10.書き換えと再構成 version 12

2024/01/14 08:16 by someone
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10.書き換えと再構成
早く、早くーー。足が縺れる。より強く変身したそれであっても、身体は重く倒れそうになる。しかし一秒でも早く中央塔へ辿り着かんと、健人は全速力で風よりも速く走った。
「ハッサン…!」
肩で息をしながら、小さく呟く友の名。止まるわけにはいかない。間に合わせるために、また失われる絶望に捕まらぬために。
「見えた…」
そうしてやがて、朝憬市中央塔をその眼に捉える。だがその時、健人は極限故かネーゲルの警告が聞こえず、また気付けなかった。上空からコウモリを思わせる姿をした影魔が、健人に向けて蹴撃を仕掛けてきたことに。
何が起きたのか、健人の脳は過負荷に状況把握ができない。ただ独りでに悲鳴を上げている自身がそこにいた。衝撃に舞う土埃の向こうには加えて四体、計五体の影魔の影。
「健人、俺が行ーー」
「あああぁぁぁーー!!」
ネーゲルの申し出より先に狂った叫びを上げて健人は五つの影目掛けて突撃した。だがその叫びはすぐに更なる悲鳴へと変わるのにそう時間はかからなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

朝憬市の上空を要人輸送用のヘリコプターが一機が飛んでいた。その中に座したゾルドーが目を開き、閣下とアゼリア、そしてその傍らの少年に告げる。
「中央塔にて動きがあった。エヴルアだ。正確には奴の影魔だが」
「ふむ、頃合いだな。間もなくこの国の"友人"も、機を見て戦士たちに指示を出すということだ」
「…どこまでがあなたの筋書き?バベル」
閣下ーーバベルの言葉に、アゼリアが眉を寄せて問いを投げ掛けた。
「エヴルアの裏切りは、まだ後と考えていたよ。これは流石に早いに過ぎる」
「愚策を超えて気が触れている」
口を挟んだゾルドーが冷たく言い放つも、バベルは悠然かつ淡々と現状に対する評価を続けて述べる。
「だが奇を衒い、我々を脅かすという点に関しては効果的ではある。おかげで大衆に我々の存在が完全に露呈しかねない」
そう言って僅かに肩を竦め、ため息を吐きながらもバベルの表情は未だ崩れることはなかった。
「それだけにアゼリア、君の策に助けられる」
「マッチポンプではあるけどね」
「なに、プロパガンダもマッチポンプも結構なこと。それが効果的なら使うまでの話だよ」
変わらず眉を寄せるアゼリア、憮然としたゾルドー。彼らの態度を察しながらも、バベルはどこかあっけらかんとさえしてそう告げる。
「ふふ、大人っぽい言い方だね。バベル」
そんな三者の雰囲気に対し、少年がにこやかに言った。
「私は大人だよ、ゼン」
バベルにそう窘められながらも、ゼンと呼ばれた少年は微笑を崩すことはなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

上坂蓉子は夜の繁華街に小型の暗視カメラを向けていた。パニックに陥った人々と、襲撃あった現場周囲を封鎖する警官隊。そして街の惨状をフィルムに納める。フラッシュはほぼ豆電球程度しか焚けず、また付近の建物から遠巻きにこれらを撮影することしかできない。警官達に制止され、そこから圧力を掛けられかねないリスクや、撮影データなどを検閲される可能性などは容易に想像できた。それ故の妥協案、苦肉の策だった。
だが本来なら確認できるだろう、倒れ伏した人の遺体が現場に見られない。それはこの妥協案やカメラの画素、画質などに因るものではないことを、蓉子は既に把握していた。そしてそれで犠牲者がゼロと言えるほど、気楽な話では到底ないことも。皆、苦痛と共にその生命を絶たれた。
遺体すら残らない彼らの存在の消失は、かえって言い様のない怖気を蓉子に抱かせる。
あの青年、花森健人は無事だろうか。あの場から飛び出していってしまった彼に、追い付くことは敵わなかった。今はせめてーー。
街で破壊行為が行われた物理的痕跡は多々見られた。ガラスの破片やコンクリートの瓦礫、アスファルトの陥没。そして災禍を逃れた目撃者たち。せめて残ったものだけも掬い上げる。そんな思いで彼女はシャッターを続けて切ったその時、ヘリコプターの羽根の音が頭上に響いた。カメラの接写モードで上空を凝視すれば、要人輸送用のヘリが朝憬市中央塔に向けて飛んでいる。
「この状況で、どうして…」
抱いた異質な印象、不可解な事実。それ故に自身の口からこぼれ出た言葉は、蓉子を中央塔へと駆り立てた。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

昏倒し、変身が解除された花森健人の身体は、二体の影魔によって中央塔内部5階のロビーの床に投げ出された。
「ご苦労」
事を為した五体の影魔達に一応の労いの言葉をかけ、夜景に目を向けていた黒コートが振り返った。そのまま倒れた健人に歩み寄る。
「やってくれたものよ、イレギュラー。貴様によって俺が力を与え、贄を喰わせた影魔が4体も失われた」
黒コートが指を鳴らす。それに応じるように、サイとシャチを思わせる影魔が健人の上体を強引に抱え上げ、そのまま両腕の動きを封じた。
「この代償をあの小僧で支払わせてもいいが、目的はあくまで貴様だ。そのブレスレットの力で、精々贖ってもらおうか」
そうして虚空から取り出した十字架の槍。彼はその切っ先で健人の頬を叩く。
「ほら、出てこいネーゲル。出番だろう、いつまでも渋っている場合か?そちらがそうなら…」
切っ先で叩く勢いが強くなる。そして次の瞬間黒コートが槍を振り上げ強く叫んだ。
「最早ここまでだなイレギュラー!!」
しかしそれと同時に振り下ろされた槍は、健人の周囲に舞う白銀の鎧によって防がれた。またブレスレットも強く輝き、青から赤へとその光を変えていく。
「ようもそう…ごちゃごちゃ舌が回るもんじゃ」
ネーゲルの人格の発露に、黒コートはその口角を上げた。そして彼もその身を悪魔の姿への変えていく。一連の事態にサイとシャチが花森健人の身体を押さえつける力を強めるも、強く発した"力"と宙を舞う鎧によって悪魔共々押し退けられ、そのまま怯まされる。
「喋りはこっちのお株よ。簡単に取らんでもらおうか!」
その隙に健人の身体は白銀の鎧を装着し、ネーゲルとして顕現した。

迫るサイとシャチに回し蹴りを見舞う。そしてすぐにこちらに向けて跳んできたコウモリの蹴り、そして悪魔の槍をトンファーで防いだ。間髪入れずにアネモネの影魔が繰り出した地を這う根が、ネーゲルを拘束せんと足下を蠢く。跳躍してそれを躱せば、背後に迫るは電気ウナギの影魔が雷撃の掌底を打ち込んできた。たまらずネーゲルが呻くも、追撃の手は止まない。6対1という多勢に無勢。しかしーー
「舐めるなやぁ!」
瞬時に両腕とトンファーに力を纏わせたネーゲルは錐揉み回転し、飛翔したコウモリと虚空を飛び魔弾を撃つアネモネの花弁を打ち落とした。すぐ続けてコウモリにトンファーから拳圧を放ち留めを刺す。だが崩れ落ちるコウモリに目をやる余裕はない。悪魔の放った炎が飛んでくるのを、ネーゲルは左のトンファーで防ぐも体制を崩した。その落下地点には肩にその角を宿したサイと鋭いヒレを持つシャチのタックル。角とヒレは辛うじてトンファーで防ぐも、二体の膂力に吹き飛ばされ、そのままガラスと共に中央塔から弾き出された。宙を浮遊することで落下することはない。だがそれは悪魔の方も同じ。斬撃と打つと共に空中で飛んで距離を詰めてきた悪魔にネーゲルが吠えた。
「初樹を返せば、お前らを吹っ飛ばさんとおいてやる!」
「それで交渉のつもりならお粗末にも程がある…あの小僧なら中央塔の最上階だ。まして貴様、地上の人間を巻き込むと?」
中央塔が落ちれば地上に被害が出るのは必然。ネーゲルは範囲の大きい技を封じられていた。しかし、次いでネーゲルの口から出てきたのは大きな溜め息だった。
「…マジで、舐められたもんじゃ」
瞬時に悪魔の急襲を弾き、そのまま彼を吹き飛ばす。だが黒い身体はその慣性に踏み留まりつつ塔の5階に舞い戻るが、そこには空中にいたはずのネーゲルの分身が4つ、光と共に現れた。
「それなら各個に」
「シバくだけよ」
「ほいじゃあ…」
「覚悟はええな?」
そう告げつつ4人のネーゲルが不意を突いて影魔達を即座に討つ。そして悪魔がそれを認知した瞬間には、空中にいたオリジナルのネーゲルは彼の眼前にあり、その鳩尾に一撃を叩き付け、そのまま力を強く放った。
「このクソエクリプスがぁ!」
4つの分身を自身に戻し、ネーゲルは倒れ込んだ仇敵に追撃する。だがその時だった。身体が、動かない。そのままネーゲルはロビーの床に倒れ込んだ。
「…!!クソ、こんな時に…!」
「どうやら、"時間"のようだな」
そこに迫るは十字架の槍。そして、自身を見下ろす異形の双眸。こちらの事情を既に見透かされていたことに、ネーゲルは自身の浅はかさを痛感した。だが、このまま誰のことも明け渡すわけにもいかない。自分も、宿主も。加えて宿主の支えたる友も。当初こそプロテクトとして宿主とブレスレットを優先したが、最早そんな融通は通せない。
「時間?何のことか…」
「抜かせ。貴様の力、俺には既に割れている。宿主たるイレギュラーの存在を貴様のカルナで貴様自身に"書き換え"、その後また宿主の存在を"再構成"する…」
「そんな器用なことがーー」
「それが可能な閾値、即ちネーゲルとして変身し活動できる限界は、およそ3分間…そういったところだろう?」
しかしその秘密があまりにも早く敵に把握されていたその事実は、最早ネーゲルと花森健人を手詰まりまで追い込んでいた。
「では貴様のカルナとイレギュラーを頂く」

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

"おい健人!このまま終わるわけにいかんじゃろ!!"

けたたましく誰かが叫んでいる。断ち消えていた意識がそれを理解こそしたものの、暗闇の中で動けない自分がいた。助けないといけない人がいるというのに、自分がこの有り様では話にならない。
やはり、何も出来ないか。幼少期から幾度も数えてきた諦観。そもそも自分が関わらなければ、こうはならなかったのではないか。
自分が親友とはいえ彼の事に半端に関わってきたことで、彼は悪魔に襲われたと言えないか?
元を辿れば確かに俺を事に誘ったのは友である彼だ。だが悪魔は俺を狙っていて、そのために友は命の危機に陥った。なら自分が何かする方が悪手になるのでは?無為、無常、無力、無力、無力。それならーー。
「もう、何もしない方が…」

"ーーそれだけがあなたじゃない。そんなこと認めさせたりしない"

その時確かに響いた言葉。自分を思ってくれたもう一人の親友。花森健人の中に在る大切な誰かの声が篝火となって、暗闇の中に一つ灯る。
「でも、俺にはあんな奴らと戦うなんて…できないよ」
"私の御守りが一緒に戦う。だからどうか、お友達とあなた自身を助けてあげて"
どういうわけかはわからない。その言葉がどうして今この状況で届いているのか。ただ、一つ言えることがあるとすれば、それはーー。
「いいの?」
"うん。あなたにならいいよ"
まだ、自分に留まって足掻く理由がある。今響くこの言葉が、あの人本人かはわからない。だが、手放しちゃいけない。友も、あの人と御守りも、自分も。
「…投げ出すわけにもいかないか」
「…尚更、投げ出すわけにもいかないか」
故に健人は諦観の微睡みから対峙すべき現実に引き戻された。

そして槍による刺突は遮られる。他でもない花森健人本人の手によって。
その右手からは血が滴り、今も十字架の槍が目の前に迫ってきている。一方で健人の目は血走っていた。目覚めたばかりにも拘わらず、極限状態の異様な拍動と高揚感が心身に満ちている。
そのまま槍を掴んだまま身を起こし、立ち上がった。尚も槍はその切っ先を震わせるも、持ち主である悪魔の腕力ではそれ以上先に進まず、また悪魔が虚を突かんと左手で殴りかかっても、健人は退かずに堪え続けた。
「貴様…どういうわけだ、これは…!」
「大体、ワケわかんねえんだよ…俺の友達に手を出しやがって!!」
その怒りと猛りを左足に乗せ、健人は悪魔を大きく蹴り飛ばした。      

早く、早くーー。足が縺れる。より強く変身したそれであっても、身体は重く倒れそうになる。しかし一秒でも早く中央塔へ辿り着かんと、健人は全速力で風よりも速く走った。
「ハッサン…!」
肩で息をしながら、小さく呟く友の名。止まるわけにはいかない。間に合わせるために、また失われる絶望に捕まらぬために。
「見えた…」
そうしてやがて、朝憬市中央塔をその眼に捉える。だがその時、健人は極限故かネーゲルの警告が聞こえず、また気付けなかった。上空からコウモリを思わせる姿をした影魔が、健人に向けて蹴撃を仕掛けてきたことに。
何が起きたのか、健人の脳は過負荷に状況把握ができない。ただ独りでに悲鳴を上げている自身がそこにいた。衝撃に舞う土埃の向こうには加えて四体、計五体の影魔の影。
「健人、俺が行ーー」
「あああぁぁぁーー!!」
ネーゲルの申し出より先に狂った叫びを上げて健人は五つの影目掛けて突撃した。だがその叫びはすぐに更なる悲鳴へと変わるのにそう時間はかからなかった。

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朝憬市の上空を要人輸送用のヘリコプターが一機が飛んでいた。その中に座したゾルドーが目を開き、閣下とアゼリア、そしてその傍らの少年に告げる。
「中央塔にて動きがあった。エヴルアだ。正確には奴の影魔だが」
「ふむ、頃合いだな。間もなくこの国の"友人"も、機を見て戦士たちに指示を出すということだ」
「…どこまでがあなたの筋書き?バベル」
閣下ーーバベルの言葉に、アゼリアが眉を寄せて問いを投げ掛けた。
「エヴルアの裏切りは、まだ後と考えていたよ。これは流石に早いに過ぎる」
「愚策を超えて気が触れている」
口を挟んだゾルドーが冷たく言い放つも、バベルは悠然かつ淡々と現状に対する評価を続けて述べる。
「だが奇を衒い、我々を脅かすという点に関しては効果的ではある。おかげで大衆に我々の存在が完全に露呈しかねない」
そう言って僅かに肩を竦め、ため息を吐きながらもバベルの表情は未だ崩れることはなかった。
「それだけにアゼリア、君の策に助けられる」
「マッチポンプではあるけどね」
「なに、プロパガンダもマッチポンプも結構なこと。それが効果的なら使うまでの話だよ」
変わらず眉を寄せるアゼリア、憮然としたゾルドー。彼らの態度を察しながらも、バベルはどこかあっけらかんとさえしてそう告げる。
「ふふ、大人っぽい言い方だね。バベル」
そんな三者の雰囲気に対し、少年がにこやかに言った。
「私は大人だよ、ゼン」
バベルにそう窘められながらも、ゼンと呼ばれた少年は微笑を崩すことはなかった。

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上坂蓉子は夜の繁華街に小型の暗視カメラを向けていた。パニックに陥った人々と、襲撃あった現場周囲を封鎖する警官隊。そして街の惨状をフィルムに納める。フラッシュはほぼ豆電球程度しか焚けず、また付近の建物から遠巻きにこれらを撮影することしかできない。警官達に制止され、そこから圧力を掛けられかねないリスクや、撮影データなどを検閲される可能性などは容易に想像できた。それ故の妥協案、苦肉の策だった。
だが本来なら確認できるだろう、倒れ伏した人の遺体が現場に見られない。それはこの妥協案やカメラの画素、画質などに因るものではないことを、蓉子は既に把握していた。そしてそれで犠牲者がゼロと言えるほど、気楽な話では到底ないことも。皆、苦痛と共にその生命を絶たれた。
遺体すら残らない彼らの存在の消失は、かえって言い様のない怖気を蓉子に抱かせる。
あの青年、花森健人は無事だろうか。あの場から飛び出していってしまった彼に、追い付くことは敵わなかった。今はせめてーー。
街で破壊行為が行われた物理的痕跡は多々見られた。ガラスの破片やコンクリートの瓦礫、アスファルトの陥没。そして災禍を逃れた目撃者たち。せめて残ったものだけも掬い上げる。そんな思いで彼女はシャッターを続けて切ったその時、ヘリコプターの羽根の音が頭上に響いた。カメラの接写モードで上空を凝視すれば、要人輸送用のヘリが朝憬市中央塔に向けて飛んでいる。
「この状況で、どうして…」
抱いた異質な印象、不可解な事実。それ故に自身の口からこぼれ出た言葉は、蓉子を中央塔へと駆り立てた。

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昏倒し、変身が解除された花森健人の身体は、二体の影魔によって中央塔内部5階のロビーの床に投げ出された。
「ご苦労」
事を為した五体の影魔達に一応の労いの言葉をかけ、夜景に目を向けていた黒コートが振り返った。そのまま倒れた健人に歩み寄る。
「やってくれたものよ、イレギュラー。貴様によって俺が力を与え、贄を喰わせた影魔が4体も失われた」
黒コートが指を鳴らす。それに応じるように、サイとシャチを思わせる影魔が健人の上体を強引に抱え上げ、そのまま両腕の動きを封じた。
「この代償をあの小僧で支払わせてもいいが、目的はあくまで貴様だ。そのブレスレットの力で、精々贖ってもらおうか」
そうして虚空から取り出した十字架の槍。彼はその切っ先で健人の頬を叩く。
「ほら、出てこいネーゲル。出番だろう、いつまでも渋っている場合か?そちらがそうなら…」
切っ先で叩く勢いが強くなる。そして次の瞬間黒コートが槍を振り上げ強く叫んだ。
「最早ここまでだなイレギュラー!!」
しかしそれと同時に振り下ろされた槍は、健人の周囲に舞う白銀の鎧によって防がれた。またブレスレットも強く輝き、青から赤へとその光を変えていく。
「ようもそう…ごちゃごちゃ舌が回るもんじゃ」
ネーゲルの人格の発露に、黒コートはその口角を上げた。そして彼もその身を悪魔の姿への変えていく。一連の事態にサイとシャチが花森健人の身体を押さえつける力を強めるも、強く発した"力"と宙を舞う鎧によって悪魔共々押し退けられ、そのまま怯まされる。
「喋りはこっちのお株よ。簡単に取らんでもらおうか!」
その隙に健人の身体は白銀の鎧を装着し、ネーゲルとして顕現した。

迫るサイとシャチに回し蹴りを見舞う。そしてすぐにこちらに向けて跳んできたコウモリの蹴り、そして悪魔の槍をトンファーで防いだ。間髪入れずにアネモネの影魔が繰り出した地を這う根が、ネーゲルを拘束せんと足下を蠢く。跳躍してそれを躱せば、背後に迫るは電気ウナギの影魔が雷撃の掌底を打ち込んできた。たまらずネーゲルが呻くも、追撃の手は止まない。6対1という多勢に無勢。しかしーー
「舐めるなやぁ!」
瞬時に両腕とトンファーに力を纏わせたネーゲルは錐揉み回転し、飛翔したコウモリと虚空を飛び魔弾を撃つアネモネの花弁を打ち落とした。すぐ続けてコウモリにトンファーから拳圧を放ち留めを刺す。だが崩れ落ちるコウモリに目をやる余裕はない。悪魔の放った炎が飛んでくるのを、ネーゲルは左のトンファーで防ぐも体制を崩した。その落下地点には肩にその角を宿したサイと鋭いヒレを持つシャチのタックル。角とヒレは辛うじてトンファーで防ぐも、二体の膂力に吹き飛ばされ、そのままガラスと共に中央塔から弾き出された。宙を浮遊することで落下することはない。だがそれは悪魔の方も同じ。斬撃と打つと共に空中で飛んで距離を詰めてきた悪魔にネーゲルが吠えた。
「初樹を返せば、お前らを吹っ飛ばさんとおいてやる!」
「それで交渉のつもりならお粗末にも程がある…あの小僧なら中央塔の最上階だ。まして貴様、地上の人間を巻き込むと?」
中央塔が落ちれば地上に被害が出るのは必然。ネーゲルは範囲の大きい技を封じられていた。しかし、次いでネーゲルの口から出てきたのは大きな溜め息だった。
「…マジで、舐められたもんじゃ」
瞬時に悪魔の急襲を弾き、そのまま彼を吹き飛ばす。だが黒い身体はその慣性に踏み留まりつつ塔の5階に舞い戻るが、そこには空中にいたはずのネーゲルの分身が4つ、光と共に現れた。
「それなら各個に」
「シバくだけよ」
「ほいじゃあ…」
「覚悟はええな?」
そう告げつつ4人のネーゲルが不意を突いて影魔達を即座に討つ。そして悪魔がそれを認知した瞬間には、空中にいたオリジナルのネーゲルは彼の眼前にあり、その鳩尾に一撃を叩き付け、そのまま力を強く放った。
「このクソエクリプスがぁ!」
4つの分身を自身に戻し、ネーゲルは倒れ込んだ仇敵に追撃する。だがその時だった。身体が、動かない。そのままネーゲルはロビーの床に倒れ込んだ。
「…!!クソ、こんな時に…!」
「どうやら、"時間"のようだな」
そこに迫るは十字架の槍。そして、自身を見下ろす異形の双眸。こちらの事情を既に見透かされていたことに、ネーゲルは自身の浅はかさを痛感した。だが、このまま誰のことも明け渡すわけにもいかない。自分も、宿主も。加えて宿主の支えたる友も。当初こそプロテクトとして宿主とブレスレットを優先したが、最早そんな融通は通せない。
「時間?何のことか…」
「抜かせ。貴様の力、俺には既に割れている。宿主たるイレギュラーの存在を貴様のカルナで貴様自身に"書き換え"、その後また宿主の存在を"再構成"する…」
「そんな器用なことがーー」
「それが可能な閾値、即ちネーゲルとして変身し活動できる限界は、およそ3分間…そういったところだろう?」
しかしその秘密があまりにも早く敵に把握されていたその事実は、最早ネーゲルと花森健人を手詰まりまで追い込んでいた。
「では貴様のカルナとイレギュラーを頂く」

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

"おい健人!このまま終わるわけにいかんじゃろ!!"

けたたましく誰かが叫んでいる。断ち消えていた意識がそれを理解こそしたものの、暗闇の中で動けない自分がいた。助けないといけない人がいるというのに、自分がこの有り様では話にならない。
やはり、何も出来ないか。幼少期から幾度も数えてきた諦観。そもそも自分が関わらなければ、こうはならなかったのではないか。
自分が親友とはいえ彼の事に半端に関わってきたことで、彼は悪魔に襲われたと言えないか?
元を辿れば確かに俺を事に誘ったのは友である彼だ。だが悪魔は俺を狙っていて、そのために友は命の危機に陥った。なら自分が何かする方が悪手になるのでは?無為、無常、無力、無力、無力。それならーー。
「もう、何もしない方が…」

"ーーそれだけがあなたじゃない。そんなこと認めさせたりしない"

その時確かに響いた言葉。自分を思ってくれたもう一人の親友。花森健人の中に在る大切な誰かの声が篝火となって、暗闇の中に一つ灯る。
「でも、俺にはあんな奴らと戦うなんて…できないよ」
"私の御守りが一緒に戦う。だからどうか、お友達とあなた自身を助けてあげて"
どういうわけかはわからない。その言葉がどうして今この状況で届いているのか。ただ、一つ言えることがあるとすれば、それはーー。
「いいの?」
"うん。あなたにならいいよ"
まだ、自分に留まって足掻く理由がある。今響くこの言葉が、あの人本人かはわからない。だが、手放しちゃいけない。友も、あの人と御守りも、自分も。
「…尚更、投げ出すわけにもいかないか」
故に健人は諦観の微睡みから対峙すべき現実に引き戻された。

そして槍による刺突は遮られる。他でもない花森健人本人の手によって。
その右手からは血が滴り、今も十字架の槍が目の前に迫ってきている。一方で健人の目は血走っていた。目覚めたばかりにも拘わらず、極限状態の異様な拍動と高揚感が心身に満ちている。
そのまま槍を掴んだまま身を起こし、立ち上がった。尚も槍はその切っ先を震わせるも、持ち主である悪魔の腕力ではそれ以上先に進まず、また悪魔が虚を突かんと左手で殴りかかっても、健人は退かずに堪え続けた。
「貴様…どういうわけだ、これは…!」
「大体、ワケわかんねえんだよ…俺の友達に手を出しやがって!!」
その怒りと猛りを左足に乗せ、健人は悪魔を大きく蹴り飛ばした。