5.指輪と理由 version 6
5.
「花っち!」
「ハッサン、その人を頼む!」
サクラの怪物による攻撃を剣で弾きながら、スクーターに乗って駆けつけた初樹に向けて叫ぶ健人。既に黒地の衣に青い装飾を身に付けていたその姿に、初樹は事態を察知した。
「行きましょう、早く!」
直後に沢村と目を合わせ、初樹は彼をスクーターに乗せようとする。しかしその瞬間、サクラはその花びらを自身の周囲に舞わせてその中に消えた。剣の横凪ぎが空振りとなり、慌てて健人が振り向けば、沢村と初樹の前に花びらが舞う。そしてその中からサクラが再び姿を現した。即座に沢村目掛けて攻撃が仕掛けられる。健人の速度も、側にいた初樹でも、間に合わない。直後に攻撃を受けた沢村の叫びが公園に響いた。倒れた彼の胸に負った傷からは血が流れ、共に樹木に斬りつけられたスーツが赤く染まる。離れた場所から、この公園にいたのだろう誰かの悲鳴が聞こえた。健人はサクラを追って剣を振るうも、異形の身が桜の花びらに消える一連の挙動を、捉えることができない。
「クソ!これじゃ…!」
初樹と沢村に駆け寄りながらも、頭に血が上り苛立つ健人。沢村に肩を貸して庇いながら、その傍らに立つ初樹が声を張る。
「闇雲に追っても埒が明かない!だったら、花っちーー!」
その時、沢村の左斜め前ーー健人から見て4時の方向に花びらが舞い、サクラが再度襲い来る。
「ーーカウンターだ!」
瞬時に迎撃する健人が剣を突き出した。しかしその攻撃は、再度花びらが舞う虚空を突いたのみであり、また超常の力を宿した花びらはその場で爆ぜ、健人にダメージを与える。同時にその対角から、サクラは花びらと共に沢村へと突貫した。ふざけんな、無茶苦茶だろこんなの。健人は振り向き様に、沢村と彼を庇わんとした初樹の後ろ姿を見て、心中でそう吐き捨てる。
だが、それだけではなかった。今まさに花森健人の意識が捉えている衝撃的光景。誰かを庇い、大切な友人が傷つこうとしているその瞬間が、"ゆっくりとしている"。それは衝撃故の認知かと一瞬誤認しかけた。しかし、それは否。自身の思考と挙動が周囲のそれとズレ、自分の方がずっと速くなっている。加速する意識はその事象を理解しきれていないが、理屈はいい。まだ間に合う。ならばーー。
夜を思わせる黒地の衣。これを装飾するは空色の水晶で構成された、爪か牙を思わせる魔道具。それが独りでに衣を離れ、素早く宙を舞えば、サクラの異形から友たちを守らんとその間に光を結ぶ。そこに形成された盾が、爆ぜる花びらと伸ばされたサクラの樹木を防いだ。
すぐに初樹が驚愕に健人の方を振り向いたが、その姿は既に後方にはない。健人は跳躍して初樹と沢村を飛び越え、動きが一瞬鈍ったサクラへと一撃を与えていた。だがその呻きとよろめく様につい顔を歪めてしまう。しかし即座に左手を前に構えると、その動作に連動する魔道具を操作してサクラに追撃を仕掛けた。
「彼は、一体…」
沢村はただ晒された脅威と眼前の戦いへの驚愕に呟く。
「ただの大学生です。ちょいくたびれ気味のーーさあ、立てますか?」
その呟きに即答すると、初樹は沢村と共にスクーターに乗ってエンジンをかけた。
「巻き込んどいて結局…花っち、スマン!!」
後半、自身に向けて叫ばれた謝罪に、健人は"速く行け!"と左手を払う。走り出したスクーターを守るべく、サクラに攻撃する魔装具からは、光弾が撃ち出されていた。それを避けるサクラは、その最中にあっても沢村を注視する。尚も彼に迫らんと駆けるサクラを阻み、健人は強く問う。
「その執着は何だーー!?」
その問いと健人を躱すように、サクラはまたも花びらを舞わせた。だが健人は直後にブレスレットを翳して、自身の周囲に力の奔流を発してこれを吹き飛ばす。そして弾き出されたサクラに、更に一撃を与えんと斬りかかった。しかしその時ーー。
「これ以上の無作法はご遠慮願おう」
「お前…!」
黒コートの異形の腕が、健人の剣を一閃を押し止めた。即座に距離を取る。ここで突っ込んでも自滅する。それどころか初樹も沢村もまだ危ない。
「利口な判断だ」
未だ前に突出するサクラを見遣って左腕で制すると、黒コートは憮然と言った。
「我々もここは退く。まだ"下らん痴情の延長"で死なれるわけにもいかん」
そして虚空に闇色の孔を浮かばせると黒コートとサクラはその姿を消した。そして程なく変身が解けた健人は、肩で息をしながらその場にへたりこむ。そのすぐ左には、光沢を放つ千切れたネックレス。そしてそれに通されている装飾の施された指輪が転がっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
その後、騒ぎになる前に公園を抜け出し、健人は初樹と今一度連絡を取った。互いの無事を確認した後、初樹の方は、沢村に病院で手当てを受けさせた後、こちらの事情を説明した。彼も実物を見た今、すぐに理解したという。
「ハッサン、あのサクラの怪物さ…」
「ああ、明らかに沢村さんを狙ってた」
「…どうする?」
「本人の意思では、何だけどさーー」
沢村は攻撃を受けた瞬間、サクラが"あるもの"を携えていたのを見た。それは自身が真壁咲良に贈った指輪とネックレス。
「結婚指輪っていうには、まだ早いけど」
「ありがとう、智輝さん。じゃあ…婚約ってことで」
そう嬉しそうに微笑む彼女は、ネックレスに指輪を結んでいたという。それをなぜ、あのサクラが持っていたのか。必ず突き止めると、沢村は据わった目で初樹に話していた。
「…一つ、沢村さんに伝えてくれ。そのネックレスと指輪、俺が回収してるって。戦った後に見つけて、何か関係してるかと思ったから」
「そうか良かった…!すぐに伝えるよ」
「それと、あのすぐ後にさ…黒コートが乱入してきた」
「えっ」
「でもサクラと一緒にすぐに消えた」
「マジか…」
「ダメージは与えてたから、すぐに再襲撃はないだろうけど…」
その言葉の後には沈黙が続いた。個人や民間の互助の領域は、最早逸脱した状況。それに対する疲弊が、この後に口を開くことを重くする。
「やっぱ、本人には申し訳ないけど、沢村さんだけでも警察に保護してもらわないか?」
健人からのその言葉に対し、初樹は未だ口を閉ざした。状況から彼の迷いと思案が見て取れる。故に健人は、努めて静かに言葉を続けた。
「正直、調べるだけでも難しいだろ。その上、関係者の事まで俺たちが担うなんてさ…」
無理。その二文字こそ控えたがそれは本来、現実。言いながらその現実は健人の心中を更に重くする。この屈服する苦痛と虚しさは、電話越しでありながらも健人の顔を歪ませた。
「…本人の意思もある。明日、諸々情報共有した上で、他に対応策が無かったら…沢村さんの了解を得て、そうしよう」
「…わかった。状況的にはそれが限界かもな」
そう言って通話を終えると、健人は静かに、そして虚ろに呟いた。
「ごめんな」
そう、呟くしかなかった。
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「花っち!」
「ハッサン、その人を頼む!」
サクラの怪物による攻撃を剣で弾きながら、スクーターに乗って駆けつけた初樹に向けて叫ぶ健人。既に黒地の衣に青い装飾を身に付けていたその姿に、初樹は事態を察知した。
「行きましょう、早く!」
直後に沢村と目を合わせ、初樹は彼をスクーターに乗せようとする。しかしその瞬間、サクラはその花びらを自身の周囲に舞わせてその中に消えた。剣の横凪ぎが空振りとなり、慌てて健人が振り向けば、沢村と初樹の前に花びらが舞う。そしてその中からサクラが再び姿を現した。即座に沢村目掛けて攻撃が仕掛けられる。健人の速度も、側にいた初樹でも、間に合わない。直後に攻撃を受けた沢村の叫びが公園に響いた。倒れた彼の胸に負った傷からは血が流れ、共に樹木に斬りつけられたスーツが赤く染まる。離れた場所から、この公園にいたのだろう誰かの悲鳴が聞こえた。健人はサクラを追って剣を振るうも、異形の身が桜の花びらに消える一連の挙動を、捉えることができない。
「クソ!これじゃ…!」
初樹と沢村に駆け寄りながらも、頭に血が上り苛立つ健人。沢村に肩を貸して庇いながら、その傍らに立つ初樹が声を張る。
「闇雲に追っても埒が明かない!だったら、花っちーー!」
その時、沢村の左斜め前ーー健人から見て4時の方向に花びらが舞い、サクラが再度襲い来る。
「ーーカウンターだ!」
瞬時に迎撃する健人が剣を突き出した。しかしその攻撃は、再度花びらが舞う虚空を突いたのみであり、また超常の力を宿した花びらはその場で爆ぜ、健人にダメージを与える。同時にその対角から、サクラは花びらと共に沢村へと突貫した。ふざけんな、無茶苦茶だろこんなの。健人は振り向き様に、沢村と彼を庇わんとした初樹の後ろ姿を見て、心中でそう吐き捨てる。
だが、それだけではなかった。今まさに花森健人の意識が捉えている衝撃的光景。誰かを庇い、大切な友人が傷つこうとしているその瞬間が、"ゆっくりとしている"。それは衝撃故の認知かと一瞬誤認しかけた。しかし、それは否。自身の思考と挙動が周囲のそれとズレ、自分の方がずっと速くなっている。加速する意識はその事象を理解しきれていないが、理屈はいい。まだ間に合う。ならばーー。
夜を思わせる黒地の衣。これを装飾するは空色の水晶で構成された、爪か牙を思わせる魔道具。それが独りでに衣を離れ、素早く宙を舞えば、サクラの異形から友たちを守らんとその間に光を結ぶ。そこに形成された盾が、爆ぜる花びらと伸ばされたサクラの樹木を防いだ。
すぐに初樹が驚愕に健人の方を振り向いたが、その姿は既に後方にはない。健人は跳躍して初樹と沢村を飛び越え、動きが一瞬鈍ったサクラへと一撃を与えていた。だがその呻きとよろめく様につい顔を歪めてしまう。しかし即座に左手を前に構えると、その動作に連動する魔道具を操作してサクラに追撃を仕掛けた。
「彼は、一体…」
沢村はただ晒された脅威と眼前の戦いへの驚愕に呟く。
「ただの大学生です。ちょいくたびれ気味のーーさあ、立てますか?」
その呟きに即答すると、初樹は沢村と共にスクーターに乗ってエンジンをかけた。
「巻き込んどいて結局…花っち、スマン!!」
後半、自身に向けて叫ばれた謝罪に、健人は"速く行け!"と左手を払う。走り出したスクーターを守るべく、サクラに攻撃する魔装具からは、光弾が撃ち出されていた。それを避けるサクラは、その最中にあっても沢村を注視する。尚も彼に迫らんと駆けるサクラを阻み、健人は強く問う。
「その執着は何だーー!?」
その問いと健人を躱すように、サクラはまたも花びらを舞わせた。だが健人は直後にブレスレットを翳して、自身の周囲に力の奔流を発してこれを吹き飛ばす。そして弾き出されたサクラに、更に一撃を与えんと斬りかかった。しかしその時ーー。
「これ以上の無作法はご遠慮願おう」
「お前…!」
黒コートの異形の腕が、健人の剣を一閃を押し止めた。即座に距離を取る。ここで突っ込んでも自滅する。それどころか初樹も沢村もまだ危ない。
「利口な判断だ」
未だ前に突出するサクラを見遣って左腕で制すると、黒コートは憮然と言った。
「我々もここは退く。まだ"下らん痴情の延長"で死なれるわけにもいかん」
そして虚空に闇色の孔を浮かばせると黒コートとサクラはその姿を消した。そして程なく変身が解けた健人は、肩で息をしながらその場にへたりこむ。そのすぐ左には、光沢を放つ千切れたネックレス。そしてそれに通されている装飾の施された指輪が転がっていた。
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その後、騒ぎになる前に公園を抜け出し、健人は初樹と今一度連絡を取った。互いの無事を確認した後、初樹の方は、沢村に病院で手当てを受けさせた後、こちらの事情を説明した。彼も実物を見た今、すぐに理解したという。
「ハッサン、あのサクラの怪物さ…」
「ああ、明らかに沢村さんを狙ってた」
「…どうする?」
「本人の意思では、何だけどさーー」
沢村は攻撃を受けた瞬間、サクラが"あるもの"を携えていたのを見た。それは自身が真壁咲良に贈った指輪とネックレス。
「結婚指輪っていうには、まだ早いけど」
「ありがとう、智輝さん。じゃあ…婚約ってことで」
そう嬉しそうに微笑む彼女は、ネックレスに指輪を結んでいたという。それをなぜ、あのサクラが持っていたのか。必ず突き止めると、沢村は据わった目で初樹に話していた。
「…一つ、沢村さんに伝えてくれ。そのネックレスと指輪、俺が回収してるって。戦った後に見つけて、何か関係してるかと思ったから」
「そうか良かった…!すぐに伝えるよ」
「それと、あのすぐ後にさ…黒コートが乱入してきた」
「えっ」
「でもサクラと一緒にすぐに消えた」
「マジか…」
「ダメージは与えてたから、すぐに再襲撃はないだろうけど…」
その言葉の後には沈黙が続いた。個人や民間の互助の領域は、最早逸脱した状況。それに対する疲弊が、この後に口を開くことを重くする。
「やっぱ、本人には申し訳ないけど、沢村さんだけでも警察に保護してもらわないか?」
健人からのその言葉に対し、初樹は未だ口を閉ざした。状況から彼の迷いと思案が見て取れる。故に健人は、努めて静かに言葉を続けた。
「正直、調べるだけでも難しいだろ。その上、関係者の事まで俺たちが担うなんてさ…」
無理。その二文字こそ控えたがそれは本来、現実。言いながらその現実は健人の心中を更に重くする。この屈服する苦痛と虚しさは、電話越しでありながらも健人の顔を歪ませた。
「…本人の意思もある。明日、諸々情報共有した上で、他に対応策が無かったら…沢村さんの了解を得て、そうしよう」
「…わかった。状況的にはそれが限界かもな」
そう言って通話を終えると、健人は静かに、そして虚ろに呟いた。
「ごめんな」
そう、呟くしかなかった。
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