No.3 2/4 version 2
白紙のページNo.3 2/4
「けん…私もどうしたらいいかは、多分わからない。ごめんね…でもこれだけは覚えておいて…何があっても、私はけんの味方」
母から電話の結びとして、そう語りかけられると共に、心が抱擁されたような思いになる。同時にそれをさせてしまった悔しさに、健人は再度泣きそうになった。だがそんな息子の心に「でもね…」と言葉を繋いで、純子は今少し言葉を紡ぐ。
「けんは、けんの味方をして。健人は私の分身…でも健人をやってるのは、あなただけだから」
「…うん」
真っすぐ、自分に向けられた真摯な言葉。健人もまた、しっかりとその言葉を受け止め、応える。応えながら、ふと思う。やっぱこの人は、”真実”を知ったら今の俺と同じような思いをするだろう。
「健人が健人として、どう生きていくかは…健人が見つけてあげるしかないけど、それが見つかるまで、私は一緒にいようと思ってるよ」
ただそれは、俺が怪物みたいな身体にでも、そうでなくても同じなんだ。
「健人は、今どうしたい?」
それなら俺がこの人の思いに応えるためにも、やることは決まってる。
「今からでも…なれるかな?母さんみたいに。母さんに、安心してもらうためにも」
「なれるよ、健人は私の分身だから」
その時部屋のカーテンの切れ間から健人の目に、夕焼けの光が射した。その光に、純子が夕焼けの景色が好きだったことを思い出す。
「ありがとう、やれるだけやってみる」
その言葉と共に、実家には今しばらく帰らない旨を伝えて電話を切った。切ったと同時に、健人は覚悟を決めた。たとえ元から息苦しい、無力な人間モドキであっても、身体は異形に変わってしまった存在であっても、この心は純子の息子、そして分身として——
俺は、俺の”人間”を取り戻す——。
翌4月23日午後1時。花森健人の姿は英道大学の校門前にあった。方々で学生たちが談笑する声や提出課題についてぼやく声が聞こえる。そんな中、健人は芝生の植えられた校庭を通り抜け、そのまま東棟二階の隅に位置する小教室に向かった。外に面する廊下から、健人が小教室の戸を開けると、先日と同様に教室内の机と椅子に腰かけた横尾和明が顔を上げる。机には例のごとく怪事件に関する資料だろう、ファイルや書類などが置かれていた。
「あ…えっと…」
「電話、ありがとう」
言葉に詰まる健人に、和明が言った。純子との電話の後、健人から和明に連絡を入れ、「改めて怪事件の調査を行いたい」ことを申し入れた。和明は驚きながらもそれを受け入れ、現在こうして対面している。しかし、互いに話をどう切り出すかに迷った。
「…あんなことになって、俺は花森に何て言っていいかわからない」
「いや…」
話の先端を開いた和明の言葉に対し、健人は改めて先日の夜のことを冷静に考える。和明は不透明な状況下において、互いを守るためにあのような対処を取った。結果的には最善でさえあったかもしれない。そう反芻するうちに、和明が言葉の続きを紡ぐ。
「花森が抱えている事情もあると思うし、俺が抱えている事情もある。ただ、もし…連絡くれたみたいに、花森が協力しようと思ってくれるなら…俺も君に協力する。約束する」
その言葉と眼鏡の向こうには、真摯な思いを持った人間の熱が籠っているように、健人には見えた。だから健人もその熱に自分の決意を以って返答する。
「横尾の事情に何ができるかなんて、自信はないけど…ただ、取り戻したいものがあるんだ。だから、協力し合えるなら協力する。俺も約束だ」
その言葉に、和明は静かに頷いた。
「わかった。じゃあ…情報共有しよう」
その呼びかけを受けて、健人は廊下から小教室の中に入った。
「それで、これからどうやって怪事件を調べるんだ?」
和明の座る机の対面に、椅子を向けながら健人が聞いた。
「実は、前から一つ気になってたことがあるんだ」
そう語ると、和明は両手を自身の前で組み、調査にあたって注目している点を述べ始める。
「怪物が人を襲うのが、通り魔的なものなのか、理由があるものなのか、或いはそれら以外か…それが今も資料を見てて、それが漠然と気になっててさ」
「でも、俺…あんな奴らに会ったのなんて、襲われた時だけだぞ」
言いながら健人は、烏や蜘蛛に襲われ、交戦した記憶を想起する。思い返したくはない混乱の記憶であるが、今後も遭遇する可能性がある以上、腹は括らねばならないだろう。そう思い直すと、健人は和明の話に再度意識を向けた。
「関係性や怨恨だけが人を襲う理由じゃない。何かメリットがあるとか、感情とかに根差すものなのか、俺たちとは違う存在としての理解しえない価値観があるとか」
「けん…私もどうしたらいいかは、多分わからない。ごめんね…でもこれだけは覚えておいて…何があっても、私はけんの味方」
母から電話の結びとして、そう語りかけられると共に、心が抱擁されたような思いになる。同時にそれをさせてしまった悔しさに、健人は再度泣きそうになった。だがそんな息子の心に「でもね…」と言葉を繋いで、純子は今少し言葉を紡ぐ。
「けんは、けんの味方をして。健人は私の分身…でも健人をやってるのは、あなただけだから」
「…うん」
真っすぐ、自分に向けられた真摯な言葉。健人もまた、しっかりとその言葉を受け止め、応える。応えながら、ふと思う。やっぱこの人は、”真実”を知ったら今の俺と同じような思いをするだろう。
「健人が健人として、どう生きていくかは…健人が見つけてあげるしかないけど、それが見つかるまで、私は一緒にいようと思ってるよ」
ただそれは、俺が怪物みたいな身体にでも、そうでなくても同じなんだ。
「健人は、今どうしたい?」
それなら俺がこの人の思いに応えるためにも、やることは決まってる。
「今からでも…なれるかな?母さんみたいに。母さんに、安心してもらうためにも」
「なれるよ、健人は私の分身だから」
その時部屋のカーテンの切れ間から健人の目に、夕焼けの光が射した。その光に、純子が夕焼けの景色が好きだったことを思い出す。
「ありがとう、やれるだけやってみる」
その言葉と共に、実家には今しばらく帰らない旨を伝えて電話を切った。切ったと同時に、健人は覚悟を決めた。たとえ元から息苦しい、無力な人間モドキであっても、身体は異形に変わってしまった存在であっても、この心は純子の息子、そして分身として——
俺は、俺の”人間”を取り戻す——。
翌4月23日午後1時。花森健人の姿は英道大学の校門前にあった。方々で学生たちが談笑する声や提出課題についてぼやく声が聞こえる。そんな中、健人は芝生の植えられた校庭を通り抜け、そのまま東棟二階の隅に位置する小教室に向かった。外に面する廊下から、健人が小教室の戸を開けると、先日と同様に教室内の机と椅子に腰かけた横尾和明が顔を上げる。机には例のごとく怪事件に関する資料だろう、ファイルや書類などが置かれていた。
「あ…えっと…」
「電話、ありがとう」
言葉に詰まる健人に、和明が言った。純子との電話の後、健人から和明に連絡を入れ、「改めて怪事件の調査を行いたい」ことを申し入れた。和明は驚きながらもそれを受け入れ、現在こうして対面している。しかし、互いに話をどう切り出すかに迷った。
「…あんなことになって、俺は花森に何て言っていいかわからない」
「いや…」
話の先端を開いた和明の言葉に対し、健人は改めて先日の夜のことを冷静に考える。和明は不透明な状況下において、互いを守るためにあのような対処を取った。結果的には最善でさえあったかもしれない。そう反芻するうちに、和明が言葉の続きを紡ぐ。
「花森が抱えている事情もあると思うし、俺が抱えている事情もある。ただ、もし…連絡くれたみたいに、花森が協力しようと思ってくれるなら…俺も君に協力する。約束する」
その言葉と眼鏡の向こうには、真摯な思いを持った人間の熱が籠っているように、健人には見えた。だから健人もその熱に自分の決意を以って返答する。
「横尾の事情に何ができるかなんて、自信はないけど…ただ、取り戻したいものがあるんだ。だから、協力し合えるなら協力する。俺も約束だ」
その言葉に、和明は静かに頷いた。
「わかった。じゃあ…情報共有しよう」
その呼びかけを受けて、健人は廊下から小教室の中に入った。
「それで、これからどうやって怪事件を調べるんだ?」
和明の座る机の対面に、椅子を向けながら健人が聞いた。
「実は、前から一つ気になってたことがあるんだ」
そう語ると、和明は両手を自身の前で組み、調査にあたって注目している点を述べ始める。
「怪物が人を襲うのが、通り魔的なものなのか、理由があるものなのか、或いはそれら以外か…それが今も資料を見てて、それが漠然と気になっててさ」
「でも、俺…あんな奴らに会ったのなんて、襲われた時だけだぞ」
言いながら健人は、烏や蜘蛛に襲われ、交戦した記憶を想起する。思い返したくはない混乱の記憶であるが、今後も遭遇する可能性がある以上、腹は括らねばならないだろう。そう思い直すと、健人は和明の話に再度意識を向けた。
「関係性や怨恨だけが人を襲う理由じゃない。何かメリットがあるとか、感情とかに根差すものなのか、俺たちとは違う存在としての理解しえない価値観があるとか」