モルの手記⑰ 悪夢 version 3

2022/05/13 14:02 by sagitta_luminis sagitta_luminis
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モルの手記⑰ (執筆中)
目が覚めると心羽はこの宇宙で最も見慣れた部屋にいた。星空模様の天蓋付きベッドから身体を起こすと、後ろから懐かしい声がした。
「リュミエ?」
その声に心羽は息を飲む。もう二度と聞けないと思っていた、全てを包み込んでくれる優しい声。
「お母様…!」
リュミエはその姿を捉えるや否や、わき目も振らずにその胸へ飛び込み、子供のように泣きじゃくる。とても長い間、知らない星で孤独に、何かと戦っていた気がする…。
「お父様とジェイミーは無事…?王国のみんなは…?」
「無事よ?みんな元気いっぱい」
「本当に……?」
「あらあら、きっと悪い夢でもみていたのね…」
「よかった……!よかったぁ……っ!」
母の手がリュミエの後頭部を優しく撫でる。お母様の手だ…
とても怖い夢からようやく覚めたという安堵と、悲しみのない幸せな日々に戻ってこれたという幸福はリュミエの緊張の糸をほどき、孤独なヒーローからただの健気なプリンセスに戻した。
そう、きっとこわい夢をみていたんだ…

----

お城の居間でお父様とお母様、弟のジェイムスと4人で囲む食卓。いつもの日常のはずだが、リュミエにはとても久々な気がした。
「お母様聞いて〜、今日の試合は俺の親友たちが凄かったんだ!」
「良かったじゃない!どんなふうに凄かったの?」
「あいつら、連携が完璧でさ!ラリーとビルの二人なんか、示し合わせたみたいに相手を誘導させながら裏をかくんだ。あの2人だけで10ポイントはとってたな。」
「さすがね!向こうとは何点差で勝ったの?」
「結局20点差をつけられて負けたんだよね…。でも、俺たちのチームは最高なんだっ!」
嬉しそうに話すジェイムスの微笑ましい姿に、リュミエは胸がギュッとなる。こんなに暖かい日々をどうして忘れていたんだろう。なぜか零れそうになる涙を必死に誤魔化しながら、あの夢にいつまでも引っ張られる自分が情けなくなった。
「リュミエは今日どんな一日だったかい」
お父様に聞かれ焦るリュミエ。でも自然と自身の口が言葉を紡いだ。
「今日は古代天文史の資料書に載ってた風鳥座星団について調べてたの。量子望遠鏡でその残骸を観察してたら、魔力の残滓が見つかって…お父様、これってどういうこと?」
お父様は穏やかにフッと笑い、リュミエの好奇心に応える。
「それは面白い発見をしたなぁ、リュミエ。この世界にはまだわかっていない事の方が多いんだ。もしかすると、そこには私たちと同じ魔法使いの仲間がいたかもしれないぞ」
いつものお父様だ…この優しくも朗らかな話し方…低くも貫禄のある温かい声…そして私を見るその笑顔は誰よりも幸せそうで…
「風鳥座星団が崩壊したのは8000年以上前だから……そんなに昔の魔力がまだ残ってるって、一体どんな魔法を…」
「ハハッ。リュミエ、宇宙は広いぞ!宇宙にはあらゆる可能性が存在する。いつだって私たちの想像を超えてくるだろう。でもそのことはリュミエが1番よくわかってるんじゃないか?」
「うん…」
「もしそれが本当に8000年前の魔力の残滓なら、そこに居たのはきっと魔法使いのカリスマだろうさ。」
この笑顔も、この団欒も、私のいつもの日常のはず…どうしてこんなにも切なくて、愛おしいのだろう…
「リュミエお姉、ぼーっとしてるけど大丈夫?」
ジェイムスに呼びかけられ、リュミエはハッとする。ジェイムスはお父様によく似て人の感情を鋭く捉え、些細な変化にも気付いてくれる。姉なのに、ジェイムスに助けられたこともたくさんあった。
「う、うん……大丈夫よジェイミー。ありがとう」
リュミエは誤魔化しながら暖かいシチューをスプーンですくい上げ、口元へ運ぶ。
それにしても、なんだろうこの感じ。頭がぼーっとして、記憶にもやがかかったような、ふわふわした感じ…
でも、これからなんだかすごく嫌なことが起こりそうな気がする…
その時、リュミエの胸のざわめきに呼応するように、城の廊下を駆ける靴音が聞こえた。
「エドウィン国王!エクリプスが…!エクリプスの戦艦が5隻、ルクスカーデンに接近中です!」
その音の主は居間の扉をドンと開き、必死の形相で告げた。
「なんだって…!? 3人ともすまない、対応にあたってくる」
お父様の表情に先程まであった柔らかな笑みはなくなり、立ち上がって通達にきた臣下のもとへ向かう。
そうだった…初めてエクリプスが攻めてきたのは、4人でシチューを食べていたこの日だった。
エクリプスは悪い夢なんかじゃない。たしかに私の人生をめちゃくちゃにしたんだ。この王国を蹂躙して、私から大切な家族や友達を1人残らず奪っていくんだ…

あれ…?なんで私は未来を知っているの…?

----

「お父様待って!」

廊下へ消えようとするお父様を呼び止め、椅子を飛び出したリュミエ。こちらを振り向いたお父様に全速力で向かい、抱きつく。
「おやおや…今日は本当にどうしたんだリュミエ。」
「おやおや…どうしたんだリュミエ。」
お父様の温もりを肌で感じる。
「今日はなんだか悪い夢を見ていたみたいで…」
お母様が説明する。そういうことでいい。
「そうかそうか。よしよし…愛おしい子だ」
未来がどうとか関係ない。私はただ、大好きな家族を、大切な今を失いたくないそのためなら、私は…
「そうかそうか。ハハ、よしよし…愛おしい子だ」
未来がどうとか関係ない。私はただ、大好きな家族を、大切な今を失いたくない…たった独りでこの世界に残されたくない…そのためなら、私は…
「お父様、私も連れて行って。私も一緒に戦うよ」

----

エクリプスの戦艦が5隻。今にも王国を蹂躙せんとばかりにその巨体で上空を埋める。その威圧感は凄まじいものだった。
「イグニス・プロミネンスシュート・四重!」
4枚の魔法陣をくぐり抜けて強化された炎の矢が戦艦を目指し、空高く打ち上がる。しかしその炎は戦艦の外壁に触れた途端吸われるように消えていった。
4枚の魔法陣をくぐり抜けて強化された炎の矢が戦艦を目指し、空高く打ち上がる。しかしその炎は戦艦の外壁に触れた途端吸われるように消えていった。
「そんな、全然効かない…」
次の瞬間。戦艦が無数の砲身を展開し、弾幕が雨のように放たれる。その雨は王国を覆うように張られた結界をたやすく破壊し、その内にある人々の街を狙う。
「リュミエ下がっていろ。ここは私が」
そう言うとお父様は一歩前に出て、右手を天に掲げる。すると、降ってきた弾幕の雨が全てその場に制止し、お父様がその右手を握りしめるとその場で爆発し、消滅した。
「いいかリュミエ、お前城から出るな」
「うん…」
お父様はその言葉残し宙へ浮び上がると、振りで雷撃を飛ばし、5隻艦を次々に粉砕する。戦艦から
お父様———エドウィン王はそう言うと一歩前に出て、右手を天に掲げる。降ってきた弾幕の雨が全てその場に制止し、エドウィン王がその右手を握りしめるとその場で爆発し、消滅した。
エドウィン王は杖のひと振りで雷撃を飛ばし、5隻の戦艦を次々に粉砕する。戦艦ら弾け飛んだ残骸や乗組員のエクプスたちが空から降り注ぐ。リュミエはそれが地上に被害をす前に撃ち落とそうと弓を構えが、その弦を引く間にエドウィン王が全てを一瞬で焼き尽くし、灰塵とした。リュミエは自身の力のさに呆然とする。
「リュミエ。戦いは私に一任してくれ」
「でも…」
お父様を独りで戦わせたら、負け破滅する未来が待ってる…でも、私なんかが一緒に戦っても足を引っ張だけ…
「リュミエ、お前は考える力もあるし、才能もある。もちろん優しさもな。お前にしかできないこがあるはずだ。頼んだぞ自慢愛娘よ」
「私にしかできないこ…?」
エドウィン王は空彼方に次の視認すると、迎撃するべく飛び立っていった
----

お父様を見送り、城の階段を駆け下りるリュミエ。私にしかできないことは、考えてみればたくさんある。城中のみんなに呼びかけて、一刻も早く住民たちを避難させなきゃ…!城の中はより一層強固な防衛魔法が施されてるし、守る範囲が狭ければ私の力でもなんとかなるかもしれない。とにかく、お父様の負担を減らすことが鍵だ。
「出てきて、エウィグ!」
リュミエのかけ声とともに従者のエウィグがその姿を現す…はずだった。あれ…?リュミエは右手首を見る。エウィグが居ない…!いつでも右手首にいて一緒だったはずなのに…!
いや、今はそんなことを気にしちゃいれらない。私ひとりでも、みんなに呼びかけないと…!
「皆さん聞いてください!王女リュミエールから命令です!一刻も早く、住民たちを城内に避難させてください!エクリプスが侵攻してくるのは時間の問題なんです!なるべくエントランスホール、大広間、コンサートホール、大食堂に誘導して下さい!お願いします!」
リュミエは城内伝達室に飛び込んで一斉に呼びかける。それから兵士詰所や調理室、執務室など全ての部屋を回り、全員に避難誘導を頼み込む。
私も住民たちを誘導させなきゃ…エクリプスが攻めてくる前に…!
リュミエはエントランスを駆け抜け、城門をくぐって街へ出る。
「そんな……!」
しかしリュミエが目の当たりにしたのは、既に侵略が始まりパニックに陥った街だった。どうして…早すぎる…!お父様は…!?
リュミエが上を向くと、遥か上空で戦艦を次々と破壊して回るエドウィン王の姿が見えた。
お父様も手一杯で、地上の防衛まで手が回らなかったんだ…私も戦わなきゃ…!
「チェンジ・フレイミングドレス!」
リュミエは紅の衣装を纏うと、人々に迫る魔の手に紅蓮の焔をぶつけた。しかしエクリプスの数は圧倒的で、リュミエ独りでは捌ききれない。城門に侵入させまいと頑張るリュミエのすぐ目の前で、魔の手にかかり倒れていく人を何度も見届けた。私じゃ守りきれない…もう嫌…お父様助けて……
「その悔し涙素敵よ、お嬢ちゃん」
突然エクリプスに話しかけられ、声の方へ振り向くリュミエ。大鎌を携えた豹のようなエクリプスがそこにはいた。
「うるさい!早くこの国から出てってよ!」
リュミエは間髪入れず、紅蓮を身に纏い豹へ突撃する。
「アタシはね、大きな希望の根を刈り取るのが大好きなの」
そう言うと豹は目にも留まらぬ速さで鎌を振るう。リュミエは瞬時に回避をしたため致命傷にはならなかったが、避難しにきた人々が豹の背後で斬撃にさらされ、みんな一様に崩れていくのが見えた。
「あああああああ!!」
許さない…絶対に許さない……
相討ちになってでも倒してやる……!
「インフェルシア・ハイエストマイセルフ!」
全身に刻まれた切り傷が高温の炎に晒される痛みを覚悟で、リュミエは自身を燃え盛る弾丸として撃ち出す。豹の腹部を見据え、全速力で飛び出したその時。
「リュミエー!」
その声とともに城門へと向かってくるのは…
「お母様!?」
「小学校の子たち130人、避難させにきたわよー!」
「今こっち来ちゃだめー!!」
「へえ、あれがアンタの肉親?」
「やだ!やめて!!」
全てがスローに見えた。伸縮自在の大鎌が、お母様の胸元に伸び、縦に太い斬撃が銀色に煌めく……
「きゃあああああ!!」
嫌だ、お母様…いや…嫌ぁ……
地に倒れ伏せるお母様をギュッと抱きとめる。
「お母様死なないで…息をして…!お願い…」
もう動くことも喋ることもなくなったお母様を抱きかかえ、子供のように泣き縋る。
「嫌だ…いや…こんなのもう嫌なの……」
「誰か…誰か助けて……」
もはや戦意も失い、絶望しきったリュミエの背後に豹が迫る。
「フフッ、イイじゃん。今最高にイイ顔してるよ、アンタ」
豹がエクリプスの因子をリュミエに植え付けようとした、その時。
「失せろ!」
天から雷撃が落ち、豹の肉体が一瞬で蒸発した。
「お父様…」
戦艦を全て迎撃し、弱り果てたお父様が地上へと降り立った。その身体は既に片目と片腕を失い、ボロボロになった髪と肌がお父様の死期を謳っているようだった。
「すまない、来るのが遅れたな。ここまでよく頑張った」
お父様は残っている方の片腕でリュミエの頭を撫でる。安堵と悔しさと、たくさんの感情が綯い交ぜになった大粒の涙が零れる。
「悪いが時間がないんだ、リュミエ。お前だけでも逃げてくれ」
そう言うとお父様はリュミエの後ろに空間転移魔法を展開する。
「逃げるって…どういうこと…」
「私はここに残って最期までこの国を守らねばならない。だが、お前には生きていて欲しいんだ…」
「嫌だ!そんなのやだ、私だってお父様と共に戦う!」
「そう言うと思ったよ。だから行くか行かないかはお前に任せる。ゲートは後ろだ、行こうと思うならすぐに飛び込め。」
「ぜったいに嫌…」
「それと、これを受け取ってくれ」
お父様が取り出したのは、星空の意匠が施されたキーホルダー。
「これは…?」
「私とグレイスからお前に、究極の魔法が込められたキーホルダーだ。きっとエクリプス除けの力もあるだろう」
「お父様とお母様から…究極の魔法…?」
「ああ。いつかの将来、きっとお前の役に立つはずだ。本当はジェイムスのためにもうひとつ創ったんだが…」
「私が預かるよ…必ずジェイミーに届けるね…」
「助かるよ。じゃあ頼んだぞ」
なんだか死に際の贈り物のようでリュミエはやるせない気持ちになった。
「さて、もうエクリプスが迫ってきている。最期の戦いだ、いくぞ、リュミエ!」
「ええ、お父様!」

----

お父様と肩を並べて戦うリュミエ。共に戦えるのも、共に話せるのも、これが最後なんだと思うと胸がギュッとなって苦しい…。でも私は、この後お父様が戦いに負けることも、私が逃げるしかないこともわかっている。お父様は私を含め、守りたいもののために命を張っている。私も今はその気持ちがわかるから、共に戦うしかできない。どんなに失っても、世界は止まってはくれない。いつか失うなら、私は今を大切に生きるしかないんだ。

----

「ぐっ…!」
「お父様ぁ!」
お父様の身体を貫く閃光。




----



目が覚めると心羽は教室の自身の席に座っていた。「こっちゃん、おはよ」「わっ!ビックリした…」「あははっ!」

----

ちゃんとした友達じゃない…

----

「心羽ちゃんはできることをしてたよ。」
      

目が覚めると心羽はこの宇宙で最も見慣れた部屋にいた。星空模様の天蓋付きベッドから身体を起こすと、後ろから懐かしい声がした。
「リュミエ?」
その声に心羽は息を飲む。もう二度と聞けないと思っていた、全てを包み込んでくれる優しい声。
「お母様…!」
リュミエはその姿を捉えるや否や、わき目も振らずにその胸へ飛び込み、子供のように泣きじゃくる。とても長い間、知らない星で孤独に、何かと戦っていた気がする…。
「お父様とジェイミーは無事…?王国のみんなは…?」
「無事よ?みんな元気いっぱい」
「本当に……?」
「あらあら、きっと悪い夢でもみていたのね…」
「よかった……!よかったぁ……っ!」
母の手がリュミエの後頭部を優しく撫でる。お母様の手だ…
とても怖い夢からようやく覚めたという安堵と、悲しみのない幸せな日々に戻ってこれたという幸福はリュミエの緊張の糸をほどき、孤独なヒーローからただの健気なプリンセスに戻した。
そう、きっとこわい夢をみていたんだ…


お城の居間でお父様とお母様、弟のジェイムスと4人で囲む食卓。いつもの日常のはずだが、リュミエにはとても久々な気がした。
「お母様聞いて〜、今日の試合は俺の親友たちが凄かったんだ!」
「良かったじゃない!どんなふうに凄かったの?」
「あいつら、連携が完璧でさ!ラリーとビルの二人なんか、示し合わせたみたいに相手を誘導させながら裏をかくんだ。あの2人だけで10ポイントはとってたな。」
「さすがね!向こうとは何点差で勝ったの?」
「結局20点差をつけられて負けたんだよね…。でも、俺たちのチームは最高なんだっ!」
嬉しそうに話すジェイムスの微笑ましい姿に、リュミエは胸がギュッとなる。こんなに暖かい日々をどうして忘れていたんだろう。なぜか零れそうになる涙を必死に誤魔化しながら、あの夢にいつまでも引っ張られる自分が情けなくなった。
「リュミエは今日どんな一日だったかい」
お父様に聞かれ焦るリュミエ。でも自然と自身の口が言葉を紡いだ。
「今日は古代天文史の資料書に載ってた風鳥座星団について調べてたの。量子望遠鏡でその残骸を観察してたら、魔力の残滓が見つかって…お父様、これってどういうこと?」
お父様は穏やかにフッと笑い、リュミエの好奇心に応える。
「それは面白い発見をしたなぁ、リュミエ。この世界にはまだわかっていない事の方が多いんだ。もしかすると、そこには私たちと同じ魔法使いの仲間がいたかもしれないぞ」
いつものお父様だ…この優しくも朗らかな話し方…低くも貫禄のある温かい声…そして私を見るその笑顔は誰よりも幸せそうで…
「風鳥座星団が崩壊したのは8000年以上前だから……そんなに昔の魔力がまだ残ってるって、一体どんな魔法を…」
「ハハッ。リュミエ、宇宙は広いぞ!宇宙にはあらゆる可能性が存在する。いつだって私たちの想像を超えてくるだろう。でもそのことはリュミエが1番よくわかってるんじゃないか?」
「うん…」
「もしそれが本当に8000年前の魔力の残滓なら、そこに居たのはきっと魔法使いのカリスマだろうさ。」
この笑顔も、この団欒も、私のいつもの日常のはず…どうしてこんなにも切なくて、愛おしいのだろう…
「リュミエお姉、ぼーっとしてるけど大丈夫?」
ジェイムスに呼びかけられ、リュミエはハッとする。ジェイムスはお父様によく似て人の感情を鋭く捉え、些細な変化にも気付いてくれる。姉なのに、ジェイムスに助けられたこともたくさんあった。
「う、うん……大丈夫よジェイミー。ありがとう」
リュミエは誤魔化しながら暖かいシチューをスプーンですくい上げ、口元へ運ぶ。
それにしても、なんだろうこの感じ。頭がぼーっとして、記憶にもやがかかったような、ふわふわした感じ…
でも、これからなんだかすごく嫌なことが起こりそうな気がする…
その時、リュミエの胸のざわめきに呼応するように、城の廊下を駆ける靴音が聞こえた。
「エドウィン国王!エクリプスが…!エクリプスの戦艦が5隻、ルクスカーデンに接近中です!」
その音の主は居間の扉をドンと開き、必死の形相で告げた。
「なんだって…!? 3人ともすまない、対応にあたってくる」
お父様の表情に先程まであった柔らかな笑みはなくなり、立ち上がって通達にきた臣下のもとへ向かう。
そうだった…初めてエクリプスが攻めてきたのは、4人でシチューを食べていたこの日だった。
エクリプスは悪い夢なんかじゃない。たしかに私の人生をめちゃくちゃにしたんだ。この王国を蹂躙して、私から大切な家族や友達を1人残らず奪っていくんだ…

あれ…?なんで私は未来を知っているの…?


「お父様待って!」

廊下へ消えようとするお父様を呼び止め、椅子を飛び出したリュミエ。こちらを振り向いたお父様に全速力で向かい、抱きつく。
「おやおや…どうしたんだリュミエ。」
お父様の温もりを肌で感じる。
「今日はなんだか悪い夢を見ていたみたいで…」
お母様が説明する。そういうことでいい。
「そうかそうか。ハハ、よしよし…愛おしい子だ」
未来がどうとか関係ない。私はただ、大好きな家族を、大切な今を失いたくない…たった独りでこの世界に残されたくない…そのためなら、私は…
「お父様、私も連れて行って。私も一緒に戦うよ」


エクリプスの戦艦が5隻。今にも王国を蹂躙せんとばかりにその巨体で上空を埋める。その威圧感は凄まじいものだった。
「イグニス・プロミネンスシュート・四重!」
4枚の魔法陣をくぐり抜けて強化された炎の矢が戦艦を目指し、空高く打ち上がる。しかしその炎は戦艦の外壁に触れた途端、吸われるように消えていった。
「そんな、全然効かない…」
次の瞬間。戦艦が無数の砲身を展開し、弾幕が雨のように放たれる。その雨は王国を覆うように張られた結界をたやすく破壊し、その内にある人々の街を狙う。
「リュミエ下がっていろ。ここは私が」
お父様———エドウィン王はそう言うと一歩前に出て、右手を天に掲げる。降ってきた弾幕の雨が全てその場に制止し、エドウィン王がその右手を握りしめるとその場で爆発し、消滅した。
エドウィン王は杖のひと振りで雷撃を飛ばし、5隻の戦艦を次々に粉砕する。戦艦から弾け飛んだ残骸や乗組員のエクリプスたちが空から降り注ぐ。リュミエはそれらが地上に被害を出す前に撃ち落とそうと弓を構えるが、その弦を引く間にエドウィン王が全てを一瞬で焼き尽くし、灰塵とした。リュミエは自身の力のなさに呆然とする。
「リュミエ。戦いは私に一任してくれ」
「で、でも…」
お父様を独りで戦わせたら、負けて破滅する未来が待ってる…でも、私なんかが一緒に戦っても足を引っ張るだけ…
「リュミエ、お前は考える力もあるし、才能もある。もちろん優しさもな。お前にしかできないことがあるはずだ。頼んだぞ、自慢の愛娘よ」
「私にしかできないこと…?」
エドウィン王は空の彼方に次の艦隊を視認すると、迎撃するべく飛び立っていった。


お父様を見送り、城の階段を駆け下りるリュミエ。私にしかできないことは、考えてみればたくさんある。城中のみんなに呼びかけて、一刻も早く住民たちを避難させなきゃ…!城の中はより一層強固な防衛魔法が施されてるし、守る範囲が狭ければ私の力でもなんとかなるかもしれない。とにかく、お父様の負担を減らすことが鍵だ。
「出てきて、エウィグ!」
リュミエのかけ声とともに従者のエウィグがその姿を現す…はずだった。あれ…?リュミエは右手首を見る。エウィグが居ない…!いつでも右手首にいて一緒だったはずなのに…!
いや、今はそんなことを気にしちゃいれらない。私ひとりでも、みんなに呼びかけないと…!
「皆さん聞いてください!王女リュミエールから命令です!一刻も早く、住民たちを城内に避難させてください!エクリプスが侵攻してくるのは時間の問題なんです!なるべくエントランスホール、大広間、コンサートホール、大食堂に誘導して下さい!お願いします!」
リュミエは城内伝達室に飛び込んで一斉に呼びかける。それから兵士詰所や調理室、執務室など全ての部屋を回り、全員に避難誘導を頼み込む。
私も住民たちを誘導させなきゃ…エクリプスが攻めてくる前に…!
リュミエはエントランスを駆け抜け、城門をくぐって街へ出る。
「そんな……!」
しかしリュミエが目の当たりにしたのは、既に侵略が始まりパニックに陥った街だった。どうして…早すぎる…!お父様は…!?
リュミエが上を向くと、遥か上空で戦艦を次々と破壊して回るエドウィン王の姿が見えた。
お父様も手一杯で、地上の防衛まで手が回らなかったんだ…私も戦わなきゃ…!
「チェンジ・フレイミングドレス!」
リュミエは紅の衣装を纏うと、人々に迫る魔の手に紅蓮の焔をぶつけた。しかしエクリプスの数は圧倒的で、リュミエ独りでは捌ききれない。城門に侵入させまいと頑張るリュミエのすぐ目の前で、魔の手にかかり倒れていく人を何度も見届けた。私じゃ守りきれない…もう嫌…お父様助けて……
「その悔し涙素敵よ、お嬢ちゃん」
突然エクリプスに話しかけられ、声の方へ振り向くリュミエ。大鎌を携えた豹のようなエクリプスがそこにはいた。
「うるさい!早くこの国から出てってよ!」
リュミエは間髪入れず、紅蓮を身に纏い豹へ突撃する。
「アタシはね、大きな希望の根を刈り取るのが大好きなの」
そう言うと豹は目にも留まらぬ速さで鎌を振るう。リュミエは瞬時に回避をしたため致命傷にはならなかったが、避難しにきた人々が豹の背後で斬撃にさらされ、みんな一様に崩れていくのが見えた。
「あああああああ!!」
許さない…絶対に許さない……
相討ちになってでも倒してやる……!
「インフェルシア・ハイエストマイセルフ!」
全身に刻まれた切り傷が高温の炎に晒される痛みを覚悟で、リュミエは自身を燃え盛る弾丸として撃ち出す。豹の腹部を見据え、全速力で飛び出したその時。
「リュミエー!」
その声とともに城門へと向かってくるのは…
「お母様!?」
「小学校の子たち130人、避難させにきたわよー!」
「今こっち来ちゃだめー!!」
「へえ、あれがアンタの肉親?」
「やだ!やめて!!」
全てがスローに見えた。伸縮自在の大鎌が、お母様の胸元に伸び、縦に太い斬撃が銀色に煌めく……
「きゃあああああ!!」
嫌だ、お母様…いや…嫌ぁ……
地に倒れ伏せるお母様をギュッと抱きとめる。
「お母様死なないで…息をして…!お願い…」
もう動くことも喋ることもなくなったお母様を抱きかかえ、子供のように泣き縋る。
「嫌だ…いや…こんなのもう嫌なの……」
「誰か…誰か助けて……」
もはや戦意も失い、絶望しきったリュミエの背後に豹が迫る。
「フフッ、イイじゃん。今最高にイイ顔してるよ、アンタ」
豹がエクリプスの因子をリュミエに植え付けようとした、その時。
「失せろ!」
天から雷撃が落ち、豹の肉体が一瞬で蒸発した。
「お父様…」
戦艦を全て迎撃し、弱り果てたお父様が地上へと降り立った。その身体は既に片目と片腕を失い、ボロボロになった髪と肌がお父様の死期を謳っているようだった。
「すまない、来るのが遅れたな。ここまでよく頑張った」
お父様は残っている方の片腕でリュミエの頭を撫でる。安堵と悔しさと、たくさんの感情が綯い交ぜになった大粒の涙が零れる。
「悪いが時間がないんだ、リュミエ。お前だけでも逃げてくれ」
そう言うとお父様はリュミエの後ろに空間転移魔法を展開する。
「逃げるって…どういうこと…」
「私はここに残って最期までこの国を守らねばならない。だが、お前には生きていて欲しいんだ…」
「嫌だ!そんなのやだ、私だってお父様と共に戦う!」
「そう言うと思ったよ。だから行くか行かないかはお前に任せる。ゲートは後ろだ、行こうと思うならすぐに飛び込め。」
「ぜったいに嫌…」
「それと、これを受け取ってくれ」
お父様が取り出したのは、星空の意匠が施されたキーホルダー。
「これは…?」
「私とグレイスからお前に、究極の魔法が込められたキーホルダーだ。きっとエクリプス除けの力もあるだろう」
「お父様とお母様から…究極の魔法…?」
「ああ。いつかの将来、きっとお前の役に立つはずだ。本当はジェイムスのためにもうひとつ創ったんだが…」
「私が預かるよ…必ずジェイミーに届けるね…」
「助かるよ。じゃあ頼んだぞ」
なんだか死に際の贈り物のようでリュミエはやるせない気持ちになった。
「さて、もうエクリプスが迫ってきている。最期の戦いだ、いくぞ、リュミエ!」
「ええ、お父様!」


お父様と肩を並べて戦うリュミエ。共に戦えるのも、共に話せるのも、これが最後なんだと思うと胸がギュッとなって苦しい…。でも私は、この後お父様が戦いに負けることも、私が逃げるしかないこともわかっている。お父様は私を含め、守りたいもののために命を張っている。私も今はその気持ちがわかるから、共に戦うしかできない。どんなに失っても、世界は止まってはくれない。いつか失うなら、私は今を大切に生きるしかないんだ。


「ぐっ…!」
「お父様ぁ!」
お父様の身体を貫く閃光。


目が覚めると心羽は教室の自身の席に座っていた。「こっちゃん、おはよ」「わっ!ビックリした…」「あははっ!」


ちゃんとした友達じゃない…


「心羽ちゃんはできることをしてたよ。」