モルの手記⑬ 朝憬星供祭 【A】 version 1

2021/11/29 21:12 by sagitta_luminis sagitta_luminis
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モルの手記⑬ 朝憬星供祭
まだ暑さの退かないこの時期に、健人はひとり、人混みの中で立ち尽くしていた。
それは、ある人を待つため。健人は誘われてここに来たのだ。
しばらくして彼女は現れる。夜空を想起させる深い青色の浴衣に身を包み、赤い帯を結んだ彼女はいつもと雰囲気が違っていた。
「おまたせ。来てくれたんだ!」
彼女———燎星心羽は、健人を今日のお祭りに誘っていた。江戸時代より伝わる、年に一度の朝憬市伝統のお祭り……とは言っても、今は形骸化してただのお祭りになっているが、通り一帯が屋台で賑わう特別大きなお祭りであることに変わりはない。心羽は友達とまわるはずが、友達に用事が入ってこれなくなったため、独りでまわるよりは……ということらしい。
しかし、誘われたのはつい昨日。もし良ければ来ない?と突然誘われたのだ。一日では何も準備できず、返事もしないまま今日を迎え、Tシャツにジーンズというありふれた格好で、待ち合わせ場所に立ち尽くしていた。
心羽の方は友達とまわる想定で気合いを入れてきたのだろう、可愛らしい浴衣を準備していた。
「じゃ、行こっか!人が多いからはぐれないようにね」
心羽に誘導され、健人は屋台の並ぶ通りに足を踏み入れる。

——————————————————————————————

心羽と屋台を巡ってみて、わかったことがいくつかある。
まず、心羽はなんでも挑戦しようとすること。普通の中学生とは懐事情が違うのもあるのだろうが、屋台を片っ端から巡り、わなげや射的といったゲームには興じて参加し、綿菓子やかき氷などといったお菓子系は必ず買っていった。景品とお菓子とですぐに両手がいっぱいになっていたが、そのことを想定してか大きなマイバッグを持参しており、持ちきれないものはバッグに移していた。
また、おもちゃであっても弓矢の扱いがとても上手いこと。おもちゃの銃を使った射的はそうでもなかったものの、弓矢で射的をしてもいいと知った途端に弓矢に持ち替え、与えられた5本の矢は全て景品に命中させ、そのうちひとつを欲しがっていた隣の男の子にあげていた。
他にも、どうやらりんご飴が好きらしいこと、焼きそばなどお腹が膨れるタイプの食べ物は明確に避けていること、ミニSLなど子ども向けの屋台にも躊躇なく参加し、子どものように満喫すること等がわかった。
そして、お菓子にしろゲームのプレイ券にしろ、必ず健人の分まで買ってくることも。私が誘っただの、一緒にやりたいだの、何かと理由をつけて必ず健人を巻き込んだ。健人が断って食べ物やチケットが余った際には、気兼ねなく周りの子供たちに渡して喜ばせていた。

——————————————————————————————

2人で過ごす時間はあっという間で、まだ屋台の半分も巡っていないにも関わらず、10時から始まったこのお祭りも昼過ぎを迎え、2人はベンチで休憩していた。
喧騒の冷めないこの大通りに、突然の豪雨が襲う。傘を準備している者はほぼおらず、雨宿りを余儀なくされる観光客たち。大粒の雨が屋台のテントを絶え間なく打ち付け、民衆に代わって大通りの賑やかしを支配する。
「おかしいな…予報では雲ひとつ晴れだって言ってたのに…」
健人は心羽の傘に入って屋内に避難しながら、スマホを開いて再度確認する。表示では現在、朝憬市は晴れ。
「うん…でもこの雨、わずかにエクリプスの気配を感じる…」
そう話す心羽は神経を張り詰め、なにかを探しているように見えた。
次の瞬間。大通りの入口付近から複数人の悲鳴が一斉に響く。
「あっちだ!」
どよめき出す人混みの中、2人は悲鳴の方向へ走り出す…はずが、心羽は普段履きなれない下駄のせいで躓いてしまう。
「大丈夫!?」
健人は手を差し出す。心羽は健人の手をしっかり握って体を起こした。
「お願い、このまま走って!」

——————————————————————————————

ミニSLの屋台の付近に、先ほどの悲鳴の根源はいた。そのエクリプスは雨の中でひとり、駄々こねる子どものように暴れていた。心羽と健人は変身してこれを倒すと、周囲の人々の救助にあたった。
幸い大きな怪我人はおらず、焦って逃げて転倒した等の被害が数件で済んだ。その中に1人、リーンは泣き止まぬ子供を見つける。よっぽど怖かったのだろうか。自分の姿で怖がらせないよう遠目にその男の子を見守っていると、気付いたリュミエが男の子に駆け寄る。
「大丈夫、もう怖くないよ」
リュミエはしゃがんで子どもに目線を合わせ、優しくかけ声をかける。すると、男の子は首を振ってこう言った。
「えすえる…えすえるにのりたかった…」
男の子の視線の先には、先ほど心羽が乗ったミニSLが雨に打たれながら佇んでいた。隣の看板には「雨天中止」の文字。今まで並んでいたのか、男の子の左手には濡れたチケットが握られている。
「今年はダメだったけど、また来年こようね」
男の子の母親が必死に諭すも、男の子は駄々をこねて泣き止まない。その様子は先ほどのエクリプスを彷彿とさせた。それに心羽が雨からエクリプスの気配を感じていたが、倒したところで雨が止む気配はない。もしかすると、この男の子が今のエクリプスの宿主で、親となったエクリプスが他に居る…?
「大丈夫だよ。あと少し待てば、雨が上がって、また乗れるようになるから」
しかし、直後のリュミエの発言がリーンの予想を覆した。
「ほんと…?」
「ほんとだよ。約束する」
リュミエの言葉を受けて泣き止んだ男の子。リュミエは男の子の頭をポンポンして立ち上がり、リーンと共に退避した。

——————————————————————————————

「健人くんも大方の予想はついてると思うけど、今のエクリプスはあの男の子から生まれたとみていいと思う。生まれたばかりにみえたから、きっと親のエクリプスが今もあの祭りの中に潜んでて、そいつが雨を降らせてる。今みたいなことがこれ以上起きないように私は雨を止めてくるから、健人くんは他にエクリプスの姿がないか、祭りの様子を見張っててほしい。上位のエクリプスは人間に擬態できるから、くれぐれも気を付けてね」
物陰で心羽はそう告げると、再び変身して飛び去っていった。心羽の言っていることが正しければ、いつまた新たなエクリプスが生まれるかわからない。健人は周囲に目を光らせらた。それにしても、雨を止めると言っていたが一体どういうつもりなのだろうか。

——————————————————————————————

祭りの会場から少し離れた電波塔の、地上80mの鉄骨を足場に、リュミエは会場の様子を遠くから見守っていた。
本来の雨雲より遥かに低い位置に雨雲があり、祭りの会場となっている1キロ四方だけを局地的に雨が襲っている状況。傍からみれば明らかにおかしかった。      

まだ暑さの退かないこの時期に、健人はひとり、人混みの中で立ち尽くしていた。
それは、ある人を待つため。健人は誘われてここに来たのだ。
しばらくして彼女は現れる。夜空を想起させる深い青色の浴衣に身を包み、赤い帯を結んだ彼女はいつもと雰囲気が違っていた。
「おまたせ。来てくれたんだ!」
彼女———燎星心羽は、健人を今日のお祭りに誘っていた。江戸時代より伝わる、年に一度の朝憬市伝統のお祭り……とは言っても、今は形骸化してただのお祭りになっているが、通り一帯が屋台で賑わう特別大きなお祭りであることに変わりはない。心羽は友達とまわるはずが、友達に用事が入ってこれなくなったため、独りでまわるよりは……ということらしい。
しかし、誘われたのはつい昨日。もし良ければ来ない?と突然誘われたのだ。一日では何も準備できず、返事もしないまま今日を迎え、Tシャツにジーンズというありふれた格好で、待ち合わせ場所に立ち尽くしていた。
心羽の方は友達とまわる想定で気合いを入れてきたのだろう、可愛らしい浴衣を準備していた。
「じゃ、行こっか!人が多いからはぐれないようにね」
心羽に誘導され、健人は屋台の並ぶ通りに足を踏み入れる。

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心羽と屋台を巡ってみて、わかったことがいくつかある。
まず、心羽はなんでも挑戦しようとすること。普通の中学生とは懐事情が違うのもあるのだろうが、屋台を片っ端から巡り、わなげや射的といったゲームには興じて参加し、綿菓子やかき氷などといったお菓子系は必ず買っていった。景品とお菓子とですぐに両手がいっぱいになっていたが、そのことを想定してか大きなマイバッグを持参しており、持ちきれないものはバッグに移していた。
また、おもちゃであっても弓矢の扱いがとても上手いこと。おもちゃの銃を使った射的はそうでもなかったものの、弓矢で射的をしてもいいと知った途端に弓矢に持ち替え、与えられた5本の矢は全て景品に命中させ、そのうちひとつを欲しがっていた隣の男の子にあげていた。
他にも、どうやらりんご飴が好きらしいこと、焼きそばなどお腹が膨れるタイプの食べ物は明確に避けていること、ミニSLなど子ども向けの屋台にも躊躇なく参加し、子どものように満喫すること等がわかった。
そして、お菓子にしろゲームのプレイ券にしろ、必ず健人の分まで買ってくることも。私が誘っただの、一緒にやりたいだの、何かと理由をつけて必ず健人を巻き込んだ。健人が断って食べ物やチケットが余った際には、気兼ねなく周りの子供たちに渡して喜ばせていた。

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2人で過ごす時間はあっという間で、まだ屋台の半分も巡っていないにも関わらず、10時から始まったこのお祭りも昼過ぎを迎え、2人はベンチで休憩していた。
喧騒の冷めないこの大通りに、突然の豪雨が襲う。傘を準備している者はほぼおらず、雨宿りを余儀なくされる観光客たち。大粒の雨が屋台のテントを絶え間なく打ち付け、民衆に代わって大通りの賑やかしを支配する。
「おかしいな…予報では雲ひとつ晴れだって言ってたのに…」
健人は心羽の傘に入って屋内に避難しながら、スマホを開いて再度確認する。表示では現在、朝憬市は晴れ。
「うん…でもこの雨、わずかにエクリプスの気配を感じる…」
そう話す心羽は神経を張り詰め、なにかを探しているように見えた。
次の瞬間。大通りの入口付近から複数人の悲鳴が一斉に響く。
「あっちだ!」
どよめき出す人混みの中、2人は悲鳴の方向へ走り出す…はずが、心羽は普段履きなれない下駄のせいで躓いてしまう。
「大丈夫!?」
健人は手を差し出す。心羽は健人の手をしっかり握って体を起こした。
「お願い、このまま走って!」

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ミニSLの屋台の付近に、先ほどの悲鳴の根源はいた。そのエクリプスは雨の中でひとり、駄々こねる子どものように暴れていた。心羽と健人は変身してこれを倒すと、周囲の人々の救助にあたった。
幸い大きな怪我人はおらず、焦って逃げて転倒した等の被害が数件で済んだ。その中に1人、リーンは泣き止まぬ子供を見つける。よっぽど怖かったのだろうか。自分の姿で怖がらせないよう遠目にその男の子を見守っていると、気付いたリュミエが男の子に駆け寄る。
「大丈夫、もう怖くないよ」
リュミエはしゃがんで子どもに目線を合わせ、優しくかけ声をかける。すると、男の子は首を振ってこう言った。
「えすえる…えすえるにのりたかった…」
男の子の視線の先には、先ほど心羽が乗ったミニSLが雨に打たれながら佇んでいた。隣の看板には「雨天中止」の文字。今まで並んでいたのか、男の子の左手には濡れたチケットが握られている。
「今年はダメだったけど、また来年こようね」
男の子の母親が必死に諭すも、男の子は駄々をこねて泣き止まない。その様子は先ほどのエクリプスを彷彿とさせた。それに心羽が雨からエクリプスの気配を感じていたが、倒したところで雨が止む気配はない。もしかすると、この男の子が今のエクリプスの宿主で、親となったエクリプスが他に居る…?
「大丈夫だよ。あと少し待てば、雨が上がって、また乗れるようになるから」
しかし、直後のリュミエの発言がリーンの予想を覆した。
「ほんと…?」
「ほんとだよ。約束する」
リュミエの言葉を受けて泣き止んだ男の子。リュミエは男の子の頭をポンポンして立ち上がり、リーンと共に退避した。

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「健人くんも大方の予想はついてると思うけど、今のエクリプスはあの男の子から生まれたとみていいと思う。生まれたばかりにみえたから、きっと親のエクリプスが今もあの祭りの中に潜んでて、そいつが雨を降らせてる。今みたいなことがこれ以上起きないように私は雨を止めてくるから、健人くんは他にエクリプスの姿がないか、祭りの様子を見張っててほしい。上位のエクリプスは人間に擬態できるから、くれぐれも気を付けてね」
物陰で心羽はそう告げると、再び変身して飛び去っていった。心羽の言っていることが正しければ、いつまた新たなエクリプスが生まれるかわからない。健人は周囲に目を光らせらた。それにしても、雨を止めると言っていたが一体どういうつもりなのだろうか。

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祭りの会場から少し離れた電波塔の、地上80mの鉄骨を足場に、リュミエは会場の様子を遠くから見守っていた。
本来の雨雲より遥かに低い位置に雨雲があり、祭りの会場となっている1キロ四方だけを局地的に雨が襲っている状況。傍からみれば明らかにおかしかった。