【絶望の賜主】

創作『星と健花の英雄譚』の登場人物。敵組織・種族エクリプスのトップであり実質的なラスボス。

幼少期〜青年期(人間の時代)

種族:人間
本名:不明
文明の発達した高度な情報化社会に生まれる。
良心に囲まれて育ち、清らかな心を知る優しき青年となる。
しかし情報社会のなかで、虐げられる人々や生き汚い大人たちが大勢いることを知ってしまう。
青年は、清らかな者たちが汚い者たちの我欲に利用され、傷つけられてしまう社会に不満を抱いていた。
そんな彼は突如として絶大な力を手にする。
“量元核レガリア”———それはどんな願いでも叶えられる、あらゆる不条理を覆す奇跡の力。
青年は純粋がゆえに願った。
「清らかな者が、清らかなまま生きていられる世界を創りたい。他を穢す不純な者を、この世界から消し去ってくれ」

その願いはたしかに遂げられ、不純なる者はこの世界からいなくなった。
僅か瞬きの間に、青年の考える“不純、穢れ”の価値基準に基いて一人ひとり丁寧にジャッジされ、該当する者は排除された。
その結果、世界に残った人間はただひとり、青年だけであった。

願いを遂げてから

青年は愕然とした。
穢れなき者は他に居なかったのか!? 親しかった家族や友達も、みな穢れていたというのか!?
清らかな心だってたくさん見てきたはずだ。それらも全て、穢れた心を隠すためのまやかしだったのか…!?
そんなのあんまりだ! 穢れた人間しか居ない世界で、私は偽りの良心を信じきっていただけなんて、なんて滑稽な…。
青年は絶望した。
上っ面だけの良心を見抜けなかった自分にも、清らかなる者などいなかった世界にも、心底失望した。

しかし、そんな彼を絶望から救い出した者がいた。
その者は“エクリプス”———穢れた命の死に絶えた世界で、新たに芽吹いた清廉なる命。
エクリプスは、我欲のために清らかな者を傷つけたりしない。偽りの良心で誰かを欺いたりしない。
その存在は、彼が追い求めた理想への解であり、何も無いこの世界に差す一筋の希望の光だった。

このエクリプス、実は彼が無意識のうちに生み出した存在だった。
というのも、量元核レガリアは彼の願いである『清らかな者が、清らかなまま生きていられる世界を創りたい』を忠実に叶えるべく、力を与えていたのだ。
その力は“魔術”と呼ばれ、絶望を糧としてエクリプスを生み出したり、世界を洗浄しうるだけの様々な力を内包しているほか、最大の障害である寿命すらも取っ払われ、悠久の時を生きられる身体に進化した。
もはや青年は人間ではなく、“魔術師”とでも言うべき存在に成り果てていた。
魔術を行使できるのはエクリプスも同じで、彼らは自分たちの魔術で同胞を生み出し、頭数を増やしていった。

魔術師の時代

かつて魔術師は、生まれ育ったこの星が世界の全てだと思っていた。しかしある時、世界の広さはそんなちっぽけなものではないと知る。
そこで魔術師はエクリプスたちと共に宇宙船を創り、別の星へと旅に出た。

魔術師の思惑通り、別の星にはまだ穢れた者たちが大勢のさばっていた。
しかし、魔術師がなにか事を起こす前に、エクリプスたちは穢れた者を次々に絶望へ堕とし始めた。そして、驚異的な速さで手を広げ、頭数を増やし、星全体を絶望に染めあげてしまった。
この光景を目の当たりにした魔術師は、エクリプスの生存本能と思われたこの行動に、もうひとつ意味があることに気付く。それは———

『穢れた者は絶望によって清らかになる』

絶望とは望みが絶たれること。我欲に塗れた汚い欲望も、それそのものを絶ってしまえば誰も被害に遭わない。
現にこの星では誰も欲を持たず、誰も加害せず、誰も穢されない。魔術師の描いた理想郷がここに実現していた。

「そうか、絶望こそが洗浄への鍵だ…!」

この時、魔術師のなかに大きな使命感と希望が生まれた。
世界中の穢れた望みを絶つ。それが私の、清らかな望み。世界を洗浄するという大義を掲げ、その手段として絶望に可能性を見出した魔術師は自らをこう名乗った。

———“絶望の賜主”、と。

賜主の時代

世界平和の第一人者としてエクリプスを率い、数多の星を“洗浄”してきた絶望の賜主は、ある時もうひとつの希望に巡り会う。
量元核レガリア———かつて賜主の願いを叶え、賜主に願いを叶えるだけの力を与えたそれは、あの後行方知れずになっていた。もしもう一度手に入るなら、今度こそ“全ての星の穢れを絶望で洗浄する”と願って悲願に決着をつけるつもりでいたが、これまで一度も見つからなかった。
しかし、今回偶然見つけたそれは、既に持ち主がいた。

“希望の魔女リュミエ”、彼女はエクリプスが洗浄しようとしたとある星に住んでいた。彼女は人々の夢や希望を守ることが正義であるとし、賜主のやり方に真っ向から反発した。
当然レガリアを譲り渡してくれるわけがなく、賜主率いるエクリプスとリュミエはレガリアを、ひいては両者の大義を賭けた抗争状態に陥る。

リュミエが使う魔法は、魔術とは正反対に希望から力を得る。そこへさらに量元核レガリアを掛け合わせて力を底上げしているため突出した戦闘能力を持ち、幹部エクリプスが束でかかっても返り討ちに遭うほど。

賜主はリュミエが守ろうとする希望を「他力本願で醜悪な希望」と吐き捨てるが、同時にリュミエには穢れた望みが一切なく、絶望で洗浄する必要がない“清らかな者”であることを見抜く。賜主本人とエクリプスを除けば、リュミエは賜主が初めて目にした“天然の清らかな心”であり、他にも清らかな心を持つ者がいたことに驚きを隠せない。
しかしリュミエはレガリアを使ってまで醜悪な希望を守ろうとするため排除の対象である。賜主はその天然の清らかさを活かせないことを嘆くが、その手のレガリアを手に入れるためにも、リュミエとの直接対決以外に選択肢はなかった。

賜主との対決のさなか、賜主とエクリプスの大群を全て捌ききれなかったリュミエは守るべき民を奪われ、力の根源たる希望を失う。さらにその絶望から生まれたマーニ・セレーネにレガリアを扱う権能を奪われ、レガリアを持っていても力を引き出せない状態になったため完全に勝ち筋を絶たれる。
既に勝敗は決していたが、リュミエは最期の力を振り絞って逃走。転移の魔法を使われたため賜主は追跡もできず、レガリアを手にすることもついに叶わなかった。

健人の時代(転生後)

リュミエとの対決は勝利に終わったものの、レガリアの力に刃向かった代償は大きく、満身創痍の賜主は戦闘後程なくして意識を失う。
この時、賜主の肉体は構造を維持できずに崩壊してしまうが、死を超越した魔術師である賜主の精神はとある人間の子として転生を果たしていた。
その子供の名は花森健人。地球という遥か遠い星で栄える穢れた種族の子であった。花森健人は賜主とは異なる自我を持ち、賜主の転生体でありながら他の同種族と何ら変わりなく生活し、成長していった。

転生した賜主は意識を保てないほどに衰弱していたため、自分の意思で自分を回復させることすらできず昏睡状態に陥っていた。それ故に花森健人自身をはじめ、誰一人として健人のなかに賜主がいることに気付かなかった。

本編

しかし、影魔が健人を襲撃してから状況が変わる。
影魔の魔術で健人の絶望がエネルギーに変換された時、健人の中にいる賜主にその絶望エネルギーが流れ込み、意識が復活する。
賜主は自分が転生したことや健人という肉体の中にいることなどをこの時初めて認知する。
眠っていた間に起きた出来事についても把握しておらず、健人の様子などを頼りに推測立てながら把握していく。
この時点では意識が戻っただけでまだ回復には遠く、健人という肉体には一切の干渉ができず、また魔術も使えない。

しかし、健人が影魔やエクリプスと戦えば戦うほど賜主はその意識や力を取り戻していき、戦いを観察する中で健人に力を与えているブレスレットが量元核レガリアそのものであることにも気付く。

やがて賜主は少しの間なら健人の肉体の操縦権を乗っ取れるほどに力をつけるが、その際に賜主の意思ではなぜかレガリアを発動できないことが発覚。
この不可解な現象に賜主はしばらく悩まされるが、このような法則を無視した不条理を起こせる存在にはひとつだけ心当たりがあった。

“魔法”———希望の魔女リュミエ。彼女と交戦した時に何らかの魔法をかけられたか、或いはこのブレスレットに何か魔法が仕掛けられているのか。どちらにせよ、この状況を作り出したのはリュミエ以外に考えられず、打破できる者もリュミエしか居ない。

賜主は健人の動向からレガリアを健人に手渡した誰かがいること、その誰かと遠隔で対話していること、そしてその相手がどうやらリュミエであるっぽいことに気付く。

そこで賜主はとある作戦を企てる。
まずは健人の肉体を乗っ取り、健人のフリをしてリュミエと対話し、こちらへおびき寄せる。
そして、健人を演じたまま、賜主だと気付かれないうちに穏便にこの魔法を解除してもらう。

そうすれば今度こそ、待ち望んだレガリアがいよいよこの手に———。

END

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