No.1 1/4 (Update) 【B】 version 11
No.1 1/4 (Update)
2020年7月19日。その日も朝憬市(あかりし)の人々は、彼らにとっての日常を送っていた。そこに混在する幸福も悲哀も関係なく、その日も世界に陽は上り、時間の経過と共に沈んでいく。人間が自分の世界や生き方に意味を求めるようになる以前から、世界はそういうものだった。しかし、朝憬市に影のように潜む“ある異形の存在”は、主に人間というものを“世界のあらゆるものに意味づけをし、またそれを着飾る存在”と解釈し、またそんな人間により飾り付けられた世界を”ただの餌場”と感じていた。
2020年7月19日。その日も朝憬市(あかりし)の人々は、彼らにとっての日常を送っていた。そこに混在する幸福も悲哀も関係なく、その日も世界に陽は上り、時間の経過と共に沈んでいく。人間が自分の世界や生き方に意味を求めるようになる以前から、世界はそういうものだった。しかし、朝憬市に影のように潜む“ある異形の存在”———その多くは、主に人間というものを“世界のあらゆるものに意味づけをし、またそれを着飾る存在”と解釈し、またそんな人間により飾り付けられた世界を”ただの餌場”と感じていた。
朝憬駅前中央通り、大規模交差点を黒いゴシック系の出で立ちで歩く、若い男女の姿があった。灼熱の日差しと熱されたアスファルトから昇る茹だるような暑さの中、汗一つかくことのないその様相。周囲を通り過ぎる人間は、皆この男女を怪訝に思いながらも、その周囲を通り過ぎていく。またこの二人の纏う黒い礼服とドレスもそうだが、その陶器のように白い肌とのコントラスト、そしてその虚ろな眼差しが、彼らの異様さを強く演出していた。そのため彼らから少し距離が離れると、小声で「なにアレ?やばくない?」と危機感を示す者や、或いは「キモいんだけど、ウケる」と嘲笑する者、或いは未然に近寄らないように歩く者など、人々は種々の反応を示す。だが男女はそれに何の興味も感慨も示さず、やがて交差点の中央で立ち止まった。男の方が薄笑いを浮かべる。女の方は人形のような無表情と沈黙を守ったままだ。そのうち女が男に問う。
「…獲物ハ、決まっタか?」
「…今嗤ッた奴ラと…あア、全員だ」
男は掛けていたスクエア型の眼鏡を上げて言った。見開かれた眼の全てが黒く染まる。
女はチョーカーのついた自身の首元を撫でると、やはりその目が全て黒く染まった。
「なラ…始めヨう」
「アあ…早クやろウ」
男女の身体を黒い靄が包み、その姿が異形の存在へと変わっていく。男の頭部には鋭く釣り上がった双眼が伸び、その変化した剛腕には矢じりの付いた大鎌を携える。その姿はどこかカマキリを想起させた。女は右腕がバラの蕾を模した槍へと変化し、赤黒い姿に花びらを想起させる衣装を纏う。
瞬間その傍にいた人々は皆、この異形二体から距離を取る。だが一部の人間は、スマートフォンのカメラ機能で彼らを撮影しようとした。響いたシャッター音の先にいた茶髪の若者に向けて、女の異形が歩みを寄せる。
「すげえ、何かの撮影?俺そういうの昔観て…」
「煩わシイ羽虫だ」
そう告げると、すぐに威嚇してきた若者の「あぁ?」という強い語気を尻目に、女の異形が花の槍で若者の脇腹を貫いた。その血液が横断歩道のアスファルトをより赤黒く染める。周辺の人間の悲鳴が響き渡るのを合図に、伏していた他の異形の者たちがその姿を現し、無差別に人を襲い始めた。人の言葉で“エクリプス”と自身らを呼称するこの奇妙な存在は、こうして数を増やしてきた。その様を形容するならば、さながら悲劇と絶望の具現。これらは人の世ではありふれた言葉であるが、であるが故にどこにでも存在し、その数を増やしてきた。
———悲劇や絶望は、何処にでもある《エクリプスは、どこにでもいる》———
方々から逃げる人たちの慌てふためく声が響く。朝憬駅周辺はパニック状態にあった。そんな中にあって、交差点の北東と南西から、それぞれ逃げ行く人の波に逆らい、先の交差点に向けて走る赤髪の少女と、青年の姿があった。少女はブレザーを靡かせ駆けながら、あるキーワードたる呪い(まじない)を詠唱し、ブレスレットのついた左手首を胸元に寄せ、鳥を象った赤い宝石に右手で触れる。一方青年は懐のネックレスを取り出した。駆けながらそこに結ばれた天体を模したキーホルダーを握る。その時二人の身体から光が発し、その構成が変わっていく。少女の髪は更に燃えるような紅となり、薄紅と深紅で彩られた羽衣を魔法による神秘と纏った。ブレスレットに象られた鳥は、そこから炎とともに飛び出し、少女の傍らを飛ぶ。青年の姿もまた白銀の鎧姿へと変わった。腰に翼を宿して刀を差し、烏を思わせるも白い相貌を左顔面に有していた。
そのまま二人は走りゆく中で下級エクリプスを薙ぎ払い、司令塔たる先のカマキリとバラの二体の暴れる交差点にたどり着くと、今まさに逃げ遅れた人を手にかけようとしている二体を阻止すべく、攻撃を仕掛けた。
「プロミネンスシュート!」
その背に翼を宿して飛翔した少女が、携えた弓矢に炎の魔法を付与し、バラに向けてその矢を放つ。
「はああぁぁ!」
同時に白銀が跳躍しながら携えた太刀を抜き、カマキリに切りかかった。二体は瞬時に矢と剣戟の直撃を避けるべく防御態勢を取る。間髪入れずに少女が声を張った。
「早く逃げて!」
「あ…」
すぐそこまで迫っていた脅威に対し、逃げ遅れた人は未だ身を竦ませる。だが彼に攻撃が向かうことは、白銀の剣戟と少女に続く火の鳥が許さなかった。
「よそ見か、おい!」
「ちィッ!」
白銀の太刀とカマキリの大鎌が打ち合い、互いの閃きと体躯が舞う。燃焼と共に突撃した火の鳥の翼がバラの身体を打つも、赤と黒に彩られたドレスがそれを防ぐ。そこから花びらが散ると、宙を舞って散弾銃のように撃ちだされた。それを迎え撃つように少女が右手を翳して炎の弾丸を連射する。弾丸と花びらとが互いを相殺し、またこの二つが交差する。
「…っ!」
「…ウうッ!」
交差した弾丸のいくつかは互いに命中し、その身体をよろめかせる。宙を舞っていた少女が落下するところに、カマキリの大鎌が獲物を捉えんと迫った。瞬間、その身に宿る雷を身体の活動電流と変換し、その強靭となった肉体を加速させた白銀が、大鎌の一閃を先んじて防ぐ。太刀と大鎌は互いを払い、薙ぎ、突く。躱し、防ぎ、翻る。そうして二つの閃きは衝突し、迫り合った。両者の眼が間近で互いを見据える。
「招かレザる客ダ、去ネ。」
「はっ、人間みたいなこと抜かすなよクソ虫が」
瞬間、火の鳥の羽ばたきが起こした炎の風が、白銀とカマキリの応酬に割って入った。二者はそこから跳び退る。同時に体勢を立て直し、魔力を溜めていた少女が叫んだ。
「下がってリーン!…この街に手出しはさせない!」
赤々とした炎の魔力の奔流が彼女を中心に渦を巻き、その身体が合流した火の鳥と共に跳躍する。火の鳥の焔が少女に合一し、彼女の右脚に宿った。そこから渾身の蹴撃が放たれる。
「メテオフレアウィング!」
「抜かセぇ!」
すかさずバラの左腕が放つ茨の鞭がその蹴撃を阻止せんと伸縮するも、鋭い雷光と共に加速する白銀―――リーンの刀が瞬時にそれを斬り捌いた。
「リュミエ!」
「やああぁぁ!!」
叫ぶリーンの頭上を通り過ぎる少女―――リュミエによる炎の蹴撃とカマキリの抵抗の一閃がぶつかり、戦場に閃光が走った。
「人間風情ガぁァァ!」
互いの攻撃による衝撃が、両者の身体を弾き飛ばす。宙に翻りながら、何とか着地したリュミエをリーンが支える。
「大丈夫?」
「うん、だけど…」
そう返答しながらリュミエが見据えた先には、ダメージを負いながらもこちらを睨みつけるカマキリとバラの異形の姿。
「…しぶといな…」
「まだ、いける…?」
未だエクリプスに挑まんと前に進むリーンを気遣いながら、不安げな表情を浮かべるリュミエ。本心は危機感を抱きつつあるのはリーンも同じだった。だが彼女に対してだけは、彼は一つだけ”やせ我慢”をする。
「君の前では、できるだけ強くあると決めてここに来た」
振り向きながら応える人としての右顔。リュミエはその向こうにある目を綺麗だと思った。そこには自分のことを慮ってくれる優しさがあったから。だからこそ―――
「うん、信じるよ」
彼女もその意思に対して静かに、しかし力強く返答する。そうして二人は眼前の敵を見据えた。その様をカマキリは鼻で嗤い、バラは淡々と口火を切る。
「早ク我々を止めネば同族が死ヌぞ?」
「オマエたちの正義とヤラはそれヲ許スのか?」
嘲笑と共に、リュミエとリーンを揶揄する異形たち。生きる者の幸せを何だと思っているのか…リュミエが怒りと焦りに表情を歪ませる。リーンはそんな彼女を一瞬見やり、視線を二体に戻すと一言告げた。
「殺される奴が語る正義なんてねえだろ、死ねよ」
静かであったが渇いた狂乱が宿ったその言葉は、エクリプスらの動きを一瞬止めた。リュミエさえも不意に戦慄し、その瞳が震える。先にリーンに感じた綺麗な表情は異形の烏としての左顔からは見られなかった。
「なニ?」
「正義なんて便所に棄ててんだよこちとら…お前らクソどももそうしてやるつってんだ」
嗚呼、この本来優しい人が覗かせる、この慟哭めいた表情は何なのだろうか―――リュミエの胸中はその心を思う憂いに揺れ、痛みに疼いた。
2020年7月19日。その日も朝憬市(あかりし)の人々は、彼らにとっての日常を送っていた。そこに混在する幸福も悲哀も関係なく、その日も世界に陽は上り、時間の経過と共に沈んでいく。人間が自分の世界や生き方に意味を求めるようになる以前から、世界はそういうものだった。しかし、朝憬市に影のように潜む“ある異形の存在”———その多くは、主に人間というものを“世界のあらゆるものに意味づけをし、またそれを着飾る存在”と解釈し、またそんな人間により飾り付けられた世界を”ただの餌場”と感じていた。
朝憬駅前中央通り、大規模交差点を黒いゴシック系の出で立ちで歩く、若い男女の姿があった。灼熱の日差しと熱されたアスファルトから昇る茹だるような暑さの中、汗一つかくことのないその様相。周囲を通り過ぎる人間は、皆この男女を怪訝に思いながらも、その周囲を通り過ぎていく。またこの二人の纏う黒い礼服とドレスもそうだが、その陶器のように白い肌とのコントラスト、そしてその虚ろな眼差しが、彼らの異様さを強く演出していた。そのため彼らから少し距離が離れると、小声で「なにアレ?やばくない?」と危機感を示す者や、或いは「キモいんだけど、ウケる」と嘲笑する者、或いは未然に近寄らないように歩く者など、人々は種々の反応を示す。だが男女はそれに何の興味も感慨も示さず、やがて交差点の中央で立ち止まった。男の方が薄笑いを浮かべる。女の方は人形のような無表情と沈黙を守ったままだ。そのうち女が男に問う。
「…獲物ハ、決まっタか?」
「…今嗤ッた奴ラと…あア、全員だ」
男は掛けていたスクエア型の眼鏡を上げて言った。見開かれた眼の全てが黒く染まる。
女はチョーカーのついた自身の首元を撫でると、やはりその目が全て黒く染まった。
「なラ…始めヨう」
「アあ…早クやろウ」
男女の身体を黒い靄が包み、その姿が異形の存在へと変わっていく。男の頭部には鋭く釣り上がった双眼が伸び、その変化した剛腕には矢じりの付いた大鎌を携える。その姿はどこかカマキリを想起させた。女は右腕がバラの蕾を模した槍へと変化し、赤黒い姿に花びらを想起させる衣装を纏う。
瞬間その傍にいた人々は皆、この異形二体から距離を取る。だが一部の人間は、スマートフォンのカメラ機能で彼らを撮影しようとした。響いたシャッター音の先にいた茶髪の若者に向けて、女の異形が歩みを寄せる。
「すげえ、何かの撮影?俺そういうの昔観て…」
「煩わシイ羽虫だ」
そう告げると、すぐに威嚇してきた若者の「あぁ?」という強い語気を尻目に、女の異形が花の槍で若者の脇腹を貫いた。その血液が横断歩道のアスファルトをより赤黒く染める。周辺の人間の悲鳴が響き渡るのを合図に、伏していた他の異形の者たちがその姿を現し、無差別に人を襲い始めた。人の言葉で“エクリプス”と自身らを呼称するこの奇妙な存在は、こうして数を増やしてきた。その様を形容するならば、さながら悲劇と絶望の具現。これらは人の世ではありふれた言葉であるが、であるが故にどこにでも存在し、その数を増やしてきた。
———悲劇や絶望は、何処にでもある《エクリプスは、どこにでもいる》———
方々から逃げる人たちの慌てふためく声が響く。朝憬駅周辺はパニック状態にあった。そんな中にあって、交差点の北東と南西から、それぞれ逃げ行く人の波に逆らい、先の交差点に向けて走る赤髪の少女と、青年の姿があった。少女はブレザーを靡かせ駆けながら、あるキーワードたる呪い(まじない)を詠唱し、ブレスレットのついた左手首を胸元に寄せ、鳥を象った赤い宝石に右手で触れる。一方青年は懐のネックレスを取り出した。駆けながらそこに結ばれた天体を模したキーホルダーを握る。その時二人の身体から光が発し、その構成が変わっていく。少女の髪は更に燃えるような紅となり、薄紅と深紅で彩られた羽衣を魔法による神秘と纏った。ブレスレットに象られた鳥は、そこから炎とともに飛び出し、少女の傍らを飛ぶ。青年の姿もまた白銀の鎧姿へと変わった。腰に翼を宿して刀を差し、烏を思わせるも白い相貌を左顔面に有していた。
そのまま二人は走りゆく中で下級エクリプスを薙ぎ払い、司令塔たる先のカマキリとバラの二体の暴れる交差点にたどり着くと、今まさに逃げ遅れた人を手にかけようとしている二体を阻止すべく、攻撃を仕掛けた。
「プロミネンスシュート!」
その背に翼を宿して飛翔した少女が、携えた弓矢に炎の魔法を付与し、バラに向けてその矢を放つ。
「はああぁぁ!」
同時に白銀が跳躍しながら携えた太刀を抜き、カマキリに切りかかった。二体は瞬時に矢と剣戟の直撃を避けるべく防御態勢を取る。間髪入れずに少女が声を張った。
「早く逃げて!」
「あ…」
すぐそこまで迫っていた脅威に対し、逃げ遅れた人は未だ身を竦ませる。だが彼に攻撃が向かうことは、白銀の剣戟と少女に続く火の鳥が許さなかった。
「よそ見か、おい!」
「ちィッ!」
白銀の太刀とカマキリの大鎌が打ち合い、互いの閃きと体躯が舞う。燃焼と共に突撃した火の鳥の翼がバラの身体を打つも、赤と黒に彩られたドレスがそれを防ぐ。そこから花びらが散ると、宙を舞って散弾銃のように撃ちだされた。それを迎え撃つように少女が右手を翳して炎の弾丸を連射する。弾丸と花びらとが互いを相殺し、またこの二つが交差する。
「…っ!」
「…ウうッ!」
交差した弾丸のいくつかは互いに命中し、その身体をよろめかせる。宙を舞っていた少女が落下するところに、カマキリの大鎌が獲物を捉えんと迫った。瞬間、その身に宿る雷を身体の活動電流と変換し、その強靭となった肉体を加速させた白銀が、大鎌の一閃を先んじて防ぐ。太刀と大鎌は互いを払い、薙ぎ、突く。躱し、防ぎ、翻る。そうして二つの閃きは衝突し、迫り合った。両者の眼が間近で互いを見据える。
「招かレザる客ダ、去ネ。」
「はっ、人間みたいなこと抜かすなよクソ虫が」
瞬間、火の鳥の羽ばたきが起こした炎の風が、白銀とカマキリの応酬に割って入った。二者はそこから跳び退る。同時に体勢を立て直し、魔力を溜めていた少女が叫んだ。
「下がってリーン!…この街に手出しはさせない!」
赤々とした炎の魔力の奔流が彼女を中心に渦を巻き、その身体が合流した火の鳥と共に跳躍する。火の鳥の焔が少女に合一し、彼女の右脚に宿った。そこから渾身の蹴撃が放たれる。
「メテオフレアウィング!」
「抜かセぇ!」
すかさずバラの左腕が放つ茨の鞭がその蹴撃を阻止せんと伸縮するも、鋭い雷光と共に加速する白銀―――リーンの刀が瞬時にそれを斬り捌いた。
「リュミエ!」
「やああぁぁ!!」
叫ぶリーンの頭上を通り過ぎる少女―――リュミエによる炎の蹴撃とカマキリの抵抗の一閃がぶつかり、戦場に閃光が走った。
「人間風情ガぁァァ!」
互いの攻撃による衝撃が、両者の身体を弾き飛ばす。宙に翻りながら、何とか着地したリュミエをリーンが支える。
「大丈夫?」
「うん、だけど…」
そう返答しながらリュミエが見据えた先には、ダメージを負いながらもこちらを睨みつけるカマキリとバラの異形の姿。
「…しぶといな…」
「まだ、いける…?」
未だエクリプスに挑まんと前に進むリーンを気遣いながら、不安げな表情を浮かべるリュミエ。本心は危機感を抱きつつあるのはリーンも同じだった。だが彼女に対してだけは、彼は一つだけ”やせ我慢”をする。
「君の前では、できるだけ強くあると決めてここに来た」
振り向きながら応える人としての右顔。リュミエはその向こうにある目を綺麗だと思った。そこには自分のことを慮ってくれる優しさがあったから。だからこそ―――
「うん、信じるよ」
彼女もその意思に対して静かに、しかし力強く返答する。そうして二人は眼前の敵を見据えた。その様をカマキリは鼻で嗤い、バラは淡々と口火を切る。
「早ク我々を止めネば同族が死ヌぞ?」
「オマエたちの正義とヤラはそれヲ許スのか?」
嘲笑と共に、リュミエとリーンを揶揄する異形たち。生きる者の幸せを何だと思っているのか…リュミエが怒りと焦りに表情を歪ませる。リーンはそんな彼女を一瞬見やり、視線を二体に戻すと一言告げた。
「殺される奴が語る正義なんてねえだろ、死ねよ」
静かであったが渇いた狂乱が宿ったその言葉は、エクリプスらの動きを一瞬止めた。リュミエさえも不意に戦慄し、その瞳が震える。先にリーンに感じた綺麗な表情は異形の烏としての左顔からは見られなかった。
「なニ?」
「正義なんて便所に棄ててんだよこちとら…お前らクソどももそうしてやるつってんだ」
嗚呼、この本来優しい人が覗かせる、この慟哭めいた表情は何なのだろうか―――リュミエの胸中はその心を思う憂いに揺れ、痛みに疼いた。