霹天の弓 ー1章ー【第2話】 version 14
霹天の弓 ー1章ー 【第2話】 1節
その時、私は歩み出した。引き返すことの許されない道を———
七色の光の中から薄紅の羽衣を纏った心羽の姿が現れるとともに、止まっていた時が動き出す。振り上げられた怪物———影魔の爪。それをいなすように心羽の左腕が翳される。それと同時に突き出されるように放たれた右腕の掌底。その一陣の衝撃が、眼前の敵を確かに捉え、不意を突く形で一撃を与えた。どうなってる⁉その場にいた誰もがその光景に目を疑う。先の瞬間まで無力に打ちひしがれ、理不尽な暴力にさらされそうになっていた少女が、あまりに急激に姿を変化させ、理不尽に反抗する力を行使している。彼らが知っている現実において、基本的にあり得ないものだったその事象は、絶体絶命のこの状況において、驚愕に値するものだった。心羽が遥香を始めアレグロの面々を見やると、遥香が見開いた瞳を心羽に向け、言葉を発する。「こっちゃん…なの?」
「うん、私も何が何だか…」心羽にも状況が飲みこめない。自分があんな怪物を吹き飛ばせるなんて…「でも大丈夫」やることはさっき決めた。〝やりたい(守りたい)ようにやる(守る)だけ〟だから。
「うん、私も何が何だか…」心羽にも状況が飲みこめない。自分があんな怪物を吹き飛ばせるなんて…「でも大丈夫」やることはさっき決めた。〝やりたい(守りたい)ようにやる(守る)だけ〟だ。
「みんな、離れてて」———
「離れてって…君はどうするんだ!」
広夢がそう問うた瞬間、影魔が心羽たちの下に突撃してくる。
広夢がそう問うた瞬間、影魔が心羽たちのもとに突撃してくる。
瞬間、心羽の脳裏に〝声〟から伝えられるイメージが浮かんだ。そのイメージの通りに、彼女は左手を胸から左肩の方へ、虚空を切り払うように勢いよく振りかざす。そうして弧を描くように結ばれた炎の軌跡が、弓の形に形成されると、火の粉が舞う中、心羽は右手でその弓を取った。柄の部分を振るい、影魔から放たれる爪の一閃を受け止める。
「こいつの目的は私なの、だから早く」
「…くそっ!」
団員を守ることのできない悔しさを、広夢が声と表情に滲ませる。遥香の心中も、迫りくる恐怖と、それを親友の献身に背負わせた安堵と罪悪感に塗りたくられる。しかし走る脚を止めることはできなかった。二人は離れていた集会所前の楽団員たちと合流するが、心羽を一人残すことに戸惑いを見せる彼らに、遥香が一呼吸してはっきり告げる。
「…離れてるしかできなくても、私、せめてこっちゃんを見てます!」
その言葉に、「…強制はしない。ただ…女の子が、大切な仲間が頑張ってるのに、僕はやっぱり、逃げることはできない…」と広夢が心羽の方を向き直って見つめながら、ポツリと呟く。彼の表情こそ、その大きなハットに遮られて見えないが、二人の言葉に確かな覚悟を見出した楽団員たちが「俺も」「私も」「…逃げても追いつかれちゃ同じだ」「確かに」———と口々に続く。
「みんな、ありがとう…」遥香は心羽の親友として、心からの感謝を述べ、視線を心羽に移した。
影魔の爪と鍔迫り合いとなる心羽の弓。しかし爪の一撃を堪えた弓もじりじりと迫る圧力は心羽に焦燥を抱かせる。対して優位性を見せる影魔はそのどす黒い声を響かせた。
「そう、元より本命はお前のカルナだ、羽の使者…他は所詮、雑味でしかない」
「どういうこと⁉なんでこんなこと…」
辛うじて迫る爪の圧を往なしたものの、瞬時に影魔の動作は次の攻撃に移ってくる。一合、二合、三合。心羽は弓の柄でそれをどうにか往なし、問う。
「私は争う気なんてない…こんなことやめて!」
「〝贄〟の分際で…囀るな」
撥ね付けられたその返答と共に、弓を弾き飛ばした影魔は、瞬時に身体を回転させ、その捻りを加えた尻尾と蹴りで心羽を薙ぎ払う。だがカルナの解放により向上した動体視力と身体能力で、心羽はそれを寸でのところで後方に跳んで避けた。しかし着地の際の脚が地面に着くか否か———影魔はそのタイミングを逃さない。瞬間、爪を正面に翳したまま影魔は突っ込んでくる。心羽は弓の柄で繰り出される斬撃を防ぐも…その衝撃までは防ぎきれない。
「きゃあっ!」心羽は悲鳴を上げながらアレグロの皆の前まで吹き飛ばされる。このままじゃやられちゃう…眼前の敵はその獣の顔貌を微動だにすることなく、淡々と獲物を追い詰めんと迫りよる。竦み上がるこの感覚———ああ、贄ってこういうことなんだ…これは狩り、これはきっと彼ら自身を満たすための行為、そういう習性、そして私たちは…心羽に底知れない恐怖と絶望が押し寄せる。怖い...紅の瞳は見開かれ、弓を持つ手の力が抜けていく。足が竦み、座り込んだまま立ち上がれない。影魔は更に距離を詰める。心羽は強くなる恐怖に息をのみ、そのまま後ずさりしかできず、追いつめられ...
「きゃあっ!」心羽は悲鳴を上げながらアレグロの皆の前まで吹き飛ばされる。このままじゃやられちゃう…眼前の敵はその獅子の顔を微動だにすることなく、淡々と獲物を追い詰めんと迫りよる。竦み上がるこの感覚———ああ、贄とはそういうことか…これは狩り、これはきっと彼ら自身を満たすための行為、そういう習性、そして私たちは…心羽に底知れない恐怖と絶望が押し寄せる。コワイ...紅い瞳は見開かれ、弓を持つ手の力が抜けていく。足が竦み、座り込んだまま立ち上がれない。影魔は更に距離を詰める。心羽は強くなる恐怖に息をのみ、そのまま後ずさりしかできず、追いつめられ...
「こっちゃん!」
後ろから響く声…はる…ちゃん…心羽は思わず振り返る。そこには遥香だけでなく、楽団員の皆がこちらを見ていた。自分と同じように眼前の敵に震えても、それでも今この瞬間、自分を思い、ここにいてくれている。
「見てるだけだけど...目を逸らしたりしない、応援してるよ!」遥香はそう言いながら、胸元に置いた右手を、ギュッと結んだ。
あの手の動きは...『信じてるよ』の合図。公演前の緊張してる時にも、気持ちが通じなくて喧嘩した時にも、その合図でふたりは励まされ、互いの心を結び、仲直りしてきた。
そんな遥香が、みんなが後ろにいる。誰ひとり巻き込むわけにはいかない...もうやるしかない。たとえ異形でも、生きているものを傷つけるのは抵抗があったけど、それも言っていられない。体勢を立て直した心羽は反撃に転じるべく、刀を中段に構えるように、両手で弓を持ちなおした。
「がんばって!」遥香や楽団員たちの声が聞こえてくる。
「戯れ言もそこまでにしておけ」
影魔が心羽を飛び越え、その魔手がアレグロの団員たちに伸びる。瞬間、皆その身を竦ませ悲鳴を上げるも、その時心羽が大きく飛びあがり、そのまま弓で影魔を叩き落とした。その背には一対の白い翼が広がり、輝きと共にはためく。これが並外れた跳躍を可能にしていたことを着地と共に気付いた心羽は、夢で見た鳥の翼を想起する。あの七色の光とは異なるが、確かに自身の背に翼が生えている。一瞬驚き、不思議な印象こそ抱いたものの、嫌な感覚はしない。どこか高揚感さえある。
わかりやすい力の発現、その変化に打ち震えているのか、それとも極限状態におかしくなってしまったのか…その答えは後ろを振り向いた時、すぐに分かった。アレグロの皆が一瞬だけ見せた安堵の表情、そしてその翼を見た遥香が、薄紫の瞳を震わせながら言った、
「綺麗…」という言葉———
『違う、私やれてる…今守れたんだ。守りたい意思に、この力が…翼が応えて、〝守らせてくれたんだ〟』その思いに心羽の心中は感激に打ち震え、
影魔が心羽を飛び越え、その魔手がアレグロの団員たちに伸びる。瞬間、皆その身を竦ませ悲鳴を上げるも、その時心羽が大きく飛びあがり、そのまま弓で影魔を叩き落とした。その背には一対の白い翼が広がり、輝きと共にはためいている。
着地と共に翼の存在に気付いた心羽は、夢で見た鳥の翼を想起する。あの七色の光とは異なるが、確かに自身の背に翼が生えている。一瞬驚き、不思議な印象こそ抱いたものの、嫌な感覚はしない。どこか高揚感さえある。
わかりやすい力の発現、その変化に打ち震えているのか、それとも…その答えは後ろを振り向いた時、すぐに分かった。アレグロの皆の一瞬だけ見せた安堵した表情、そしてその翼を見た遥香が、薄紫の瞳を震わせながら言った、「綺麗…」という言葉———
『違う、私やれてる…今守れたんだ。守りたい意思に、この力が…翼が応えて、〝守らせてくれたんだ〟』その思いに心羽の心中は一瞬、感激に打ち震える。
しかし、いつまでも浸っているわけにもいかない。影魔が起き上がりきっていない今が好機であるからだ。心羽の右腕に嵌められた、紅の鳥を象った小手が熱を発し、右手に炎が宿る。
「やあぁ!」
それを投げる心羽の動作に合わせて、炎は収束し、球状の光弾となって放たれた。空気との摩擦でさらに燃え上がる炎の光弾を、影魔が辛うじて防ごうとするも、直撃した瞬間に爆発した衝撃も相まって、不安定な体制のまま、影魔が呻きながら更に後方へ吹き飛ばされる。
その隙を逃さず追撃すべく、彼女は左手を前方に掲げ、右手には火柱を携える。やがてその火は収束し、矢の形を成して対となる弓と組み合わせられる。体勢を直した影魔が、先ほどまで獲物だったはずの少女を再度視認した時には、そうして引き絞られた弓矢が放たれていた。
「ぐ…あああぁぁ!」放たれた矢が影魔の身を炎に包む。その爆風と苦悶の絶叫、数分前までには考えられなかったことだったその光景が、心羽に驚きと恐れを同時に抱かせその身を震わせた。だがすぐに震えは、その意味を変える。次の瞬間、爆炎の中から影魔が語り掛けてきたのだ。「…やってくれるな、羽の使者…」
まだ倒れていない…心羽もアレグロの面々も、炎に身を焦がし、怨嵯の声を上げる獅子の顔に戦慄する。だがその時、影魔の動きが止まった。虚空を見つめた後に顔を伏せる。そして舌打ち交じりに言い放った。
「所詮は使い走りか…この場はここまでだ。」
「えっ?」
「我が名はジャヌス、この炎の礼は必ずさせてもらおう…」
それだけ言い残し、影魔———ジャヌスは、夕焼けの影にその身を溶け込ませ消えていった。
どういうことかはわからない。何が起きているのかも。急にカルナとか影魔とか聞かされても…でもそんな不明瞭な状況のまま、あんな立ち回りをしてしまう自分がいて、もう何が何だか…だけど…薄紅の羽衣が
心羽の脚から力が抜け、そのまま崩れ落ちてしまうも、その身を支える手があった。ふらつく意識の中、その手に目を見やる心羽だが、すぐに誰の手かわかった。駆けよってくれた遥香の手だ。
「ありがとう」
その淡い紫の瞳に、安堵と感謝を精一杯込めて、遥香は言った。そんな遥香の手に心羽は自分の手を重ねる。心羽はその時の遥香の言ってくれた言葉と、その手の温みを忘れたくないと強く願う。
「私こそ、ありがとね」
広夢やアレグロの団員たちも心羽のもとに駆け寄る。「心羽ちゃん…」「大丈夫?」「ケガしてるだろ?」心配を声に滲ませて、心羽をいたわる様子の団員たち。
何が何だかだけど…だからこそ、今はこの熱だけ持っていよう。守れたんだ。この熱は、守れたことの証明。届いた手の温み…だから…心羽は口元に微笑を湛えて「怖かったぁ」と告げる。その表情とは裏腹の言葉に、皆少しだけ笑った。
その時、私は歩み出した。引き返すことの許されない道を———
七色の光の中から薄紅の羽衣を纏った心羽の姿が現れるとともに、止まっていた時が動き出す。振り上げられた怪物———影魔の爪。それをいなすように心羽の左腕が翳される。それと同時に突き出されるように放たれた右腕の掌底。その一陣の衝撃が、眼前の敵を確かに捉え、不意を突く形で一撃を与えた。どうなってる⁉その場にいた誰もがその光景に目を疑う。先の瞬間まで無力に打ちひしがれ、理不尽な暴力にさらされそうになっていた少女が、あまりに急激に姿を変化させ、理不尽に反抗する力を行使している。彼らが知っている現実において、基本的にあり得ないものだったその事象は、絶体絶命のこの状況において、驚愕に値するものだった。心羽が遥香を始めアレグロの面々を見やると、遥香が見開いた瞳を心羽に向け、言葉を発する。「こっちゃん…なの?」
「うん、私も何が何だか…」心羽にも状況が飲みこめない。自分があんな怪物を吹き飛ばせるなんて…「でも大丈夫」やることはさっき決めた。〝やりたい(守りたい)ようにやる(守る)だけ〟だ。
「みんな、離れてて」———
「離れてって…君はどうするんだ!」
広夢がそう問うた瞬間、影魔が心羽たちのもとに突撃してくる。
瞬間、心羽の脳裏に〝声〟から伝えられるイメージが浮かんだ。そのイメージの通りに、彼女は左手を胸から左肩の方へ、虚空を切り払うように勢いよく振りかざす。そうして弧を描くように結ばれた炎の軌跡が、弓の形に形成されると、火の粉が舞う中、心羽は右手でその弓を取った。柄の部分を振るい、影魔から放たれる爪の一閃を受け止める。
「こいつの目的は私なの、だから早く」
「…くそっ!」
団員を守ることのできない悔しさを、広夢が声と表情に滲ませる。遥香の心中も、迫りくる恐怖と、それを親友の献身に背負わせた安堵と罪悪感に塗りたくられる。しかし走る脚を止めることはできなかった。二人は離れていた集会所前の楽団員たちと合流するが、心羽を一人残すことに戸惑いを見せる彼らに、遥香が一呼吸してはっきり告げる。
「…離れてるしかできなくても、私、せめてこっちゃんを見てます!」
その言葉に、「…強制はしない。ただ…女の子が、大切な仲間が頑張ってるのに、僕はやっぱり、逃げることはできない…」と広夢が心羽の方を向き直って見つめながら、ポツリと呟く。彼の表情こそ、その大きなハットに遮られて見えないが、二人の言葉に確かな覚悟を見出した楽団員たちが「俺も」「私も」「…逃げても追いつかれちゃ同じだ」「確かに」———と口々に続く。
「みんな、ありがとう…」遥香は心羽の親友として、心からの感謝を述べ、視線を心羽に移した。
影魔の爪と鍔迫り合いとなる心羽の弓。しかし爪の一撃を堪えた弓もじりじりと迫る圧力は心羽に焦燥を抱かせる。対して優位性を見せる影魔はそのどす黒い声を響かせた。
「そう、元より本命はお前のカルナだ、羽の使者…他は所詮、雑味でしかない」
「どういうこと⁉なんでこんなこと…」
辛うじて迫る爪の圧を往なしたものの、瞬時に影魔の動作は次の攻撃に移ってくる。一合、二合、三合。心羽は弓の柄でそれをどうにか往なし、問う。
「私は争う気なんてない…こんなことやめて!」
「〝贄〟の分際で…囀るな」
撥ね付けられたその返答と共に、弓を弾き飛ばした影魔は、瞬時に身体を回転させ、その捻りを加えた尻尾と蹴りで心羽を薙ぎ払う。だがカルナの解放により向上した動体視力と身体能力で、心羽はそれを寸でのところで後方に跳んで避けた。しかし着地の際の脚が地面に着くか否か———影魔はそのタイミングを逃さない。瞬間、爪を正面に翳したまま影魔は突っ込んでくる。心羽は弓の柄で繰り出される斬撃を防ぐも…その衝撃までは防ぎきれない。
「きゃあっ!」心羽は悲鳴を上げながらアレグロの皆の前まで吹き飛ばされる。このままじゃやられちゃう…眼前の敵はその獅子の顔を微動だにすることなく、淡々と獲物を追い詰めんと迫りよる。竦み上がるこの感覚———ああ、贄とはそういうことか…これは狩り、これはきっと彼ら自身を満たすための行為、そういう習性、そして私たちは…心羽に底知れない恐怖と絶望が押し寄せる。コワイ...紅い瞳は見開かれ、弓を持つ手の力が抜けていく。足が竦み、座り込んだまま立ち上がれない。影魔は更に距離を詰める。心羽は強くなる恐怖に息をのみ、そのまま後ずさりしかできず、追いつめられ...
「こっちゃん!」
後ろから響く声…はる…ちゃん…心羽は思わず振り返る。そこには遥香だけでなく、楽団員の皆がこちらを見ていた。自分と同じように眼前の敵に震えても、それでも今この瞬間、自分を思い、ここにいてくれている。
「見てるだけだけど...目を逸らしたりしない、応援してるよ!」遥香はそう言いながら、胸元に置いた右手を、ギュッと結んだ。
あの手の動きは...『信じてるよ』の合図。公演前の緊張してる時にも、気持ちが通じなくて喧嘩した時にも、その合図でふたりは励まされ、互いの心を結び、仲直りしてきた。
そんな遥香が、みんなが後ろにいる。誰ひとり巻き込むわけにはいかない...もうやるしかない。たとえ異形でも、生きているものを傷つけるのは抵抗があったけど、それも言っていられない。体勢を立て直した心羽は反撃に転じるべく、刀を中段に構えるように、両手で弓を持ちなおした。
「がんばって!」遥香や楽団員たちの声が聞こえてくる。
「戯れ言もそこまでにしておけ」
影魔が心羽を飛び越え、その魔手がアレグロの団員たちに伸びる。瞬間、皆その身を竦ませ悲鳴を上げるも、その時心羽が大きく飛びあがり、そのまま弓で影魔を叩き落とした。その背には一対の白い翼が広がり、輝きと共にはためいている。
着地と共に翼の存在に気付いた心羽は、夢で見た鳥の翼を想起する。あの七色の光とは異なるが、確かに自身の背に翼が生えている。一瞬驚き、不思議な印象こそ抱いたものの、嫌な感覚はしない。どこか高揚感さえある。
わかりやすい力の発現、その変化に打ち震えているのか、それとも…その答えは後ろを振り向いた時、すぐに分かった。アレグロの皆の一瞬だけ見せた安堵した表情、そしてその翼を見た遥香が、薄紫の瞳を震わせながら言った、「綺麗…」という言葉———
『違う、私やれてる…今守れたんだ。守りたい意思に、この力が…翼が応えて、〝守らせてくれたんだ〟』その思いに心羽の心中は一瞬、感激に打ち震える。
しかし、いつまでも浸っているわけにもいかない。影魔が起き上がりきっていない今が好機であるからだ。心羽の右腕に嵌められた、紅の鳥を象った小手が熱を発し、右手に炎が宿る。
「やあぁ!」
それを投げる心羽の動作に合わせて、炎は収束し、球状の光弾となって放たれた。空気との摩擦でさらに燃え上がる炎の光弾を、影魔が辛うじて防ごうとするも、直撃した瞬間に爆発した衝撃も相まって、不安定な体制のまま、影魔が呻きながら更に後方へ吹き飛ばされる。
その隙を逃さず追撃すべく、彼女は左手を前方に掲げ、右手には火柱を携える。やがてその火は収束し、矢の形を成して対となる弓と組み合わせられる。体勢を直した影魔が、先ほどまで獲物だったはずの少女を再度視認した時には、そうして引き絞られた弓矢が放たれていた。
「ぐ…あああぁぁ!」放たれた矢が影魔の身を炎に包む。その爆風と苦悶の絶叫、数分前までには考えられなかったことだったその光景が、心羽に驚きと恐れを同時に抱かせその身を震わせた。だがすぐに震えは、その意味を変える。次の瞬間、爆炎の中から影魔が語り掛けてきたのだ。「…やってくれるな、羽の使者…」
まだ倒れていない…心羽もアレグロの面々も、炎に身を焦がし、怨嵯の声を上げる獅子の顔に戦慄する。だがその時、影魔の動きが止まった。虚空を見つめた後に顔を伏せる。そして舌打ち交じりに言い放った。
「所詮は使い走りか…この場はここまでだ。」
「えっ?」
「我が名はジャヌス、この炎の礼は必ずさせてもらおう…」
それだけ言い残し、影魔———ジャヌスは、夕焼けの影にその身を溶け込ませ消えていった。
どういうことかはわからない。何が起きているのかも。急にカルナとか影魔とか聞かされても…でもそんな不明瞭な状況のまま、あんな立ち回りをしてしまう自分がいて、もう何が何だか…だけど…薄紅の羽衣が
心羽の脚から力が抜け、そのまま崩れ落ちてしまうも、その身を支える手があった。ふらつく意識の中、その手に目を見やる心羽だが、すぐに誰の手かわかった。駆けよってくれた遥香の手だ。
「ありがとう」
その淡い紫の瞳に、安堵と感謝を精一杯込めて、遥香は言った。そんな遥香の手に心羽は自分の手を重ねる。心羽はその時の遥香の言ってくれた言葉と、その手の温みを忘れたくないと強く願う。
「私こそ、ありがとね」
広夢やアレグロの団員たちも心羽のもとに駆け寄る。「心羽ちゃん…」「大丈夫?」「ケガしてるだろ?」心配を声に滲ませて、心羽をいたわる様子の団員たち。
何が何だかだけど…だからこそ、今はこの熱だけ持っていよう。守れたんだ。この熱は、守れたことの証明。届いた手の温み…だから…心羽は口元に微笑を湛えて「怖かったぁ」と告げる。その表情とは裏腹の言葉に、皆少しだけ笑った。