2021年3月20日、午前6時33分——世界に滅びの影が迫る中、少女はようやく自分の存在を肯定しようと静かに顔を上げた。
「私、生きて私を繋いでくれたものを信じたい。もちろん健人くんも」
少女はその赤い瞳を向け、並び立つ青年にそう告げる。その言葉に青年は少女を見た。あどけなさのある横顔。靡く色鮮やかな赤い髪と併せ、煌めき輝く目の光。住民が去っていき、廃墟都市となった朝憬市(あかりし)市街地に、尚も射す朝日の陽光と同じ色だった。その光に、青年はその目から一筋涙を流して返事をする。
「俺は、君を希望(ヒーロー)にしてしまった」
青年の左目の涙が朝日を反射し、少女の瞳に映った。
「それで縋って、求めてしまって…でも、だからこそ信じたい」
その言葉と涙に少女ははにかみ、苦笑するが、その目は青年から逸らされることはない。互いに思いを告げ、受け止め合う。
その日、人の心に巣食う怪物らの蜂起によって、少女の世界——朝憬市は壊されようとしていた。敵の脅威を晒された街を、人々を、日食によって黒く染まった太陽が見下ろす。少女はその光景に、自身が過去に負った”傷”を想起した。朝憬市中心街北東、舗装された道を行き交いながら上空の異変に天を仰ぐ人々に、彼女は注意を払う。広く、細かく、人の心身に宿る敵の気配を感じ取るために。敵の動きをいち早く察知できれば、起こり得る悲劇を止められる。そんな祈りにも似た思いと、誰かが傷つく恐れが彼女の心中を混沌とさせた。そんな少女に向け、右手首のブレスレットから彼女の従者の声が発せられる。
「お嬢様、お気を静めましょう…深呼吸を」
従者からの気遣いに少女は小さく頷いて、深く息を吸いゆっくりと吐いて、呼吸の仕方を思い出す。
「ありがとう」
「いえ…お嬢様は、御一人ではありません。私も、そして彼らも居ります」
静かに告げられる従者の言葉に、少女は自身の思いが掬い上げられるのを感じた。一人で悲しむより、大切な人や仲間と共に守る。そう決意したのだ。
「うん…私も戦う。私達が皆の希望になるんだ」
彼女は暗い太陽を睨みつけると、その決意を静かに、しかし力強く言葉にした。

「俺の手を掴んでくれてた君を」
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「ありがとう。私の手を取ってくれて」
少女の決意と時を同じくして、黒いゴシック系の出で立ちの男女が朝憬駅前の大規模交差点を歩いていた。その黒い礼服とドレス、陶器のような白い肌のコントラスト、そしてその虚ろな眼差しは、上空に異様さがある中でもいくらか周囲の人間の目を引いた。
「なにアレ？やばくない？」
「キモいんだけど、ウケる」
そう反応する人々と目が合っても、二人は眉一つ動かさない。男が薄ら笑いを浮かべたのは、交差点の中央で立ち止まり周囲と暗い太陽を見渡した時だった。女は黒い日傘の下で無表情で男に問う。
「…そろそろ、始めるか？」
「ああ、儀式には足りるだろう」
男は掛けていたスクエア型の眼鏡を上げて返答した。見開かれたその眼球は全て黒く染まっている。女もチョーカーのついた自身の首元を撫で、やはりその目の全てを黒く染めた。
「なら、やろう」
女が告げたと同時に男女の身体を黒い靄が包み、その姿が異形の存在へと変わっていく。男の顔には鋭く釣り上がったカマキリの双眼が伸び、変化した剛腕には大鎌を携えていた。女は右腕をバラの蕾を模した槍へと変化させ、赤黒い姿に花びらの衣装を纏う。瞬間、その場に居た者は皆この異形らから距離を取った。だが同時にスマートフォンのカメラ機能で彼らを撮影するシャッター音も鳴る。バラの異形が注意を向けたその音の先では、金髪の若者がスマートフォンを向けていた。
「すげえ、アンタら例の怪…」
「煩わシイ羽虫だ」
「…あぁ？」
言葉を遮られた若者はバラを威嚇するが、次の瞬間には若者の腹を花の槍が貫き、その血が交差点のアスファルトを赤黒く染める。その様に周辺の人間の上げた悲鳴が、交差点に響き渡った。

青年の顔が更にくしゃくしゃになる。それを見てほほ笑む少女。やがてその笑顔に吊られ、青年も静かに笑った。そのまま今一度朝日に目線を向けて、彼女は一つ呟く。
「…そろそろ」
「ああ、時間だな…」
青年が返すと共に、朝日に陰りが見え始めた。同時に地の底から暗闇が立ち上がり、異形の怪物へと姿を変えた。怪物たちは群れを成して二人の居る市街地中央部の廃屋へと向かってくる。少女にはその様が、朝日を遮らんとするかのように映った。二人は互いを見遣り頷き合ったのを最後に、怪物の軍勢を見据えて高らかにその力の名を叫ぶ。
「”チェンジ・スターリードレス”！」
「我が名はリーン…貰い火の温み、ここに在り！」
少女の唱えた魔法——その神秘が星の羽衣を形成し、これを纏う少女は希望の天女へとその姿を変え、猛る青年の叫びは、その身に黒い甲虫を思わせる鎧と火の鳥の剣をその手に形成した。そして天女は右手のブレスレットの光を天に掲げる。片や甲虫は胸に携えた光を輝かせると、腕を横一文字に切って友の名を呼んだ。
「エウィグ！」
「ネーゲル！」
その喚び声に天女の従者たる不死鳥が応えて舞い降り、巨大な白い烏の異形もまた何処からともなく甲虫の下へと現れた。
「皆さま、参りましょう！」
「話、纏まったな…ほいじゃあ一丁いこうや！」
不死鳥の生真面目ながら力に満ちた言葉、そして白烏の気迫溢れる声が、天女と甲虫を奮い立たせる。
「俺に希望をくれた君に」
「健人くんや皆の幸せに」

「「未来を」」

その日、誰に知られるでもない戦いの終局へ、少女たちは駆けだしていった——。





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//こういうラストめっちゃ好き…。健人と心羽の言葉選びが完璧です。エモい描写のプロなのですか…？モルはこういうの大好物です。評価が【C】なのはシンプルに、ここまで未来のことだとまだ創れていない部分が多すぎて、このラストに至るまでの経緯が未確定だからです。評価は項目の進捗度合いといったニュアンスが強いので、モルが採用したいアイデアだと思った時点で【D】はないけれど、この未来を物語に組み込むためには二人でもっと創っていかないとね…！//お待たせしましたモル。ギルです。
No.1のアバンを好評いただいてたものに戻しつつ改修してみてます。
と同時にちょっと思いがあって、最初の導入をリュミエ視点から始めてみてますが…マズかったら教えてください。
後は提案してくたような、エクリプスサイドの書き込みか辻褄合わせと、
ネーゲルの存在を加えたものにしようと思ってます。
モルの思いにも応えるように頑張ってみようと思うので、またできる時に思いを伺えたら…