鴉と火の鳥 No.1 1/2 【B】 version 63
鴉と火の鳥 No.1
鴉は自分にも世界にも愛想が尽きていました。
その昔、ある雪山で見た優しく、気高く、美しい旅人の姿に、鴉は魅せられていました。
旅人は、切ないくらい優しい笑顔をしていました。
その姿が、烏にはとても尊く、美しいものに見えたのです。
そんな旅人の姿に、鴉はとても追いつくことは叶わないと分かっていました。
それが分かって尚、鴉はせめて心だけでも優しく、気高く、美しくなりたいと思いました。
ですが、やっぱり鴉はそうはなれませんでした。
鴉は出来るだけたくさんの動物の話を聞き、話しました。
どうやって優しく生きていくか、どうすれば優しいと言えるのか。
ですが他の動物に寄り添うには、鴉の体は黒く薄汚れていました。
そして、他の動物の思いを聞き、頷き、言葉を返すには、鴉のしゃがれた声では難しかったのです。
鴉はなにも出来ない自分にとうとう疲れてしまいました。
それと共に鴉は森の動物と上手くやっていくことが出来なくなりました。
心が苦しくなった鴉は、とある木の上だけで過ごすようになりました。
そんなある日、鴉は雪山の旅人のことをふと思いだし、泣き出しそうにしていると空を舞う火の鳥と出会いました。
火の鳥は鴉の下に舞い降りて言いました。
「他の誰でもない鴉さんが生きてることを、誰も"違う"とは言えないよ。いいんだよ、あなた自身も…いいんだよ」
鴉はその言葉を、どう受け止めようかと思いながらも、確かに自分でも"違う"とは言えませんでした。たとえ旅人のような気高さや、優しさや、美しさを持てはしなくても。
そう思って烏は火の鳥の方を見つめました。火の鳥は雪山の旅人ともまた違う、その一枚一枚が暖かく綺麗な赤い翼や、慈しみを含んだ麗しい瞳を持っていました。
そしてそんな火の鳥が、話しているうちにかけてくれた「鴉さんは、私にない素敵なものを持っているよ」という言葉。
綺麗な火の鳥が心からそんな言葉をかけてくれて、鴉はとても嬉しかったのです。
その日から、火の鳥と鴉は友だちになりました。
—————————————————————————————
その日、夢から目覚めた花森健人の一日は自室のベッド上で吐く溜息から始まった。
「腰痛い」
小声で呟くそんな言葉と共に、気だるげにその長身を起こしながら、健人は被さっていた掛け布団を捲る。直後に再度「さむ…」と独り呟くも、枕元にあるスマートフォンの画面を点けた。すぐさまディスプレイが表示され、そのロック画面に日時が表示される。2020年4月13日、午前6時半。4月と言えど、未だ寒波がある時期。朝日も昇り始めた時間の薄暗さの中、健人は自宅二階に位置する自室を出て、一階へと階段を降りて行った。
一階の暖房を点けて部屋を暖め、健人はキッチンで朝食を作ると、リビングにて目を伏せた表情でこれを食す。ご飯とウインナー、刻みキャベツと卵焼きを口に入れていると、一階の奥に位置する部屋から戸を開けて、健人の母である純子が出てきた。
「おはよう、健」
「おはよう」
朝の挨拶を交わしながら、母と子が互いの顔を見合わせる。純子は目を擦り、健人の朝食を見ながらその隣——リビングの食卓に着くと、「今日も寒いね」と切り出した。
「朝から講義なの?」
「うん、その後”あさひ食堂”」
健人は溜息を含ませながら返した。その様に、純子は少しだけ顔の皺を寄せる。それと共に、ほんの一瞬会話に間が空いた。
「急ぎすぎてない?病み上がりなのに…」
発された純子のそんな言葉に、健人は苦笑しつつも応える。
「…まあ、一応単位のためだし、昼すぎまでだから。とりあえず母さん、コーヒーでも飲む?」
その顔のまま言った健人に反応は遅れるも、純子は一旦は「うん」と頷いた。それと同時に父の哲也が健人と同様に二階の自室から降りてきた。白髪交じりの顔で「おはよう」と挨拶する哲也の右手には既にコーヒーカップが握られている。
「二人とも調子どう?」
その様子を伺う言葉に「私はよく寝れたよ」と返す純子と共に、健人も微笑を称えて言った。
「うーん、俺はちょっと腰痛いかな」
—————————————————————————————
同日午後8時。朝憬市市街地を南西に行った住宅街にある一件家。齢40過ぎに差し掛かった夫婦が朝の身支度を済ませ、その一日を始めようとしていた。
仕事に向かう夫の忠司が自室のクローゼットからスーツを羽織る。クローゼットの鏡には、眉根が寄せられ目は細められた顔が映っていた。その後玄関まで自身を見送る妻の洋子に、忠司は一つ聞いた。
「裕也は?」
「…そろそろ起きると思う」
沈んだ声音で洋子が言った。夫婦の一人息子の裕也は夫婦が玄関で声や音に対し、自室のベッド上で身を竦ませていた。引きつった表情と共にその息が上がっていく。
「…そうか…”あさひ食堂”は行けそうか?」
忠司が靴を履いて整えながら、再度問う。一瞬その問いに少しだけその目を落とすも、すぐにその目は夫を見つめなおし、洋子は言葉を返した。
「あの子自身が、判断するよ」
そんな母としての洋子の言葉に窘められた忠司は「…そうだな」と返事し、一つ息を吸って玄関のドアを開けて仕事へと出ていった。
一連の声や音が止み、裕也は上がった息を整える。一方でその瞳は虚ろであり、その身体の動作の一つ一つは重く、鈍い。
「…なんで俺なんだ…」
ポツリと呟かれた思い。それと共に涙が一つ頬を伝い、落ちる。それは誰にも気づかれることなく、未だ閉ざされた暗い部屋の中に溶けていった。
—————————————————————————————
「…そのためICF、国際生活機能分類では…」
朝憬英道大学B棟第2講義室にて、健人は客員講師の講義に出席していた。だが真剣に講師の話を聞いているわけではない。講義室の長机に座しながら、下を向いてその手に持ったスマートフォンのゲームをしていた。時折顔を上げて辺りを見渡す。周囲の学生らは小声で私語をしている者も多く、真剣に講義内容をノートに取っている者は半数いるかどうかである。そんな中にあって、講師は淡々の一応の講義内容を機械的に発している。健人は再度下を向きながらため息を吐き、スマートフォンの置いた指をせわしなく動かしていた。ただ、それだけの時間が過ぎていく。
「めんどくさ」
誰にも聞かれない小声で、健人はそう呟いた。
その日の講義は午前のみ。これを一先ず終えた健人は、キャンパス内の駐輪場に置いていた自転車を漕ぎだした。向かう先は朝憬市コミュニティセンター。英道大学からは自転車で15分の距離に位置する。程なくして到着し、コミュニティセンター2階のとある大部屋の戸を開けると、”あさひ食堂”の事業主である小田井が健人に声をかけた。
「おっ、花森君。こんにちは」
「こんにちは」
快活に響く小田井の挨拶に、健人も一瞬だけ目を合わせて返しはするものの、談笑する小田井や他のボランティアの学生、”あさひ食堂”を利用する子供達とは距離を置き、大部屋の隅に位置する机に腰かけてスマートフォンを弄り始める。子供達にも他のボランティアにも怪訝に見られてはいたが、健人は目を自身の手元から離さない。
「あ、花森君。東さん見てない?」
齢50歳を回っている父と同年代であろう中年男性の小田井の声に、その液晶画面へと向いている健人の身体は反射的に動いた。
「えっ、あ…見てないです」
動揺のままに応答したからか、健人の口から出てくる言葉は拙い。
「あ…そうか、驚かせて悪かった」
健人の動揺に謝罪した小田井は、そこか談笑の場に戻りつつ「東さん、遅すぎる」とぼやいた。そして「市の人なのにどうした」と囃す利用者の子供に待つよう諫めて躱すと、少しして大部屋を外す。その光景と喧騒を尻目に、健人は伏せた目で溜息を吐いた。
—————————————————————————————
同日正午、朝憬市駅前の市街地。そこに位置する朝憬市市役所のエレベーター内で、黒コートを羽織った男と金髪のスーツ姿の男が乗り合わせた。
「首尾はどうか?」
先にエレベーターに乗っていた黒コートが言った。
「問題ない、4階も制圧だ。後は俺たちが上で号令すれば、儀式の第一段階は完了する」
3階から乗り合わせた金髪が黒コートからの問いに応じ、続ける。
「しかし、人間のコミュニティはどこも風通しが悪いが…”ここ”の奴らは特にだな」
金髪の言葉に何も返すことなく、黒コートはその憮然とした表情を保つ。金髪はそんな黒コートを一瞥しながら話し続けた。
「どいつもこいつも、あんたみたいに陰気な面だ。その目や意識は仕事と液晶画面ってのとを行ったり来たり…物事や自分に意味を求める割には、随分…薄っぺらい」
「そして、お前のような者がその皮肉を肴に酩酊するわけか」
その一瞥と揶揄に返す刀で差し込まれた黒コートの応答に、金髪は口角を上げた。
「何が悪い。旨いもんに酔うのは、奴らもやってる。笑って生きるための秘訣だぞ」
金髪のその一連の動作を見向きもせず、黒コートは一言こう告げた。
「話が浅い」
金髪が黒コートのその言葉を鼻で嗤うと同時に、「5階です」とアナウンスが鳴ってエレベーターのドアが開く。二人がそこを出ると共に市役所ビルの警報がけたたましい音で鳴り響いた。動揺した市役所職員らがエレベーターに向けて駆けてくるも、金髪はその様に笑みを零し、黒コートはその誰とも目を合わせることはない。
「まあ、細かいことだな——」
その直後、職員らは皆倒れ伏していた。
その直後、職員らは皆倒れ伏していった。
鴉は自分にも世界にも愛想が尽きていました。
その昔、ある雪山で見た優しく、気高く、美しい旅人の姿に、鴉は魅せられていました。
旅人は、切ないくらい優しい笑顔をしていました。
その姿が、烏にはとても尊く、美しいものに見えたのです。
そんな旅人の姿に、鴉はとても追いつくことは叶わないと分かっていました。
それが分かって尚、鴉はせめて心だけでも優しく、気高く、美しくなりたいと思いました。
ですが、やっぱり鴉はそうはなれませんでした。
鴉は出来るだけたくさんの動物の話を聞き、話しました。
どうやって優しく生きていくか、どうすれば優しいと言えるのか。
ですが他の動物に寄り添うには、鴉の体は黒く薄汚れていました。
そして、他の動物の思いを聞き、頷き、言葉を返すには、鴉のしゃがれた声では難しかったのです。
鴉はなにも出来ない自分にとうとう疲れてしまいました。
それと共に鴉は森の動物と上手くやっていくことが出来なくなりました。
心が苦しくなった鴉は、とある木の上だけで過ごすようになりました。
そんなある日、鴉は雪山の旅人のことをふと思いだし、泣き出しそうにしていると空を舞う火の鳥と出会いました。
火の鳥は鴉の下に舞い降りて言いました。
「他の誰でもない鴉さんが生きてることを、誰も"違う"とは言えないよ。いいんだよ、あなた自身も…いいんだよ」
鴉はその言葉を、どう受け止めようかと思いながらも、確かに自分でも"違う"とは言えませんでした。たとえ旅人のような気高さや、優しさや、美しさを持てはしなくても。
そう思って烏は火の鳥の方を見つめました。火の鳥は雪山の旅人ともまた違う、その一枚一枚が暖かく綺麗な赤い翼や、慈しみを含んだ麗しい瞳を持っていました。
そしてそんな火の鳥が、話しているうちにかけてくれた「鴉さんは、私にない素敵なものを持っているよ」という言葉。
綺麗な火の鳥が心からそんな言葉をかけてくれて、鴉はとても嬉しかったのです。
その日から、火の鳥と鴉は友だちになりました。
—————————————————————————————
その日、夢から目覚めた花森健人の一日は自室のベッド上で吐く溜息から始まった。
「腰痛い」
小声で呟くそんな言葉と共に、気だるげにその長身を起こしながら、健人は被さっていた掛け布団を捲る。直後に再度「さむ…」と独り呟くも、枕元にあるスマートフォンの画面を点けた。すぐさまディスプレイが表示され、そのロック画面に日時が表示される。2020年4月13日、午前6時半。4月と言えど、未だ寒波がある時期。朝日も昇り始めた時間の薄暗さの中、健人は自宅二階に位置する自室を出て、一階へと階段を降りて行った。
一階の暖房を点けて部屋を暖め、健人はキッチンで朝食を作ると、リビングにて目を伏せた表情でこれを食す。ご飯とウインナー、刻みキャベツと卵焼きを口に入れていると、一階の奥に位置する部屋から戸を開けて、健人の母である純子が出てきた。
「おはよう、健」
「おはよう」
朝の挨拶を交わしながら、母と子が互いの顔を見合わせる。純子は目を擦り、健人の朝食を見ながらその隣——リビングの食卓に着くと、「今日も寒いね」と切り出した。
「朝から講義なの?」
「うん、その後”あさひ食堂”」
健人は溜息を含ませながら返した。その様に、純子は少しだけ顔の皺を寄せる。それと共に、ほんの一瞬会話に間が空いた。
「急ぎすぎてない?病み上がりなのに…」
発された純子のそんな言葉に、健人は苦笑しつつも応える。
「…まあ、一応単位のためだし、昼すぎまでだから。とりあえず母さん、コーヒーでも飲む?」
その顔のまま言った健人に反応は遅れるも、純子は一旦は「うん」と頷いた。それと同時に父の哲也が健人と同様に二階の自室から降りてきた。白髪交じりの顔で「おはよう」と挨拶する哲也の右手には既にコーヒーカップが握られている。
「二人とも調子どう?」
その様子を伺う言葉に「私はよく寝れたよ」と返す純子と共に、健人も微笑を称えて言った。
「うーん、俺はちょっと腰痛いかな」
—————————————————————————————
同日午後8時。朝憬市市街地を南西に行った住宅街にある一件家。齢40過ぎに差し掛かった夫婦が朝の身支度を済ませ、その一日を始めようとしていた。
仕事に向かう夫の忠司が自室のクローゼットからスーツを羽織る。クローゼットの鏡には、眉根が寄せられ目は細められた顔が映っていた。その後玄関まで自身を見送る妻の洋子に、忠司は一つ聞いた。
「裕也は?」
「…そろそろ起きると思う」
沈んだ声音で洋子が言った。夫婦の一人息子の裕也は夫婦が玄関で声や音に対し、自室のベッド上で身を竦ませていた。引きつった表情と共にその息が上がっていく。
「…そうか…”あさひ食堂”は行けそうか?」
忠司が靴を履いて整えながら、再度問う。一瞬その問いに少しだけその目を落とすも、すぐにその目は夫を見つめなおし、洋子は言葉を返した。
「あの子自身が、判断するよ」
そんな母としての洋子の言葉に窘められた忠司は「…そうだな」と返事し、一つ息を吸って玄関のドアを開けて仕事へと出ていった。
一連の声や音が止み、裕也は上がった息を整える。一方でその瞳は虚ろであり、その身体の動作の一つ一つは重く、鈍い。
「…なんで俺なんだ…」
ポツリと呟かれた思い。それと共に涙が一つ頬を伝い、落ちる。それは誰にも気づかれることなく、未だ閉ざされた暗い部屋の中に溶けていった。
—————————————————————————————
「…そのためICF、国際生活機能分類では…」
朝憬英道大学B棟第2講義室にて、健人は客員講師の講義に出席していた。だが真剣に講師の話を聞いているわけではない。講義室の長机に座しながら、下を向いてその手に持ったスマートフォンのゲームをしていた。時折顔を上げて辺りを見渡す。周囲の学生らは小声で私語をしている者も多く、真剣に講義内容をノートに取っている者は半数いるかどうかである。そんな中にあって、講師は淡々の一応の講義内容を機械的に発している。健人は再度下を向きながらため息を吐き、スマートフォンの置いた指をせわしなく動かしていた。ただ、それだけの時間が過ぎていく。
「めんどくさ」
誰にも聞かれない小声で、健人はそう呟いた。
その日の講義は午前のみ。これを一先ず終えた健人は、キャンパス内の駐輪場に置いていた自転車を漕ぎだした。向かう先は朝憬市コミュニティセンター。英道大学からは自転車で15分の距離に位置する。程なくして到着し、コミュニティセンター2階のとある大部屋の戸を開けると、”あさひ食堂”の事業主である小田井が健人に声をかけた。
「おっ、花森君。こんにちは」
「こんにちは」
快活に響く小田井の挨拶に、健人も一瞬だけ目を合わせて返しはするものの、談笑する小田井や他のボランティアの学生、”あさひ食堂”を利用する子供達とは距離を置き、大部屋の隅に位置する机に腰かけてスマートフォンを弄り始める。子供達にも他のボランティアにも怪訝に見られてはいたが、健人は目を自身の手元から離さない。
「あ、花森君。東さん見てない?」
齢50歳を回っている父と同年代であろう中年男性の小田井の声に、その液晶画面へと向いている健人の身体は反射的に動いた。
「えっ、あ…見てないです」
動揺のままに応答したからか、健人の口から出てくる言葉は拙い。
「あ…そうか、驚かせて悪かった」
健人の動揺に謝罪した小田井は、そこか談笑の場に戻りつつ「東さん、遅すぎる」とぼやいた。そして「市の人なのにどうした」と囃す利用者の子供に待つよう諫めて躱すと、少しして大部屋を外す。その光景と喧騒を尻目に、健人は伏せた目で溜息を吐いた。
—————————————————————————————
同日正午、朝憬市駅前の市街地。そこに位置する朝憬市市役所のエレベーター内で、黒コートを羽織った男と金髪のスーツ姿の男が乗り合わせた。
「首尾はどうか?」
先にエレベーターに乗っていた黒コートが言った。
「問題ない、4階も制圧だ。後は俺たちが上で号令すれば、儀式の第一段階は完了する」
3階から乗り合わせた金髪が黒コートからの問いに応じ、続ける。
「しかし、人間のコミュニティはどこも風通しが悪いが…”ここ”の奴らは特にだな」
金髪の言葉に何も返すことなく、黒コートはその憮然とした表情を保つ。金髪はそんな黒コートを一瞥しながら話し続けた。
「どいつもこいつも、あんたみたいに陰気な面だ。その目や意識は仕事と液晶画面ってのとを行ったり来たり…物事や自分に意味を求める割には、随分…薄っぺらい」
「そして、お前のような者がその皮肉を肴に酩酊するわけか」
その一瞥と揶揄に返す刀で差し込まれた黒コートの応答に、金髪は口角を上げた。
「何が悪い。旨いもんに酔うのは、奴らもやってる。笑って生きるための秘訣だぞ」
金髪のその一連の動作を見向きもせず、黒コートは一言こう告げた。
「話が浅い」
金髪が黒コートのその言葉を鼻で嗤うと同時に、「5階です」とアナウンスが鳴ってエレベーターのドアが開く。二人がそこを出ると共に市役所ビルの警報がけたたましい音で鳴り響いた。動揺した市役所職員らがエレベーターに向けて駆けてくるも、金髪はその様に笑みを零し、黒コートはその誰とも目を合わせることはない。
「まあ、細かいことだな——」
その直後、職員らは皆倒れ伏していった。