挙動を、捉えることができない。
「クソ!これじゃ…!」
初樹と沢村に駆け寄りながらも、頭に血が上り苛立つ健人。沢村に肩を貸して庇いながら、その傍らに立つ初樹が声を張る。
「闇雲に追っても埒が明かない!だったら、花っちーー!」
その時、沢村の左斜め前ーー健人から見て4時の方向に花びらが舞い、サクラが再度襲い来る。
「ーーカウンターだ!」
瞬時に迎撃する健人が剣を突き出した。しかしその攻撃は、再度花びらが舞う虚空を突いたのみであり、また超常の力を宿した花びらはその場で爆ぜ、健人にダメージを与える。同時にその対角から、サクラは花びらと共に沢村へと突貫した。ふざけんな、無茶苦茶だろこんなの。健人は振り向き様に、沢村と彼を庇わんとした初樹の後ろ姿を見て、心中でそう吐き捨てる。
だが、それだけではなかった。今まさに花森健人の意識が捉えている衝撃的光景。誰かを庇い、大切な友人が傷つこうとしているその瞬間が、"ゆっくりとしている"。それは衝撃故の認知かと一瞬誤認しかけた。しかし、それは否。自身の思考と挙動が周囲のそれとズレ、自分の方がずっと速くなっている。加速する意識はその事象を理解しきれていないが、理屈はいい。まだ間に合う。ならばーー。
夜を思わせる黒地の衣。これを装飾するは空色の水晶で構成された、爪か牙を思わせる魔道具。それが独りでに衣を離れ、素早く宙を舞えば、サクラの異形から友たちを守らんとその間に光を結ぶ。そこに形成された盾が、爆ぜる花びらと伸ばされたサクラの樹木を防いだ。
すぐに初樹が驚愕に健人の方を振り向いたが、その姿は既に後方にはない。健人は跳躍して初樹と沢村を飛び越え、動きが一瞬鈍ったサクラの左腕を斬り飛ばした。響く叫び、呻き。よろめく様につい顔を歪めてしまう。しかし即座に左手を前に構えると、その動作に連動する魔道具を操作してサクラに追撃を仕掛けた。
「彼は、一体…」
沢村はただ晒された脅威と眼前の戦いへの驚愕に呟く。
「ただの大学生です。ちょいくたびれ気味のーーさあ、立てますか?」
その呟きに即答すると、初樹は沢村と共にスクーターに乗ってエンジンをかけた。
「巻き込んどいて結局…花っち、スマン!!」
後半、自身に向けて叫ばれた謝罪に、健人は"速く行け!"と右手を払う。走り出したスクーターを守るべく、サクラに攻撃する魔装具からは、光弾が撃ち出されていた。それを避けるサクラは、その最中にあっても沢村を注視する。左腕を失いながらも、尚も彼に迫らんと駆けるサクラを阻み、健人は強く問う。
「その執着は何だーー!?」
その問いと健人を躱すように、サクラはまたも花びらを舞わせた。だが健人は直後にブレスレットを翳して、自身の周囲に力の奔流を発してこれを吹き飛ばす。そして弾き出されたサクラに、更に一撃を与えんと斬りかかった。しかしその時ーー。
「これ以上の無作法はご遠慮願おう」
「お前…!」
黒コートの異形の腕が、健人の剣を一閃を押し止めた。即座に距離を取る。ここで突っ込んでも自滅する。それどころか初樹も沢村もまだ危ない。
「利口な判断だ」
未だ前に突出するサクラを見遣って左腕で制すると、黒コートは憮然と言った。
「我々もここは退く。まだ"下らん妄執の延長"で死なれるわけにもいかん」
そして虚空に闇色の孔を浮かばせると黒コートとサクラはその姿を消した。そして程なく変身が解けた健人は、肩で息をしながらその場にへたりこむ。そのすぐ右には、光沢を放つ指輪が転がっていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

その後、騒ぎになる前に公園を抜け出し、健人は初樹と今一度連絡を取った。互いの無事を確認した後、初樹の方は、沢村に病院で手当てを受けさせた後、こちらの事情を説明した。彼も実物を見た今、すぐに理解したという。
「ハッサン、あのサクラの怪物さ…」
「ああ、明らかに沢村さんを狙ってた」
「…どうする?」
「本人の意思では、何だけどさーー」
沢村は攻撃を受けた瞬間、サクラが"あるもの"を左手に嵌めていたのを見た。それは自身が真壁咲良に贈った指輪。

「結婚指輪っていうには、まだ早いけど」
「ありがとう、智輝さん。じゃあ…婚約ってことで」

そう嬉しそうに微笑む彼女は、右手に指輪を嵌めていたという。それをなぜ、あのサクラが持っていたのか。必ず突き止めると、沢村は据わった目で初樹に話していた。
「…一つ、沢村さんに伝えてくれ。その指輪、俺が回収してるって。戦った後に見つけて、何か関係してるかと思ったから」
「そうか良かった…!すぐに伝えるよ」
「それと、あのすぐ後にさ…またあの男が乱入してきた」
「えっ」
「でもサクラと一緒にすぐに消えた」
「マジか…二回も」
「サクラの方はダメージは与えてたから、すぐに再襲撃はないだろうけど…」
その言葉の後には沈黙が続いた。個人や民間の互助の領域は、最早逸脱した状況。しかしそれに対する疲弊こそが、やがて重い口を開かせる。
「やっぱ、本人には申し訳ないけど、沢村さんだけでも警察に保護してもらわないか?」
健人からのその言葉に対し、初樹は未だ口を閉ざした。状況から彼の迷いと思案が見て取れる。故に健人は、努めて静かに言葉を続けた。
「正直、調べるだけでも難しいだろ。その上、関係者の事まで俺たちが担うなんてさ…」
無理。その二文字こそ控えたが、それは本来現実。言いながらその現実は健人の心中を更に重くする。この屈服する苦痛と虚しさは、電話越しでありながらも健人の顔を歪ませた。
「…本人の意思もある。明日、諸々情報共有した上で、他に対応策が無かったら…沢村さんの了解を得て、そうしよう」
「…わかった。状況的には、それが限界かもな」
そう言って通話を終えると、健人は静かに、そして虚ろに呟いた。
「ごめんな」
そう、呟くしかなかった。

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翌、5月3日の午前9時10分。健人は初樹より、沢村と三人で安全な場で話すべく、朝憬市東区にあるファストフード店"ファミリア朝憬東店"に集まろうと連絡を受けた。
もう解放されたい。それが正直な思いだったが、じっとしていても現実が変わるわけでもない。何よりーー
「行き場の失くしたものでも、せめて…だよな」
ブレスレットを見遣って独り呟く。持ち主の消失した贈り物を、せめて贈り主には届けなければ。そうして重苦しい心身をどうにか上げると、健人は最低限の身支度と共に指輪を携え、東区に向かった。

一時間後の午前10時4分。健人がファミリア朝憬東店に着いた時には、初樹が席を取っていた。
「お疲れ、ハッサン。沢村さんは?」
「ああ、ゴールデンウィーク中だけど応じてくれたよ。それどころじゃないんだろうな」
一瞬目を伏せてそう返す初樹の姿に、胸が痛む。しかし健人としては、まず確認すべきことが一つあった。
「ハッサンさ。どうやってサクラの存在を突き止めたんだ?あんな短時間で」
「ああ、それなら真壁さんのご家族に当たった」
「あの連絡先からか」
初樹は首肯するも、僅かに眉を寄せる。
「どうした?やっぱ、家族さんはやっぱり気落ちしてたとかか?」
「まあ、そりゃあな。俺が訪ねた時は、真壁さんのお母さんだけだったが…自分を責めてたよ」
「…自分を責めてた?」
「あ…とにかく、心当たりってだけで子細な説明も難しい俺のような奴にも、すぐにある程度の状況を教えてくれるような状態だったってことだよ」
情報はともかく、これ以上の事情には深入りすべきでない。初樹は暗にそう言っているように聞こえた。その事実に健人も少し、目を伏せる。
「で、"中央区北西で咲良さんの行きそうな場所を出来るだけ教えて下さい"って頼み込んだ」
「それから?」
「幾つか教えてもらえたよ。彼女が子供の頃に行った思い出の映画館とか、幾つかな。でも殆どが子供の頃のそれだった」
「…どういう意味だ?」
「大人になるにつれ、家族との思い出が少なくなったりするけど…彼女は特にそうだったってことだろうさ」
少なくとも、何か事が起きるリスクがあった。所々の違和感から、そんな文脈が読み取れる。果たして彼女が子供らしく、或いは彼女らしくいられたのは、いつまでだったのだろうか。
「でも一つだけ、彼女が2年前から通っていた場所に図書館があった。多分、彼女は沢村さんともそこで知り合ってる」
「そこにいたってことか?」
「ああ、その周辺の物陰を探したら…ビンゴだった」