No.2 2/4 version 2

2021/10/20 20:19 by someone
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白紙のページNo.2 2/4
 その後、父の哲也(てつや)や見舞いに駆けつけていた姉たち夫婦とも対面して少し話し、また眠った。幸い背中に受けた傷以外は外傷も少なく、医師曰く極度に疲労していた状態からも回復してきているため、あと二日もすれば退院できるということだった。ただ…長らく眠っていたことと胸に秘した思いからか、その夜の剣人は目が冴えていた。枕に頭を着けてこそいるものの、眠れない。
ーーー「その暴漢に襲われた時、剣人はどうしてそこにいたんだ?」
異形の烏に襲われた点を暴漢に差し替え、一通りの事情を話すと、哲也がそう聞いてきた。父の顔に刻まれる心配を内包した皺が、剣人の胸を痛ませるがすぐには返事ができない。
「お父さん、今は…」
純子がどうにか互いの思いを刺激しないように、間に入る。
「…うん…ただな、剣人。お前ずっと苦しそうなんだよ…」
純子の意図を汲みながらも、彼女の思いの代弁と併せての家族の思いを、家長として哲也は伝えた。
「俺がお前のことをわかってやれてなかったのも原因なのはそう思う。ただお前が夜にフラッとそんなところに行ってしまう精神状態が、父さんは心配で、不安だ」
伝え方をすごく考えて、話をしてくれている。剣人は率直にそう思った。昔はもっと感情的な伝え方ばかりの人だったが、父として、家族を思う男として変わってくれたことを強く感じた。だからこそ、察してくれたことが図星なのと相俟って、尚更どう応えたらいいかわからない。
「…ごめん」
うわ言のように出てきたのは、口癖としていつも人に言ってしまう謝罪の言葉。その言葉だけで済むわけではないが、続く言葉が出てこない。実際”終わりたい時がある”なんて言ってしまったら、二人は余計に悲しむから…
「大学も、バイトも、一人暮らしも、始めたばかりだから…とかって無理しないで、帰ってこないか?」
「正直、言いづらいけどな…今回のこともあって、母さんなんか泣いてしまってた…」
その言葉に、純子もまた出口のないその思いを顔に滲ませながらも剣人を見つめた。剣人はそれを一瞬見やるも、正視することは出来ない。だが俯きながらも状況と提案された言葉、そして自身の思いを整理すべく、それぞれを思い返す。そもそも今回のことは、剣人の精神的不安定から端を発している。きっと、両親が言ってくれていることの方が正しいし、優しい。自分自身もそうしたい。そう自認すると共に、言葉が出てきた。
「一つだけ…確かめないといけないことがあるんだけど、それ済んだら…いいかな?帰っても…」
「確かめること?」
怪訝な顔でその様子を見つめる両親に、その時の自分の顔はどう写っていたのだろう…
「身体に異常がないか、まだちょっと不安なんだ」
少しは上手く笑えていただろうか?———
そうして、「精密検査だけさせてもらって退院したい」家族と看護師にそう伝え、話を終えた。多分そこではっきりする。自分の身に、あの時何が起こったのか…そう思い直してベッドから起き上がると、ネックレスについた天体のキーホルダーを患者着の下に身につける。キーホルダーに施されている星の装飾が放つ淡い光に、これ以上何も起こらないことを願いながら、改めて眠ろうとベッドに入る。巡視に来た看護師の持つ懐中電灯の光が漏れ出るのが、伏せる前の目に少しだけ見えた。

 健人が退院し、警察からの事情聴取を受けて自身のアパートに帰ったのは、その二日後の4月18日の土曜日のことだった。アルバイトの退職、大学の休学届け、アパートの解約手続き———実家に帰るのに必要な手続きはこれら三つ。時間を空けてしまえば一気に憂鬱になる。意を決してぶりっじの店長にはその日のうちに連絡を入れた。三週間のみ勤めた状況で、店長には淡白にしか対応されなかったが、別にこのバイト先が自分の人生を慮ってくれるわけでもない。次回の出勤で向いてもいない仕事とはおさらばとなった。そうしていると夕方を迎え、休日である以上これ以上動くことは出来ず、他は翌週に回すこととなる。
 再度事が起きたのは翌週の4月20日、英道大学にて休学届を申し入れた時だった。教授には困惑こそされたものの、精神的な不調と自身に起きた事件を盾に押し通し、学生課の事務職員から後日提出する必要書類を一先ず受け取る。そのまま帰路に着こうとしたとき、大学玄関に設置された掲示板がふと目に入る。各学部やサークルなどからの掲示物が散乱している中で、あるビラが一際健人の目を引いた。そのビラには、目立つことを意図してだろう、力強い黒字の明朝体で大きくこう表記されていた。

———「怪事件についての情報を求めています」

健人は思わず目を見開いてビラに記された子細な情報をくまなく確認する。そこには目撃情報、伝聞、その他あらゆる情報を求める嘆願が記され、”どんな些細な情報でも構いません”と結ばれていた。そして最後に掲示者の氏名として、横尾和明(よこおかずあき)という名前と、その連絡先として携帯電話の番号が添えられていた。

 アパートに帰った健人は、スマートフォンのカメラで撮影した先のビラを見返す。見返して思案した。この横尾和明という人物は、何を思ってこのビラを掲示したのか。或いはこの人物は、怪事件に何を見たというのか。単独で怪事件を追おうというのか…自身の日常に降りかかった先日の怪異、その脅威を想起しながら思案を続ける。あの胸から噴出した汚濁、自身を塗り替えようとしたドス黒い感覚は、未だこの世のものと思えない得も言われぬ悍ましさがあった。あれを追おうなど…考えが甘い人物か、或いはそこまでさせる何かがあるのか…そのことを除いて考えても、下手に動けばこれ以上の苦難に巻き込まれるのではないかという不安もあった。結局どうにも動くことの難しい日曜の間、こうした試案を続けざるを得なかったが、月曜日の朝を迎えると、ある衝動が健人の胸中に湧いてくる。それは一縷の望みだったかもしれない。しかし———
”このことに強い関心を持っている人物がいるかもしれない。自分が独りと思うよりは、まだそう思いたい———”
最終的に健人を突き動かし、掲示された番号に電話をかけさせたのは、そんな藁にも縋る思いだった。      

その後、父の哲也(てつや)や見舞いに駆けつけていた姉たち夫婦とも対面して少し話し、また眠った。幸い背中に受けた傷以外は外傷も少なく、医師曰く極度に疲労していた状態からも回復してきているため、あと二日もすれば退院できるということだった。ただ…長らく眠っていたことと胸に秘した思いからか、その夜の剣人は目が冴えていた。枕に頭を着けてこそいるものの、眠れない。
ーーー「その暴漢に襲われた時、剣人はどうしてそこにいたんだ?」
異形の烏に襲われた点を暴漢に差し替え、一通りの事情を話すと、哲也がそう聞いてきた。父の顔に刻まれる心配を内包した皺が、剣人の胸を痛ませるがすぐには返事ができない。
「お父さん、今は…」
純子がどうにか互いの思いを刺激しないように、間に入る。
「…うん…ただな、剣人。お前ずっと苦しそうなんだよ…」
純子の意図を汲みながらも、彼女の思いの代弁と併せての家族の思いを、家長として哲也は伝えた。
「俺がお前のことをわかってやれてなかったのも原因なのはそう思う。ただお前が夜にフラッとそんなところに行ってしまう精神状態が、父さんは心配で、不安だ」
伝え方をすごく考えて、話をしてくれている。剣人は率直にそう思った。昔はもっと感情的な伝え方ばかりの人だったが、父として、家族を思う男として変わってくれたことを強く感じた。だからこそ、察してくれたことが図星なのと相俟って、尚更どう応えたらいいかわからない。
「…ごめん」
うわ言のように出てきたのは、口癖としていつも人に言ってしまう謝罪の言葉。その言葉だけで済むわけではないが、続く言葉が出てこない。実際”終わりたい時がある”なんて言ってしまったら、二人は余計に悲しむから…
「大学も、バイトも、一人暮らしも、始めたばかりだから…とかって無理しないで、帰ってこないか?」
「正直、言いづらいけどな…今回のこともあって、母さんなんか泣いてしまってた…」
その言葉に、純子もまた出口のないその思いを顔に滲ませながらも剣人を見つめた。剣人はそれを一瞬見やるも、正視することは出来ない。だが俯きながらも状況と提案された言葉、そして自身の思いを整理すべく、それぞれを思い返す。そもそも今回のことは、剣人の精神的不安定から端を発している。きっと、両親が言ってくれていることの方が正しいし、優しい。自分自身もそうしたい。そう自認すると共に、言葉が出てきた。
「一つだけ…確かめないといけないことがあるんだけど、それ済んだら…いいかな?帰っても…」
「確かめること?」
怪訝な顔でその様子を見つめる両親に、その時の自分の顔はどう写っていたのだろう…
「身体に異常がないか、まだちょっと不安なんだ」
少しは上手く笑えていただろうか?———
そうして、「精密検査だけさせてもらって退院したい」家族と看護師にそう伝え、話を終えた。多分そこではっきりする。自分の身に、あの時何が起こったのか…そう思い直してベッドから起き上がると、ネックレスについた天体のキーホルダーを患者着の下に身につける。キーホルダーに施されている星の装飾が放つ淡い光に、これ以上何も起こらないことを願いながら、改めて眠ろうとベッドに入る。巡視に来た看護師の持つ懐中電灯の光が漏れ出るのが、伏せる前の目に少しだけ見えた。

健人が退院し、警察からの事情聴取を受けて自身のアパートに帰ったのは、その二日後の4月18日の土曜日のことだった。アルバイトの退職、大学の休学届け、アパートの解約手続き———実家に帰るのに必要な手続きはこれら三つ。時間を空けてしまえば一気に憂鬱になる。意を決してぶりっじの店長にはその日のうちに連絡を入れた。三週間のみ勤めた状況で、店長には淡白にしか対応されなかったが、別にこのバイト先が自分の人生を慮ってくれるわけでもない。次回の出勤で向いてもいない仕事とはおさらばとなった。そうしていると夕方を迎え、休日である以上これ以上動くことは出来ず、他は翌週に回すこととなる。
 再度事が起きたのは翌週の4月20日、英道大学にて休学届を申し入れた時だった。教授には困惑こそされたものの、精神的な不調と自身に起きた事件を盾に押し通し、学生課の事務職員から後日提出する必要書類を一先ず受け取る。そのまま帰路に着こうとしたとき、大学玄関に設置された掲示板がふと目に入る。各学部やサークルなどからの掲示物が散乱している中で、あるビラが一際健人の目を引いた。そのビラには、目立つことを意図してだろう、力強い黒字の明朝体で大きくこう表記されていた。

———「怪事件についての情報を求めています」

健人は思わず目を見開いてビラに記された子細な情報をくまなく確認する。そこには目撃情報、伝聞、その他あらゆる情報を求める嘆願が記され、”どんな些細な情報でも構いません”と結ばれていた。そして最後に掲示者の氏名として、横尾和明(よこおかずあき)という名前と、その連絡先として携帯電話の番号が添えられていた。

アパートに帰った健人は、スマートフォンのカメラで撮影した先のビラを見返す。見返して思案した。この横尾和明という人物は、何を思ってこのビラを掲示したのか。或いはこの人物は、怪事件に何を見たというのか。単独で怪事件を追おうというのか…自身の日常に降りかかった先日の怪異、その脅威を想起しながら思案を続ける。あの胸から噴出した汚濁、自身を塗り替えようとしたドス黒い感覚は、未だこの世のものと思えない得も言われぬ悍ましさがあった。あれを追おうなど…考えが甘い人物か、或いはそこまでさせる何かがあるのか…そのことを除いて考えても、下手に動けばこれ以上の苦難に巻き込まれるのではないかという不安もあった。結局どうにも動くことの難しい日曜の間、こうした試案を続けざるを得なかったが、月曜日の朝を迎えると、ある衝動が健人の胸中に湧いてくる。それは一縷の望みだったかもしれない。しかし———
”このことに強い関心を持っている人物がいるかもしれない。自分が独りと思うよりは、まだそう思いたい———”
最終的に健人を突き動かし、掲示された番号に電話をかけさせたのは、そんな藁にも縋る思いだった。