鴉と火の鳥 No.1 1/2 【B】 version 51
鴉と火の鳥 No.1
鴉は自分にも世の中にも愛想が尽きていました。
その昔、ある雪山で見た優しく、気高く、美しい旅人の姿に、鴉は魅せられていました。
ですがその旅人の姿は、鴉にはとても追いつくことは叶わなかったのです。
それが分かりながらも、鴉はせめて、心だけでも優しく、気高く、美しくなりたいと思いました。
ですが、鴉はそうはなれませんでした。
鴉は出来るだけたくさんの動物の話を聞き、話しました。
どうやって優しく生きていくか、どうすれば優しいと言えるのか。
ですが他の動物に寄り添うには、鴉の体は黒く薄汚れていました。
そして、他の動物の思いを聞き、頷き、言葉を返すには、鴉のしゃがれた声では難しかったのです。
鴉はなにも出来ない自分にとうとう疲れてしまいました。
それと共に鴉は森の動物と上手くやっていくことが出来なくなりました。
心が苦しくなった鴉は、とある木の上だけで過ごすようになりました。
そんなある日、鴉は雪山の旅人のことをふと思いだし、泣き出しそうにしていると空を舞う火の鳥と出会いました。
火の鳥は鴉の下に舞い降りて言いました。
「鴉さんが生きてることを、誰も"違う"とは言えないよ。いいんだよ、あなた自身に優しくして…いいんだよ」
鴉はその言葉を、どう受け止めようかと思いながらも、確かに自分でも"違う"とは言えませんでした。
火の鳥は雪山の旅人ともまた違う、その一枚一枚が暖かく綺麗な赤い翼や、慈しみを含んだ麗しい瞳を持っていました。
「他の誰でもない鴉さんが生きてることを、誰も"違う"とは言えないよ。いいんだよ、あなた自身も…いいんだよ」
鴉はその言葉を、どう受け止めようかと思いながらも、確かに自分でも"違う"とは言えませんでした。たとえ旅人のような気高さや、優しさや、美しさを持てはしなくても。
そう思って烏は火の鳥の方を見つめました。火の鳥は雪山の旅人ともまた違う、その一枚一枚が暖かく綺麗な赤い翼や、慈しみを含んだ麗しい瞳を持っていました。
そしてそんな火の鳥が、話しているうちにかけてくれた「鴉さんは、私にない素敵なものを持っているよ」という言葉。
綺麗な火の鳥が心からそんな言葉をかけてくれて、鴉はとても嬉しかったのです。
その日から、火の鳥と鴉は友だちになりました。
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その日の花森健人の一日は自室のベッド上で吐く溜息から始まった。
その日、夢から目覚めた花森健人の一日は自室のベッド上で吐く溜息から始まった。
「腰痛い」
小声で呟くそんな言葉と共に、気だるげに身を起こしながら、健人はその身に被さっていた掛け布団を捲る。直後に再度「さむ…」と独り言を呟くも、健人は枕元にあるスマートフォンの画面を点けた。すぐさまディスプレイが表示され、そのロック画面に日時が表示される。2020年9月13日、午前6時半のことだった。4月と言えど、未だ寒波がある時期。朝日も昇り始めた時間の薄暗さの中、健人は自宅二階に位置する自室を出て、一階へと階段を降りて行った。
小声で呟くそんな言葉と共に気だるげに身を起こしながら、健人はその身に被さっていた掛け布団を捲る。直後に再度「さむ…」と独り言を呟くも、健人は枕元にあるスマートフォンの画面を点けた。すぐさまディスプレイが表示され、そのロック画面に日時が表示される。2020年9月13日、午前6時半のことだった。4月と言えど、未だ寒波がある時期。朝日も昇り始めた時間の薄暗さの中、健人は自宅二階に位置する自室を出て、一階へと階段を降りて行った。
一階の暖房を点けて部屋を暖め、健人はキッチンで朝食を作ると、リビングにて目を伏せた表情でそれを食す。ご飯とウインナー、刻みキャベツと卵焼きを口に入れていると一階の奥に位置する部屋から健人の母である純子が出てきた。
「おはよう、健」
「おはよう」
しばらく挨拶や談笑を交わして食事を続け、やがて健人と同様に二階の自室から出てきた父の哲也ともいくつか言葉を交わす。その後は洗顔など一応の身支度を整え、午前8時には健人は自宅を出て朝憬英道大学へと自転車を漕ぎだした。その目は再度、伏せられていた。
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「…そのためICF、国際生活機能分類では…」
朝憬英道大学B棟第2講義室にて、健人は客員講師の講義に出席していた。だが真剣に講師の話を聞いているわけではない。講義室の長机に座しながら、時折下を向いてその手に持ったスマートフォンのゲームをしていた。時折顔を上げて辺りを見渡す。それが健人の講義時間の専らの過ごし方だった。周囲の学生らは小声で私語をしている者も多く、真剣に講義内容をノートに取っている者は半数いるかどうかである。そんな中にあって、講師は淡々の一応の講義内容を機械的に発していた。健人は再度下を向きながらため息を吐き、スマートフォンの置いた指をせわしなく動かしていた。ただ、それだけの時間が過ぎていく。
「なあ、また赤い髪の魔女が出た」
「なに?…また例の与太話?」
その小声は健人の前に座している学生二人から聞こえてきた。朝憬英道大学B棟第2講義室にて、健人は客員講師の講義に出席していた。だが真剣に講師の話を聞いているわけではない。講義室の長机に座しながら、下を向いてその手に持ったスマートフォンのゲームをしていた。時折顔を上げて辺りを見渡す。周囲の学生らは小声で私語をしている者も多く、真剣に講義内容をノートに取っている者は半数いるかどうかである。そんな中にあって、講師は淡々の一応の講義内容を機械的に発している。健人は再度下を向きながらため息を吐き、スマートフォンの置いた指をせわしなく動かしていた。ただ、それだけの時間が過ぎていく。
「めんどくさ」
誰にも聞かれない小声で、健人はそう呟いた。
その日の講義を一通り終えた健人は、キャンパス内の駐輪場に置いていた自転車を漕ぎだした。向かう先は朝憬市コミュニティセンター。英道大学からは自転車で15分の距離に位置する。程なくして到着し、コミュニティセンター2階のとある大部屋の戸を開けると、”あさひ食堂”の事業主である小田井が健人に声をかけた。
「おっ、花森君。こんにちは」
「こんにちは」
快活に響く小田井の挨拶に、健人も目を合わせて返しはするものの、談笑する小田井や他のボランティアの学生、”あさひ食堂”を利用する子供達とは距離を置き、大部屋の隅に位置する机に腰かけてスマートフォンを弄り始めた。
鴉は自分にも世の中にも愛想が尽きていました。
その昔、ある雪山で見た優しく、気高く、美しい旅人の姿に、鴉は魅せられていました。
ですがその旅人の姿は、鴉にはとても追いつくことは叶わなかったのです。
それが分かりながらも、鴉はせめて、心だけでも優しく、気高く、美しくなりたいと思いました。
ですが、鴉はそうはなれませんでした。
鴉は出来るだけたくさんの動物の話を聞き、話しました。
どうやって優しく生きていくか、どうすれば優しいと言えるのか。
ですが他の動物に寄り添うには、鴉の体は黒く薄汚れていました。
そして、他の動物の思いを聞き、頷き、言葉を返すには、鴉のしゃがれた声では難しかったのです。
鴉はなにも出来ない自分にとうとう疲れてしまいました。
それと共に鴉は森の動物と上手くやっていくことが出来なくなりました。
心が苦しくなった鴉は、とある木の上だけで過ごすようになりました。
そんなある日、鴉は雪山の旅人のことをふと思いだし、泣き出しそうにしていると空を舞う火の鳥と出会いました。
火の鳥は鴉の下に舞い降りて言いました。
「他の誰でもない鴉さんが生きてることを、誰も"違う"とは言えないよ。いいんだよ、あなた自身も…いいんだよ」
鴉はその言葉を、どう受け止めようかと思いながらも、確かに自分でも"違う"とは言えませんでした。たとえ旅人のような気高さや、優しさや、美しさを持てはしなくても。
そう思って烏は火の鳥の方を見つめました。火の鳥は雪山の旅人ともまた違う、その一枚一枚が暖かく綺麗な赤い翼や、慈しみを含んだ麗しい瞳を持っていました。
そしてそんな火の鳥が、話しているうちにかけてくれた「鴉さんは、私にない素敵なものを持っているよ」という言葉。
綺麗な火の鳥が心からそんな言葉をかけてくれて、鴉はとても嬉しかったのです。
その日から、火の鳥と鴉は友だちになりました。
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その日、夢から目覚めた花森健人の一日は自室のベッド上で吐く溜息から始まった。
「腰痛い」
小声で呟くそんな言葉と共に気だるげに身を起こしながら、健人はその身に被さっていた掛け布団を捲る。直後に再度「さむ…」と独り言を呟くも、健人は枕元にあるスマートフォンの画面を点けた。すぐさまディスプレイが表示され、そのロック画面に日時が表示される。2020年9月13日、午前6時半のことだった。4月と言えど、未だ寒波がある時期。朝日も昇り始めた時間の薄暗さの中、健人は自宅二階に位置する自室を出て、一階へと階段を降りて行った。
一階の暖房を点けて部屋を暖め、健人はキッチンで朝食を作ると、リビングにて目を伏せた表情でそれを食す。ご飯とウインナー、刻みキャベツと卵焼きを口に入れていると一階の奥に位置する部屋から健人の母である純子が出てきた。
「おはよう、健」
「おはよう」
しばらく挨拶や談笑を交わして食事を続け、やがて健人と同様に二階の自室から出てきた父の哲也ともいくつか言葉を交わす。その後は洗顔など一応の身支度を整え、午前8時には健人は自宅を出て朝憬英道大学へと自転車を漕ぎだした。その目は再度、伏せられていた。
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「…そのためICF、国際生活機能分類では…」
朝憬英道大学B棟第2講義室にて、健人は客員講師の講義に出席していた。だが真剣に講師の話を聞いているわけではない。講義室の長机に座しながら、下を向いてその手に持ったスマートフォンのゲームをしていた。時折顔を上げて辺りを見渡す。周囲の学生らは小声で私語をしている者も多く、真剣に講義内容をノートに取っている者は半数いるかどうかである。そんな中にあって、講師は淡々の一応の講義内容を機械的に発している。健人は再度下を向きながらため息を吐き、スマートフォンの置いた指をせわしなく動かしていた。ただ、それだけの時間が過ぎていく。
「めんどくさ」
誰にも聞かれない小声で、健人はそう呟いた。
その日の講義を一通り終えた健人は、キャンパス内の駐輪場に置いていた自転車を漕ぎだした。向かう先は朝憬市コミュニティセンター。英道大学からは自転車で15分の距離に位置する。程なくして到着し、コミュニティセンター2階のとある大部屋の戸を開けると、”あさひ食堂”の事業主である小田井が健人に声をかけた。
「おっ、花森君。こんにちは」
「こんにちは」
快活に響く小田井の挨拶に、健人も目を合わせて返しはするものの、談笑する小田井や他のボランティアの学生、”あさひ食堂”を利用する子供達とは距離を置き、大部屋の隅に位置する机に腰かけてスマートフォンを弄り始めた。