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No.3 2/4
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「アハトが消えた」 そこは朝憬市内にあるとある廃墟ビルの一室。カイルスはかつて使われていたものであろうビジネス机の上に腰掛け、外に面した窓に背を預けるネーゲルに言った。時間は深夜、深い暗闇の中に人間の作った電気の灯りがポツポツと灯っている。その光景を見つめたまま、ネーゲルは無愛想に一言返した。 「殺されでもしたか?」 「可能性はある。誰かの失態のこともあるしな」 金髪に隠れつつ伏せられた目が、黒コートの長身を一瞥する。ネーゲルはそれを見返すことなく、その視線を夜景を向けたまま、不服さに鼻を鳴らした。 「目ぼしき場所に奴らを配置したのはお前だろう?」 ネーゲルはその言葉と共に、ようやくカイルスの方へ顔を向けた。暗い長髪が闇夜に溶けながら少し揺れる。カイルスはその様に対して眉を上げ、「何が言いたい?」と問いを返した。 「アハトが殺されたとして…それが”白鴉”によるものか、あの”魔女”によるものかは定かではない。しかしこれら敵対者らに殺されたとするなら、その対処を誤ったのはアハト自身と、貴様だ」 ネーゲルが淡々と告げたその言葉に、カイルスは眉を吊り上げたまま動かず沈黙した。 「大方俺の話に基づき、白鴉について探りを入れるための配置だったのだろう?それなら俺に事の責を擦り付けるな」 「何の話だ?」 カイルスがその金色の眼を光らせながら静かに言った。しかしネーゲルもまた素知らぬ顔でその圧力を躱す。 「重要なのは事への対処だ。俺への処断ならその後にいくらでもできるだろう?」 その言葉にカイルスは不服ながらも鼻を鳴らし「物は言いようだな」と一言だけ返す。そして背後の暗がりに立つ存在の名を呼んだ。 「ハートル」 暗がりの中から、そこにあって尚黒く光沢を放つ外皮。それを纏った女王アリの異形がその姿を現す。 「話は聞いていたな…アハトの穴はお前と兵隊たちが埋めろ。その上で敵の存在を探れ」 カイルスのその指示に応じ、女王アリ——ハートルは無言で一つ頷くと周囲の闇に姿を消した。それを一瞥した後、カイルスはネーゲルへと視線を戻す。ネーゲルはその背をもたれていた窓から起こすと、明け透けにも一言こう告げた。 「では、俺も出向くとしよう」 「いや、あんたは俺に付き合ってもらう…”召喚”だ」 瞬間、ネーゲルの表情が険しいものになった。その様にカイルスの目が嗤う。 「残念だったな、”白い半分”を取りに行けないで…だが召喚には応じないとな…?」 窘められるように言われたその言葉に、ネーゲルはその顔を歪めた。 翌4月23日午後1時。花森健人の姿は英道大学の校門前にあった。方々で学生たちが談笑する声や提出課題についてぼやく声が聞こえる。そんな中、健人は芝生の植えられた校庭を通り抜け、そのまま東棟二階の隅に位置する小教室に向かった。外に面する廊下から、健人が小教室の戸を開けると、先日と同様に教室内の机と椅子に腰かけた横尾和明が顔を上げる。机には例のごとく怪事件に関する資料だろう、ファイルや書類などが置かれていた。 「あ…えっと…」 「電話、ありがとう」 互いに話をどう切り出すかに迷う。それ故に言葉が詰まる健人に、和明が感謝を告げる形で話の先端を開いた。 純子との電話の後、健人から和明に連絡を入れた。和明の行動には確かに不可解な点があった。しかし単独で怪物の存在を突き止めるまで調査した、その意思は真剣なものだと理解できる。その上で健人は、「共に怪事件の調査を行いたい」と自身の意思を伝えた。電話の向こうから返ってきた声は驚いていたが、和明も健人の意思を受け入れ、現在こうして東棟の小教室で対面している。「順を追って、説明するよ」 そう言うと和明は、自身の事情を話し始めた。 「俺が怪物から逃げようとしなかったのは、奴らの行動を把握したかったからなんだ」 健人は静かに、その言葉に耳を傾けた。思えば初対面の時は怪物の話をしたが、今は互いのことを話している。ふとそう思った。 「こないだの蜘蛛があの学生を襲った時、彼は助からないと思った。だから、今後同じようなことがあった時に対処できるように、あの光景を焼き付けておくんだって考えたんだ」 「…実際殆ど助けられる状況じゃなかった」 自身が発した言葉と共に、健人も先の行動を反芻する。異形の白銀としての自身のコントロールがわからない以上、あの状況に介入することも困難だった。だがそう思って尚、その目は伏せられる。 「あの時見えた澱んだ何かは、多分人間の理解を超えたものだ。蜘蛛はそれを吸っているように見えたが、あれが何かは、俺もわからない」 一つ目の事情は理解できた。あと一つは察することができないでもないが、問いを続ける必要はある。健人はそれを切り出した。 「…警察に行けないのは、何で?」 そう聞いた瞬間、和明が右手の人差し指を立てて口元に寄せながら言った。 「静かに…戸を閉めて中に入ってくれ」 健人は言われてハッとした。こんなことを開けっぴろげで話してしまうなんて間抜けな話だ。健人は小教室に入って慌てて戸を閉める。 「単純な話だよ。怪事件の…怪物の被害者たちは、昏睡やその精神状態もあって公的な団体の人たちが保護しているけど、おそらくこの保護はそれだけの目的じゃない」 「…えっ」 話を再開した和明が語った推測は、推測でこそあるものの、話がより不穏になる印象を健人に抱かせた。 「市民の混乱…パニックを防ぐために情報統制してると思う。もちろん被害者たちが人道的でない扱いをされてるとは思わないし、思いたくないけどな…」 「根拠は?」 そんな言葉がすぐに健人の口から飛び出す。話としては分かるが、推測だ。それが事実であっても、納得できるものではない。まして推測なら…健人は容認しきれない思いをその表情に滲ませる。その表情を見た和明は、一瞬目を伏せ呼吸を整えると、ポツリと静かに根拠について語った。 「…去年、俺の彼女がこの怪事件に巻き込まれたんだ。彼女はすぐに保護として精神科に入院になった…」
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