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No.3 3/4
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「…警察に行けないのは、何で?」 そう聞いた瞬間、和明が右手の人差し指を立てて口元に寄せながら言った。 「静かに…戸を閉めて中に入ってくれ」 健人は言われてハッとした。こんなことを開けっぴろげで話してしまうなんて間抜けな話だ。健人は小教室に入って慌てて戸を閉める。 「単純な話だよ。怪事件の…怪物の被害者たちは、昏睡やその精神状態もあって公的な団体の人たちが保護しているけど、おそらくこの保護はそれだけの目的じゃない」 「…えっ」 話を再開した和明が語った推測は、推測でこそあるものの、きな臭い印象を健人に抱かせた。 「市民の混乱…パニックを防ぐために情報統制してると思う。もちろん被害者たちが人道的でない扱いをされてるとは思わないし、思いたくないけどな…」 「根拠は?」 そんな言葉がすぐに健人の口から飛び出す。話としては分かるが、推測だ。それが事実であっても、納得できるものではない。まして推測なら…健人は容認しきれない思いをその表情に滲ませる。その表情を見た和明は、一瞬目を伏せ呼吸を整えると、ポツリと静かに根拠について語った。 「…去年、俺の彼女がこの怪事件に巻き込まれたんだ。彼女はすぐに保護として精神科に入院になった…」 「…マジか…」 震える和明の苦悶の顔が現実を知らしめる。それを見つめると、不意に健人は手足が痺れた。あの苦難に塗れた場所に一年も…その思いは想像を絶するものだろう。だが健人は感情をコントロールせんと努める。 「…そこまで緊急の状態だったのか?自傷他害の危険性や、家族の同意は?」 現実に耐えてこの話をした和明のためにも、健人は息苦しさに耐え、冷静さを維持してそう聞いた。しかし手足の痺れは止まらない。 「いわゆる…意識混濁っていうのは俺からも見えたけど、俺や彼女の家族の目には、その手の危険性は見られなかった。だけど家族の同意抜きに、”関係者の判断”であいつは…歩美は今も病院にいる。面会も出来ずにな…」 精神科への入院は、その患者の人権に関わるために医療と法に基づいて厳格に判断するものだ。その判断基準として欠かせない原則には、本人が同意しているかどうかや、精神保健指定医の診察が必要なこと、家族や市町村長の同意、自傷他害の危険性の有無やそれに対する都道府県知事の判断などが重要な要件となる。だが和明の主張ではその要件に見合うものがない。それを聞いた健人には得心がいった。先の行動や推測と、この話は辻褄が合う。同時に和明の目から溢れたその涙は、和明が怪事件に拘り、単独でこれを追ってきた理由を健人に教えた。 和明の涙と恋人の歩美、その家族の心中を思い、健人の眉間は深く皺を刻んだ。それと同時に過剰反応としての手足の痺れと息苦しさは続く。そんな中にあって尚、どこか和明に向けての言葉を探している自分がいた。 「…気持ちがわかる…なんて言えないし、俺の事情とも、違うんだけどさ…」 人の苦難を思いながら、言葉を絞り出して紡ぐことの難しさ。かけるべき言葉が、その本人に対して誠実で適切なものと言えるのか…健人はそのことに昏倒さえしそうな錯覚さえ抱く。しかしどういうわけか、今はそれをやめることもできない。 「取り戻したいのかな…って思うんだ。俺も、横尾も」 和明が涙で赤くした目を健人に向けた。
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