モルの手記①(没)

没案になります。ただ消すには惜しいので供養です‪w

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はじめて地球に来た頃は右も左もわからなかった。できれば来る前にこの世界のことについて予習をしておきたかったけれど、あの時の私にそんな猶予は残されていなかった。
ここで暮らす人々は魔法を知らなかったが、熱エネルギーの他に電磁力(一般にはよく電気と呼ばれる)を制御し、魔法をも凌駕しうる大規模な文明を築いていた。電気の力は凄まじく、街中に立ち並ぶ箱型の巨大な建造物(ビルというらしい。家と呼ぶにはあまりに大きすぎるので表現に困った)の側面から、電気によって作られた光がドット状に漏れだし、夜になると星空を人の手で作ったかのような光景が広がる。ほかにも、ケータイと呼ばれる板状の小道具なんかは明らかに魔導術を用いたものに見えたが、この薄い金属板から魔力を感じることはなかった。電磁力をエネルギーとして利用する文明は他にも見たことがあったけれど、ここまで来るともはや魔法と区別がつかない。そう思っていたのだが、のちに魔法と違い電気は生まれや血筋に関係なく誰でも扱える素晴らしいエネルギーだということに気付いた。
エクリプスに侵略され、滅亡の危機にあったルクスカーデンでは父のエドウィン王に次いで2番目に魔法力のある私はその身を追われており、緊急避難という体でしばらくの間地球で過ごすことになった。緊急避難というからには、それだけ危険な戦いが起こったといえる。しかし当時の私はどんな脅威も打ち破ってきた父に絶対の信頼をおいており、今回の戦いでもきっと勝利を収めて迎えに来るだろうと信じて疑わなかった。
とはいっても、私だってただ待つだけでは飢え死にしてしまう。とりあえず生きていくために、魔法を封印してここの人間たちの暮らしに馴染むことにしたのだが、ひとつ問題があった。
人を年齢で「大人」「子ども」と区別するのはどの文明でもよくある話だが、この国は特に「子ども」にかけられた制限が多く、子どもという身分では空腹のひとつすら満たすことができなかった。
そこで私は年齢を偽って働こうとしたが、当時の外見ではどうやっても子供にしか見えない上、働くにはそもそも身分証明というものが必要で(当然来たばかりの私にそんなものはない)、不審に思われた結果この国の治安維持組織に捕まり、答えづらい様々な質問をされた挙句、児童養護施設に入れられてしまった。
児童養護施設は名の通り家庭のない子どもを保護する施設で、国がそのような施設を設けていると知ったときは感心した。が、そもそも私は異世界からの来訪者であり、児童養護施設は場違いにもほどがあった。
ここでは最低限の衣食住は保証されたのだが、ひとつ外へ出るのにも保護監督者の許可や付き添いが必要で、身柄を拘束されているようなものだった。厳しい規則はうっかり破ってしまうことも多く、私は問題児扱いされた。私はまだ未熟なところも多いが、それでも「聞き分けのない子ども」扱いされるのだけは厭だった。
話の合う友達もおらず、施設での私は肩身の狭い思いをしていた。まあルクスカーデンが安全になれば父上が迎えに来てくれるだろうから、それまで少しの時間つぶしであれば異文化交流の一環として悪くはないか、と最初は楽観視していたのだが、父上が迎えにくる気配は一向にない。
2週間も連絡のない状態が続き、早くもルクスカーデンが恋しくなってしまった。私はホームシックなこの時間を、本を読むことで誤魔化していた。本棚がある部屋の隅は私の定位置となり、自由時間はいつもここで独り読みふけっていた。外へは出れなかったものの、本を通して私はこの星の人々の様子を知ることができた。ときどきわからない単語が出てきたら、全てメモし担当職員の桜庭さんに質問していた。そうして最初の1ヶ月はなんとか乗り切ることができた。
この桜庭さんと出会ったことが最初の転機だった。私は本のことや人間のこと、世の中のことなど本当に様々な質問を問いかけたのだが、桜庭さんは全て丁寧に答えてくれた。なにより彼は私を「聞き分けのない子ども」ではなく、「一人の対等な人間」として扱ってくれた。当時の私は身元不明、無戸籍、記憶喪失と3重に厄介な問題を抱えていた(正しくは異世界からの来訪者なのでどれも間違っている)のだが、身分証明のしかたや戸籍のとり方についても親切に教えてくれたし、桜庭さんの全面的な協力によりなんと名前をもらい、戸籍を登録できてしまった! おかげで活動の幅がぐっと広がったのはいうまでもない。
それから程なくして、第二の転機が訪れた。私を養子にとりたいという初老の夫婦が現れたのだ。どうやら桜庭さんとの縁で私を知ったらしく、因果関係はわからないけれど、上述の手続きをしてくれたのはそういう事情があったからなのかもしれない。どっちにせよ、この牢獄のような場所からいよいよ出られるという事実はとても嬉しかった。燎星という名の夫婦はここから少し離れた朝憬市という町に住んでおり、私は新たな生活を始めることになる。
朝憬市はこれまでいた所ほど発展してはいないようで、そびえ立つビル群はなく、大きな建物はせいぜい5~6階のデパートやマンションぐらい。風を遮る構造物がないため、海と山に挟まれた碧色の中を爽やかな風が吹き抜ける。晴れていることが多く、夜になると星空が浮かび上がる。都会にいた頃は地上が明るすぎて月以外の星は肉眼じゃ見えなかったから、はじめて朝憬市の夜空を見上げた時は思わず涙が溢れた。ビル群からなる夜景も綺麗ではあったが、ルクスカーデンの夜空を想起させる美しい星空はいつだって心を落ち着かせてくれた。
養親となった燎星夫妻はとても親しみのある方で、私を本当の娘のように扱い、毎週のように街の色々な建物や風景を紹介してくれた。中でも特に印象的だったのは天文台に併設された展望デッキ。繁華街の中心広場を少し登った丘の上に位置するこの展望デッキは、朝憬市のほぼ全域と前方に広がるの太平洋を一望できるにも関わらず、天体観察時には街の光が邪魔をしないという絶妙な立地にあり、昼と夜とそれぞれ違った景色で魅せてくれる。今でも週に一度は訪れるお気に入りの場所。
そして、燎星夫妻の養子となったことで便宜上の名前だった桜庭心羽から正式に燎星心羽となり、戸籍もできたためついに学校に通えるようになった。学校は本当に楽しい場所で、気の合う同年代の友達もできたし、本で見るだけだった世界を実際に味わうことができた。
朝憬市は驚くほど素敵な街で、お父様が私を避難させるにあたってこの星を選んだ理由がやっとわかった気がした。そして私はこの街のことをもっと知りたいと思うようになった。そのことを燎星夫妻に伝えたところ、月に一度開かれる地域の座談会へ連れて行ってくれるようになった。
座談会とは言っても、主に個人経営を営む人々が参加する商業的な座談会だったが、参加は誰でも自由であり、何かしらの楽しい企画を用意されていることが多かった。そのため子連れの経営者の姿もあったりした。大体いつも10人から20人程度の集いで、私は全員から暖かく迎えられた。私はこの場で街の人々の優しさや熱意を知り、友達のように気軽に関われる知り合いも増えた。また、街のイベントやセールなどの情報、商業的な話題も多いため必然的にお金の流れや資産運用の知識もついていった。この知識はひとり暮らしを始める際にとても役に立った。
朝憬市での生活はとても豊かで楽しいものだったが、それでも故郷のことを忘れられた日はなかった。ルクスカーデンからは未だに音沙汰はなく、半年も待ち続けた当時の私はいよいよなにかがおかしいと感じ始める。
そこで当時10歳の私は図書館や天文台に通いつめ、有識者に根掘り葉掘り質問し、文献を漁り、ルクスカーデン王国のことやエクリプスにまつわる情報を求めてひたすら探し回った。しかし、この星では私のような異世界人はUMAや宇宙人として語られ、人々はそれを都市伝説やおとぎ話、いわばあやふやな存在として扱う。科学的根拠に基いた書物はほぼなく、

END

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