大枠、設定等の文章化3

17.「彼の者の精神は強い興奮状態にある。大筋としては予測通りか」
「そうね、お陰で私は特に彼の怒りを買った訳だけど」
エクリプスと情報共有するバベル(セブンスの参謀的存在。複数頭の龍モチーフ)に、アゼリアが皮肉を言った。
「それに関しては君を全力で守ると約束しよう。同胞として誓う」
「…助かる。後は、あの母親を生かさず殺さずってところ?」
「ああ、彼の絶望をより育てるためにな。展開次第では母親を殺めてもいいが、君の毒の遠隔操作が鍵になる」
「…悪どい話ね」
「そうだな。少なくとも知性体の思考としてはそうなるのだろう」
互いに一つ、息を吐く。他を侵し合う人間、知性体の望みを絶つこと。そのための絶望、そのためのエクリプス。そしてそう名付けられた自身らの生存本能と欲求。一方で、自己矛盾を否応なしに突きつけられる。他害し合う生命の仕組みを嫌悪し、その破壊を目指す中にあって、自身らもまた他を害すべくこうした悪どい策を講じる。罪など考える気にもならないが、この閉塞感には酷く頭が痛む。我らが主も、かつてはこの自己矛盾の中にあったのだろうか。
「一先ずは、確実な状況のコントロールを重視したと解釈してほしい」
「まあいいわ。それで、この後の誘導には誰を回す?」
「ゼンに任せた。単体の戦闘力では我々の中で最も秀でているからな」
「そう。まあ私たち全員の生存確率を考えるなら、理解は出来る」

18.その日の深夜、レガリアの力に対する解像度が上がった花森健人は、尚も自身を追跡していたルドル(コンドルモチーフのエクリプス)の存在を逆にサーチしてこれを追い詰め、そして迫る。
「こっちから出向くわ。お前らのアジトはどこだ?」
そこに仲間を思ったゼン(甲殻宿したタイタンモチーフ)が介入。健人はゼンの作ったフォースフィールドへ連れ込まれ、そのままゼンとルドルを相手に交戦。
「一つ教えておいてあげるよ、花森健人。君の母親の生殺与奪は僕らの手にある」
「お前ら…!殺されたくなかったら解毒しーー」
「君こそ母親を殺されたくなかったら、"大人しく"、我々の下に来てもらえないかな?僕らはあんな命、すぐに奪える」
「ざけんなよ、おい!!」
「そう囀ずらないでよ。ねえアゼリア、聞こえるだろう?いつだって殺れるよねえ?」
「…いいわ、あなたのパフォーマンスに使われてあげる。花森健人、彼の言っていることは事実よ。私の毒は、遠隔操作が可能」
「そういうこと。分かったら同行頂けるかな?君のせいで、お母さん死んじゃうよ?」
その言葉への憤怒に身が震えるも、健人はこの時武器を下ろすしかなかった。そして無抵抗の健人は、ゼンによって昏倒させられた。

19.その後、桧山初樹は健人を追っていた。小さい姿であっても、竜戦士の感覚器官が健人達の交戦跡ーーある廃ビルのカルナや魔術の痕跡を辿る。
「間違いない、花っちはここに居た」
自分も負傷の身ではあるが、いち早く健人と合流しなければ。怒りに駆られた彼では、敵の術中に嵌まることも十二分に予見された。そして魔術は確かにこの廃ビルで感知していたが、以降は竜が辺りを探ってもそれ以上の痕跡は出てこない。遂に竜は初樹の下に戻って頭を振った。
「…あの結界に連れ込まれたか?もしそうなら」
苦悶の表情を浮かべながらも、初樹は必死で考えを巡らせる。やがて脳裏を過るは以前の記憶。結界の向こうに居た健人や敵の存在を認識出来なかった事実。だがそれを内側から破った竜の咆哮。であるならば、健人が尚も踏み留まり、その発想に至っているかに掛けるしかないがーー
「ドラゴン、敵の力の痕跡はいい。花っちのブレスレットの方に意識を集中させてくれ」
即座に竜が初樹を見遣る。眉根を寄せるその様から、意図を図りかねていることが読み取れた。
「いいか?お前はあのブレスレットと、花っちの空想から生まれた。そのお前は結界を突破することが可能。なら花っちもやろうと思えば、結界の外に力を伝えられる可能性はある。それを探って欲しい。頼む」
初樹は説明に竜は力強く頷き、すぐに念じるように目を閉じた。

20.その時、花森健人の意識は夢の内にあった。それはいつか、展望台で赤髪の少女と独り言を交わした記憶、その続き。現実への無力感がそれを手繰り寄せたのか、不可解ながらもただ思い出に身を委ねようとする。だが赤髪の少女との語らう内に、もう一人の友の存在を思い返す。その時、ブレスレットがその光を闇の中に小さく落とした。

やがて、健人の意識は現実ーー暗い世界の中、目を開くという忌々しさに向かわざるを得なかった。目の前に居たのはセブンスの面々。皆、エクリプスとしての姿に変身している。
「うぅっ!!ううぅぅーー!!」
言葉にならない唸り声を上げ、その狂乱のままにセブンスに襲いかかろうとするも、健人は厳重に魔術で拘束されていた。その抵抗に身体が軋む。口を開くことも叶わない。
「まるで獣ですね」
「既存の生命というのは、所詮そういうものだ」
「知性体となれば、ある種尚更か」
「だがこの行為も、命の醜悪さも、毎度胸が悪くなる」
「…吐きそうだね」
加害者の癖に異形の汚物どもが何か言っている。半端に高尚ぶった物言いをする口を、今すぐ潰し、引き裂いてやりたかった。殺してやる。一匹残らず。
「さて、花森健人。早速だが我々は君と交渉したい」
バベルがその低い声を発し、健人に向けて口の拘束魔術を解きながら語りかけた。
「絶望に染まった君の魂…我らに捧げてくれないかな?なるべく簡単に言うなら、花森健人としては死んで欲しい」
「訳わかんねえ、まともな説明もなしに…!」
その芝居がかった言い方が癪に障る。交渉も何もない。健人は尚も殺意を以てバベルを睨み付けるも、バベルはそれを意に介することなく続けた。
「それもそうだが、これは困った。ここで頷いてくれれば、君の母は助かるのだがね…アゼリア」
バベルが指を鳴らす。直後にアゼリアが右腕を暗く光らせ、これを掌に収束させる。
「彼女が毒の術式を解き放てば、後はわかるね?」
瞬間、アゼリアを睨み付けながらも恐怖に突き動かされた。何としてもその喪失は回避せねばならない。故にーー。
「殺せよ」
その言葉はすぐに口を突いて出た。

21.「では、君の命を絶望に堕とし、頂くとしよう」
バベルの号令に、セブンス達は全員でその魔術を発する。対象者の心を絶望と共に食すためのそれは、セブンス達の足元に魔方陣が形成させた。その光景は、皮肉にも食卓を囲う家族のように健人には錯覚された。死の間際、それこそこの絶望的状況に気でも触れたか。いっそその方がマシだろうか。まして誰かがこんな思いをするよりは。そうして目を伏せようとした時だった。
 瞬間、竜戦士の咆哮が響いた。それは空間を突き破り、竜と初樹が躍り出る。同時に強く吐かれた火炎は、セブンス達数名に一撃を与え、アゼリアは腕に火傷を負った。
「ハッさん!」
「持ってかせるかよ!これ以上!!」
そう叫んだ初樹が竜と共に健人の下に駆け寄る。そして竜の爪が魔術による拘束を切り裂いた。
「悪い」
「…いいよ。いけるか?」
「ああ」
健人と初樹、そして竜はそのまま背中合わせに、セブンスと対峙する。
「招かれざる客だ」
「まさかここを嗅ぎ付けるなんてね」
不遜にいい放つエヴルアとゼン。しかし彼らにとって今何より注目すべきは、アゼリアの負傷。
「やられた…私の腕が!」
「アズ!よくもやった…!警備は何をしていたの!?」
ミレット(人魚モチーフ)が怒りに強く水流を放ち、影魔を喚ぶ。
「ミレット!独断で動くな!」
ゾルドーがそれを舌打ち混じりに諌めるも、既に彼女は健人たちに突撃していた。その場に居たセブンスはこの
不測の事態に慌てて連携を取る。
「ルスト、ゼン。アゼリアを連れて退け!エヴルア、ゾルドー、私も加わる。彼らを逃がすな!」
「逃げるなクソ妖精!」
「花っち!」
撤退するアゼリアを追おうと駆け出す健人。しかし眼前に迫るミレットに妨害され、そのままアゼリアはルスト、ゼンと共に闇色の靄の向こうに消えた。
「そうはしゃがないでよ、カラスさん。その薄汚さ、私が洗ってあげるから」
方や水流を渦巻かせた外連味混じりに、方やその激情のままに力を纏わせ、怒りが交錯していた。

22.「今は脱出だ!」
「けど…!」
「死んだら助けられない!だから今は!」
その初樹の叫びと迫る敵の攻撃。それが健人に現実を教える。毒を操るアゼリアの腕を負傷させ、彼女の反応は深刻なものだった。そして敵はアゼリアを守るべく戦力を半減させながらも、シンプルに実力を行使してきた。すぐに毒で母を死に至らしめずに。ならば、今は。
「…ハッさん、敵は任せろ!裏取ったらすぐにドラゴンにーー!」
「冗談ではないよ!」
瞬間、バベルが熱線を内包した掌底を健人にぶつけ、彼の盾を弾く。そこにミレットが健人を切り裂かんと高圧の水流を繰り出した。間一髪でそれを避けるも、その足元にバベルが魔力で龍を象った魔術を出した。龍の魔術は健人に巻き付き、その身に牙を立てる。すぐに初樹と竜戦士が駆けつけてこれを祓うも、エヴルアとゾルドーもそこに追撃を仕掛けた。その時、竜が健人と初樹を守らんとセブンス4人の攻撃を全て受けた。
「ドラゴン!」
そこには竜が小さくなった姿で倒れていた。
「そんな…俺たちを庇って」
初樹がドラゴンを抱えあげたその光景に、健人の脳裏を過る幼い頃。泣きながら母に抱き上げられた記憶。
「ここまでだ!邪魔こそ入ったが応じて頂こうか、花森健人!」
あの時の思いを引き裂くかのようにエヴルアが吠えた。健人はセブンス4人に問う。
「毒の操作はーー」
「母親を放っておくのか?いずれは意識だけでなく、命も奪うぞ」
間髪入れずにゾルドーが言い放った。そのほんの僅かな一瞬、暗闇の空間は静まり返る。
「花っち…」
「そんなごちゃごちゃしたのはいい!アズにあんな傷を追わせて、ただで返すワケないでしょ!」
「…こっちの台詞だ。刺身にされたくなかったら解毒しろよ、魚」
ミレットの激昂を意に介さず、けれど健人は涙目で初樹とドラゴンを見遣り、敵に向けて言い放った。
「今、なんて?」
「ハッさんも、ドラゴンも、母さんも、死なせない。お前らに殺らせたりしない」
セブンスたちに確かにそう告げ、健人はブレスレットを輝かせる。
「友も母も巻き込んでおいて、よく言える」
「だからこそだ。必ず解毒には応じさせる」
「それは、事実上の宣戦布告かね?」
「俺が誓ったんだ。今」
バベルの揺さぶりにそう返しながら、ブレスレットから自身と同様の姿をした人型の光を4つ喚び出す。
「皆のために、今は退く。けど母さんのためにもこのままにはしない…どけ」
そうして健人は光の分身たちと共に散り散りに駆け出した。

23.分身達が4人のセブンスを抑える間に、健人は初樹と小さくなった竜の下に駆け寄って言った。
「走って!」
その言葉に初樹は竜を抱えたまま、健人と共に走る。しかしセブンスたちの影魔もまたすぐに喚び出され、二人の行く道を塞ごうと襲いかかる。
「邪魔だ!失せろ!」
健人は影魔を切り捌き、初樹と竜を守る。しかしこれではまだーー。
「ここを開けないと!」
「分かってる!ちょっと待って!」
手段がない。竜戦士の咆哮のような、強力な熱量と力を発する方法、或いはその要領が健人には分からなかった。そもそも自身の落書きしていた竜戦士が出てきたことも、今あの分身を喚び出したことも、健人にはそのメカニズムなど到底説明できず、無我夢中で"今、その手札があれば"と念じていたに過ぎない。念が足りないとでも言うのか。否、現実はそんなことで乗り越えられるほど、易くはないだろう。事実、そこに分身を退けた異形の4人が、健人たちに迫る。
「沈みなよ、あんた達!!」
「逃げ回って楽になるか!?」
いち早く飛び出たミレットとエヴルアが叫び、健人に水の刃と焔の槍を突き立てんとする。
「つまらんスカシを…相手できるかぁ!」
健人が剣に力を強く纏わせてそれを払う間に、バベルとゾルドーが初樹と竜の前に躍り出る。初樹と竜は遂に身構えるが、その瞬間彼らの前にあった闇を光線が灼いた。
「させるかよ!!」
それは健人がブレスレットをバベルとゾルドーに向け、魔力を強く撃ち出したものだった。だが間髪入れずに彼らは初樹たちに魔力の龍と魔弾を撃つ。そこに健人の疾走が間に合い、そこに防壁を張って初樹らを守った。
「全くこうもなろうとは…!」
「流石、携えられた力が違いますな…しかし!」
更に加えられるバベルとゾルドーの攻撃、そこにエヴルアとミレットのそれも加わる。
「クソ!…これじゃ」
「花っち!瞬間的な力はもっと出せるか!?」
「えっ」
「さっきの光線を、一瞬で全部出せ!」
この土壇場での初樹の言葉は、健人の度肝を抜いた。竜も驚愕する程には、初樹の言った一言は博打に他ならないものだった。
「危険だ!そんな…」
「それしか多分ない!花っち!」
その言葉に一瞬だけ初樹を見遣る。それが精一杯の健人の一瞥に、初樹は目を逸らさず、かつ震える健人の肩を掴んで言ってみせた。
「さっき誓ってくれたろう!?」
今はその声に、ただ頷く。確かにさっき言ったのは、他でもない自分だ。それを信じた友の言葉なら、自分も信じるだけだ。何よりもーー。
「弱音だけで、終わるかよ!」
瞬間、力を解き放つ。加えられたセブンス4人の力に、反発する防壁の力とが爆ぜた、その時。健人はブレスレットを構え、更なる全力を光線として放った。

24.それは一か八かの博打だった。確信なんてまるでない中、それでも捻り出した唯一の脱出方法。初樹は竜の咆哮から着想したのだろう。だが健人は内心ではただ震えていた。友たちが状況に風穴を開けんと編み出した、この手段に身を委ねることでしか、自身を保つことが出来なかった。事を起こしておいて情けなくとも、今はこよ術を信じたままに全力を撃ち出す。この先に自分たちの命を繋ぐために。
「伏せて!!」
 光線を振り回すように身を回転させ、セブンス4人をその圧倒的な力で払う。無我夢中ながらのそれが功を奏したか、4人が一瞬退いた直後に光線を前方に集中させると、暗闇の空間の向こうに見えたのは電灯の光。それは他でもない自分たちの世界の証左。
「ふざけた真似を!」
「今さら逃すか!」
体勢を立て直したエヴルアとミレットが、すかさず飛び掛かってくる。
「俺に掴まれ!!」
健人が初樹と竜に叫んだ。初樹と竜は迫るエヴルア達から健人を守るようにその身に掴まっていた。その瞬間、健人はブレスレットを足元に向けて光線を爆発させると、その反作用で一気に跳び上がった。そのまま腰部に鴉の翼を展開させ、暗闇から友たちを連れ出さんと舞い上がる。その速度は、セブンスらを置き去りにしていった。
「待て!このままじゃ済まさない!!」
「ミレット!今はここまでだ!」
「こうもいいようにやられて逃がすのか!?」
「事が露見しては、全て無に帰す!…その責は誰が取る?」
エヴルアとゾルドーの静止、そしてミレットの怒号が響いたのは、異界の闇か自分たちの知る夜か、健人にもその区別はつかなかった。

25.翌朝、健人が目覚めるとそこはどこかのビルの屋上。朝焼けが街を包む中、対照的に彼の目覚めは最悪なものだった。何も出来なかったどころか、友たちを危険に曝した。その事実故に、思わず朝日を睨み付けずにいられなかった。先に起きていた初樹は、夜明けの街を見ながら何を思っていたのか。そのことに胸が締められたが、やがて彼は竜と共にこちらに気づく。
「よお、花っち」
「…ああ」
何も、言えなかった。言葉を探しても、罪悪感で塗り潰される。まして母も未だ、意識なく病床にある現実は変わらない。それ故か、言葉は初樹から発される。
「…あのさ、何て言ったらいいか、わかんないけどさ」
「うん」
「とりあえず、生きて帰れた」
それに頷き、一瞬だけ沈黙するも、やがて健人からも決意は言葉となった。
「それが出来るうちは、俺も戦ってみるよ」
「…花っち」
「生きるのって、そういうとこあるしさ」
互いの事情と思いが混在し、陽光がそれを暴くその朝。
「だから巻き込むとか、巻き込まれるとかじゃないんだよな。俺達」
敢えて必要なのは、謝罪の言葉や後ろめたさではなかった。必要なのはーー。
「仲間ってことか」
初樹の言葉にしたその思いだけだった。

END

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