0 大枠、設定等の文章化2 みんなに公開

9.花森健人を逃した。またレガリアの反応も見失った。これはセブンス、ひいてはエクリプスら全体にとって大きな失態だった。しかしそもそも、相手はレガリアと賜主自身の力を持った存在。当人はその意味に対し無自覚であっても、刺激すれば次に何を起こすか予測できない。まさしくイレギュラーである。二度アプローチをかけながら花森健人を確保できなかったのは、いずれも自身らの起源たるレガリアと賜主の力が花森健人の牙となり、それが自分たちに向いている故とも言えた。力でこれを攻略することはできない。
またその力がそこにある以上、賜主自身も花森健人の下に居ると考えられる。しかし如何なる理由か呼び掛けに応じることはない。であるならば、またエクリプスらの道理で考えるなら、ここで打破するべきは花森健人の心である。
知的生命の心、その脆い心や絶望など幾度となく堕とし喰ってきた彼らにとって、そちらの方が余程容易い。まずはそのために彼の者を調べ上げる。エクリプスたちは次の謀に舵を切った。

「イレギュラーの件、この国の連中に働きかけるのか?」
「いや、事は慎重に運ぶ必要がある。彼らにこちらの腹は見せんよ。一つたりともな」
「ではどう動く?」
「そうだな…ここは、民間人に協力頂こうか」

一方、花森健人のバイト先ーーアンティークショップ"安場佐田"。健人は先の夜、異形の者たちから逃げ仰せ、初樹と共に自宅に戻った時の事を思い返していた。あの場に確かに居た竜戦士は程なく、桧山初樹が身に付けていたネックレス(元は妹の由紀の物)の宝石部分に吸い込まれるように消えた。(正確にはネックレスが桧山兄妹の強い感情の拠り所であった故に、エクリプスや影魔と類似した竜はそこに宿った。初樹が健人と共に戦うための力として)
「おい、お前人の物の中に入って…!出ろよもう」
その時健人には、初樹の表情が不服なものに見えた。その後、ほんの一時だけの休息を取った翌朝、初樹が言った。
「花っち、こいつ何とか出せないのか?多分花っちのイメージから生まれたんだろ?こいつも」
それを受けて健人がネックレスに向けて「出てきてくれ」と呼び掛ける。すると小さい姿となった竜が出てきた。
「なあ、お前…俺が絵を描いてたあいつだよな?」
その言葉に竜は確かに首肯した。意志疎通が出来ることに二人は感心する。
「お前は、俺たちを助けてくれた。そういうことでいいのか?」
続けて頷く竜。やはりそうか、けれどそれなら。
「どうしてハッさんのネックレスに入ろうとしたんだ?ハッさんは…彼は嫌だって言ってるぞ」
その言葉に竜は不遜に鼻を鳴らし、続けて初樹の方をじっと見た。
「なんだよ。これには触れられたくないんだ」
「こっちじゃダメなのか?」
健人がブレスレットを竜に見せながら言うも、竜は首を横に振り、今一度その姿は初樹のネックレスへと消えた。
「マジか…」
自分達がこのブレスレットとそこから生まれたものにも振り回されている現実に、二人のため息が同時に響いた。
それから数日経つも、今自身が状況に対し、如何に対応するか、適する方法や手段も未だ正確に見いだせず、そもそも対峙する決意や覚悟、準備も出来ていない。今はただ現実に酷く揺さぶられるばかりだった。店長の佐田から呼びかけられている現実さえ、漠然とする程に。

10.英道大学福祉学科、長岡ゼミにて。二回生の研究課題について進捗確認を行うも、健人の胸中は尚もそれどころではない。なし崩し的にその場を終える。だが不意に長岡教授から声をかけられた。
「花森、君にお客が来ている」
程なく長岡から紹介された客人は、スーツ姿の容姿端麗な女性だった。彼女から"ジャーナリスト 上坂蓉子"と記された名刺を受け取る。曰く若者の生活水準について、ルポルタージュを記しており、英道大学で何人か該当者を探していたところ、健人がその候補として上がったということだった。
「俺、それこそ今色々と余裕ないんですけど」
健人はそう伝えるも、紹介を終えた長岡にはそそくさとその場から退散され、「でしたら、相談するくらいの気で話してもらっていいので」と蓉子からも取材について押し切られてしまう。そのまま取材は開始された。家族構成や簡単な来歴の説明、「優しいことがしたかった」という社会福祉を専攻した大まかな理由。思いの外すらすらとはなしてしまう自身を通して理解する。上坂蓉子はコミュニケーション能力に秀で、すぐに人を絆してしまう包容力のある女性だった。流れが変わったのは、現在の生活課題について質問された時だった。
「何か、辛いことがあるんですか?」
「ええ、まあ。でも…ある程度皆あることなんでしょう?」
「それは分かりません。だって、内容を聞いてないですから」
言わせようとしてくるか。言ったところでどうなるものでもないというのに。だが、あまりにあっけらかんと言われ、加えて淡く微笑まれると不思議と毒気が抜かれる思いがした。
「何て言うか、逃れようのない大変なことなんですけど…恐ろしいことばっかり起こるんですよね。それもワケわかんない類いの」
「それは…花森さんの日常で、ですか?」
一瞬の沈黙。どうにか言葉を探し、絞り出す。
「日常でも、特別あったことでもかな。人生ってある意味そんなとこあるかもですけど…生きてることが、もう」
「何かが、常に怖い?」
「ええ。そもそも俺、自分が人間モドキな気がするんですよ。欠落してるっていうか…ヒステリーなのかな」
蓉子は確かに頷きながらも、そこで敢えて言葉を噤んだ。しかしその沈黙の中で、健人自身が今一度で言葉を探すと、一つこぼれ落ちたものがあった。
「あ、ただ…支えになってくれてる人とか、会いたい人とか、そういう人は居るんですよ。一応」

11.取材の第一段階を終え、上坂蓉子は手元のメモを始め資料を見返していた。花森健人に接触して抱いた印象は、息苦しさを抱えた青年というところだった。どこか社会への不適応を有し、常に不安と恐怖にある心。そしてその事に対する、自己否定。社会的な繋がりとして、家族や友人との繋がりは非常に強く関心があるが、それ以外の殆どに対しては限りなく厭世的なものだった。
こうした情報を、常軌を逸した存在と取引するというのは言語道断ではあったが、蓉子の胸中は酷く曇っていた。取材対象に入れ込むそれではない。だがそれ以前に一人の人としての良心が蓉子を引き留める。それは彼女にとって当然のことで、彼女自身それは自覚していた。
脳裏を過るは敬愛した母、伊織の顔。その無念に報いたい思いと、生前の母が大切にしており自分が引き継ぐと決めた生き方ーー"人として出来ることをする"ということ。蓉子はその狭間で揺れる自分を感じ、その眉根を寄せた。

備考
民間人とは上坂蓉子を指す。この度の彼女も以前記した来歴に近い者であり、神隠しなど一連の事件とエクリプスたちを追っている記者である。しかしその取材内容は同業者らにはオカルトと揶揄され、また常に肝要な部分に厳しい情報統制、箝口令が敷かれていることもあり、攻めあぐねいていた。
その時、エクリプス側から超常的手段を以て健人の顔写真が提供されると共に、彼の名前からあらゆる生活の一切を調査するよう依頼される。(エクリプスは蓉子のような者が現れることを予想はしていた)そして報酬として蓉子の母、上坂伊織の死の真相について情報を始め、エクリプスや失踪事件に関する情報の一部を提供すると言われた。
彼女は母の無念と人権意識、倫理や人道故に葛藤する。この青年を調べてその個人情報を何者かも把握しきれていない連中に渡すなど。しかし彼らがこの青年にそれだけ知ろうとしているというのは、この青年にある何らかの要素が事態を打開しうるかもしれない。であるならばーー。
「あくまで仕事。あくまで、取材まで」
彼女は自身にそう言い聞かせ、"ルポ 若者の生活水準"と仮タイトルをパソコンに打ち込んだ。
しかし蓉子は気づいていなかった。健人の顔写真など資料として手渡されたデータに、フラル(蝶モチーフの先遣隊エクリプス)からのフェロモン(エクリプスから感知可能)が付いていたことに。

12.「優しいことへの欲求。支えている者達、会いたい者。そして人間モドキ」
「大方の目星は着いたな」
「当面の方針は三つだ。当該人物達の洗い出し。花森健人の言う優しいこと、その真意。そして人間モドキという恐れ、その解明」
追跡者は当然健人の下にも放たれていた。正確にはフェロモンを携えた上坂蓉子が健人を取材することで、エクリプスは再び健人の姿を追うことができた。あとはそこに、感知能力に優れたエクリプスを人間態に擬態させて配置すればいい。
(レガリアのパワーはオフになっており、エクリプスにそれを辿ることは出来ない。だが上坂蓉子という民間人に健人を追跡させ、この問題をクリア)
そしてそこで健人の口から話されたキーワードは、セブンスにも共有された。
「ならば洗い出された者達を魔術にかけ、奴について知り得ること全てを吐かせる。それなら一石二鳥だ」
「だがそうなると、花森健人は激昂するリスクがある。何が起こるか…」
「ならば激昂させて尚、こちらが優位性を保てるようにすればいい」
「優位性?」
「現在、花森健人は恐怖の中で防戦一方にある。先手はこちらから仕掛けられる状況だ」
「何が言いたいの?」
「月並みではあるが、人質に取るのだよ。彼の支えたる者を」

13.ファストフード店にて、健人は初樹を呼び出し今後についてどう対処すべきかを二人で話していた。
「花っち自身の思いは、ちゃんと聞きたい。こっからどうしたい?どんな思いでもいいから」
「ぶっちゃけ、逃げたい」
「だよなぁ…」
「…お袋には、共有しようと思う。このこと」
「お母さん、わかってくれそうか?」
「甘えてしまうけど、家の両親はずっとバカ息子を思ってくれてるから。親父は心配性だから言えないけど」
「花っち、お母さんの存在は特に大きいって言ってたもんな」
「マザコンだからな。それでさ、ハッサンも来てくれないか?その方が話しやすいし、より理解してもらえると思う。実際、竜もハッサンのとこに居るから、証明しやすいし」
「いいよ、俺は金曜には纏まった時間を開けられる」
「それで頼む。親父が仕事の平日の方がいいし、お袋にもそれで話すわ」

そして週末、健人は初樹を交えて母の純子と一連の事象について、実家で話をする。
「すぐに理解するには私も驚いてるけど、健が本当に、真から言ってることは分かった」
純子の反応は尤もなものだった。自分たちでも未だ、俄に信じがたく、また夢ならば良かったと思わずにいられない。しかし続く言葉に、健人ようやく一つ安堵を見つけた。
「何より、健が無事で良かったよ。桧山くんも、ありがとうね」
何か具体策が出てくるわけでもなければ、いつ何が起こるかわからない事態の深刻さは何も変わることはない。だが健人にとって一番の理解者である純子の精神的助力を得られた事は、状況を一つ前進させる大きな力になる。そんな気がした。
「でも健人がそんな大変な状況なら、こっちに戻ってこない?だってあんた只でさえーー」
「…それも、考えとく」
「うん、私はいつでも健人の味方だから」
故に、掛けられた言葉に少し涙ぐんだ。

14.だが、健人と初樹が実家を後にして程なく、健人を尾行していた影魔より情報を受け、セブンスのアゼリアが純子を襲撃。その時偶然にも忘れ物をしたため、初樹と共に実家に戻った健人は、直後にアゼリアの毒によって倒れた母を見て怒りの声を上げた。
「お前ら何で母さんにまで…!」
「花森健人、あなたがそうも面倒だからよ」
健人が名を呼ばれて動じている間に、アゼリアは暗い孔を開きその場から去ろうとする。その直後、健人は純子に駆け寄り、初樹はアゼリアを追って孔に飛び込んだ。
「花っち、すぐ救急車呼べ!」
「ハッさん!」
その行動は、竜戦士ならフォースフィールドを突破できることを踏まえてのものだった。それでも尚、危険ではあったが、このまま黙ってなどいられない。友に自身のような思いをさせるなど。
「しつこいのよ、下郎!」
「人襲っておいて、スカしてんじゃねえぞ化物!」
初樹の怒号に呼応し、ネックレスから現れた竜がその焔を強く放つ。だがアゼリアはこれを躱しつつ複数体の影魔を喚んだ。竜はその膂力で影魔を払うも、その内の一体が初樹に迫る。不意を突かれた初樹は傷を追い、竜はそのために彼を連れて孔から脱出。アゼリアの追跡は断念された。

15.その後、負傷した初樹が竜に担がれて健人と純子の下に辿り着くと、救急車で純子が搬送される瞬間に鉢合わせた。
「母さん!!」
人も世もなく泣き叫び、健人は担架に乗せられた純子の傍らにあった。しかし純子は重篤な意識障害にあり、健人の呼び掛けに応えることはない。
「母さん、死なないで!!俺を置いて行かないで!!」
「下がって下さい!患者さんが危険ですから!」
「花っち…!」
救急隊員達の活動を見ていることしか出来なかった。いつも抱いていた現実への無力感が、健人の心を容赦なく殴り付ける。なんでだ。なんで母さんなんだ。あの人は何も悪いことなんてしていない。ただこの"弱く脆い息子"を優しく見守り、必死で育でてきた母が、どうして。あれ?嗚呼ーー。

俺のせいだ。巻き込んだ。

それから、どれだけの時が経ったのだろうか。駆けつけた父の哲也、姉の美幸に事情を聞かれても何も言えなかった。言ったら母のように二人も取られるような気がした。何より二人に問われる言葉の意味も、それにどう応えればいいかも分からなかった。気がついた時には、ただ一言。
「殺してやる」
病院の治療室の前で小さく、しかし確かに、花森健人は血走った眼を見開いてそう呟いた。

16.「ハッさん。奴らの活動が最も頻繁なところってわかるか?」
その夜、健人は同病院で応急処置を終えた初樹の所に行くと、彼を労るよりも先にそう言った。
「それって…」
「俺、見たんだ。母さんが倒れる直前、あの腐れ妖精の腕から何か植え付けられるのを」
「花っち」
「あれが毒とかなら、解毒する方法があるかもしれない。なら吐かせる。アイツらを殺して回ってでも」
健人の強い怒りは、それまでのどこか抑制的かつ均衡を保とうとしていた彼の心自体を狂わせていた。
「教えてくれるだけでもいい。傷を終えたハッさんに無理は言えない。でもハッさんだけが頼りなんだ」
「…ダメだ」
「親父は肝が小さいからクソほど宛にならねえし、面倒くせえ姉貴も家庭があるしさ。頼むよ」
「花っちまで取られるわけにいかない」
「取られる?ああ、俺が負けると思ってるのか。あんな不意を襲うだけのダボどもに」
「今、おかしくなってる。本来の花っちじゃない」
「あ?」
「…頼むから、今は休んでくれ。お母さんもこの状況でーー」
「母さんをあんなにしたのはアイツらだ!ハッさんも怪我した!殺らなきゃこっちが殺られる…分かるだろう!?なあ!」
「分かるからこそ言ってんだよ…ダチまで持ってかれてたまるか」
その時、健人の拳が歪められた初樹の顔の横、病院の壁を殴り付ける。
「教えろつってんだろうが!!」
「お前が独りにする気か?お母さんも、俺も」
そう強く言い放つ健人を、初樹は静かに諭す。だがその声音は震えていた。
「壊れもんの俺がアイツら殺して死のうがーー」
「それ、本気で言ってんのか?」
震える声のまま、捨て身の健人にそう言うと、初樹は睨み付けながらも真っ直ぐ健人の目を見た。健人の目は、は自分を思うその瞳に対して震える。初樹の頬に一筋、涙が伝っていた。
「…聞くなよ」
どうしてこうなったんだっけ。少し前まで笑い合い、語らっていた筈の友。自分の最も尊敬する男が、文字通り自身の眼前で静かに泣いている。どういうわけだろうか、これは。互いにそれ以上の言葉を紡げない。騒ぎを聞いた病院職員の足音がそこまで来ていた。一瞬の空白。だが抑えられない怒りに健人はレガリアの光を強く明滅させる。光が辺りを包むと、レガリアの力は彼を変身させた。
「…ごめん」
初樹がその眩しさに閉じられた目を、次に開けた時には、健人の姿はそこにはなかった。
「謝るなら、行くんじゃねえよ」
歪めた顔を落とし、一人呟く。だがその時、ネックレスが煌々と光を発した。少なくとも、このままで納得する気もなければ、逼塞する気もない。それは初樹も同じだった。
「一人でさ」
それに気づいた初樹は、竜がネックレスに宿った意味を小さく言葉に乗せ、その光を掴んだ。

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