千想の魔法 1.赤髪の剣士 version 5

2023/06/12 01:20 by sagitta_luminis sagitta_luminis
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千想の魔法 1.赤髪の剣士
@[TOC]

##### 1-1.ついて行っていい?

*目を開けると森の中にいた燎星心羽。
新緑が風に揺れて木漏れ日がキラキラと瞼を撫でる。
また、新しい場所だ…*

森の風の音の中に動物の気配を感じ、警戒している心羽の視線の先に黒い魔物が姿を現した。四足歩行で動物然とした体格だが、まるで影に溶け込むような暗い体色でその全貌は窺い知れない。

この魔物に襲われそうになった心羽だが、すんでのところで黒い剣士に助けられる。
剣士は長身で黒い外套に身を包み、赤い髪に翠色の目をしている。外見年齢は20代前半。
「この森は危険だ。早く立ち去れ」
剣士は心羽と魔物との間に割って入り、自分の頭身ほどもある大きな両手剣を振るって魔物を一刀両断する。
さらに、炎を帯びた刀身で樹の陰から飛び出してきた魔物たちを次々に斬り伏せると、突然のことに驚いて固まっていた心羽に声をかける。
「なぜ動かない? 方角がわからないのか」
心羽はその剣士に礼を言い、あれこれと質問を持ちかける。

*「ありがとう、剣士さん。」
「礼は要らない。お前を助けるためにやったわけじゃない」
「街の方角がわからないなら案内してやる。わかるなら俺はこれで」
「待って、せめてお名前だけでも…」
「俺はイジェンド。ただのトレジャーハンターだ」
「私は燎星心羽。心羽って呼んで。」
「心羽……聞き慣れない名だな。どこから来た」
「前は日本にいた。」
「日本?聞いたことがないな」
「世界中を旅してるの」
「旅の者……。そうか。なら、地図くらいは持ってるよな。方角を教えるから早く行くんだ」
「待って、さっきの怪物のことを教えて」
「あれは“影魔”だ」
「どんなやつなの?」
「やつらは数年前から森のあちこちへ出現し、人を見つけては殺して喰っている。被害はわかっているだけで300件以上」
「この森は危険ってそういうこと…」
「ああ。だからお前も喰われないうちにここを立ち去れ」
「イジェンドは来ないの?」
「俺は用事があってここにいる。離れるわけにはいかない」
「こんな危険なところに用事って…?」
「影魔の調査と制圧だ。一般人には不可能だからな」
「ついて行っていい?」
「お前、今の話を聞いてなかったのか?死ぬぞ」 
「でもイジェンドは優しくて強いから、イジェンドの近くにいれば安全だよね」
「……フン、好きにしろ。言っておくが、俺はわざわざお前を守ったりしないぞ」
「あれ、もっと優しい人かと思ってた」
「そもそも俺は優しくないし、お前を守る動機も義理もない。…それに、できない約束もしない」
「……そっか、わかった。自分の身は自分で守るよ。」
「…おかしな奴だ」*

心羽はしばらくイジェンドの後についていき、イジェンドを質問責めにして様々な情報を得た。まず、この森は“ユール王国”という国の領土であり、この森は“ユール森林”、近くにある街は“ユール城下街”と呼ばれていること。そして、

*「ねえ、イジェンドはなんで影魔の調査をしているの?一般人には不可能だから?」
「ああ。」
「でもどうして?動機も義理もなさそうだけど?」
「別にどうだっていいだろう。なぜ知りたがる」
「だって、気になるじゃん」
「勝手に気にしてろ」*

##### 1-2.怖くなかったのか

しばらく行動を共にしていると、再び影魔の群れと遭遇する。心羽は影魔に食われないよう必死で逃げ回る。一方でイジェンドは両手剣に炎を宿すと、熱した刃で影魔の装甲を融かすように両断し、燃え盛る両手剣を豪快に薙ぎ払いながら群れを一掃した。

*「……怪我はないか。」
「心配してくれるの?やっぱり本当は優しいんだ。見ての通り無傷だよ!イジェンドのおかげでね」
「ならいい。日が暮れる前に先へ急ごう」
「そういえば、剣が燃えてたのはどうやってるの?魔法?」
「魔法などという都合のいい力ではない。あれはただの呪いだ」
「呪い…。それってどんな?」
「触れたものを燃焼させる。昔と比べれば今はある程度制御できるが、それでも“事故”はある……」
(事故…イジェンドの過去にいったい何が…)
「お前は怖くなかったのか」
「別に? 影魔は怖いけど、イジェンドを怖いとは思わなかったよ。どうして?」
「やっぱりおかしな奴だな、お前。普通の奴はこんな異常現象を目にしたら気味悪がって逃げ出すものだ」
「旅人だからね、そういうのには慣れてるよ。それより、イジェンドのこと聞かせてよ。どうして独りで影魔の調査をしてるの?」
「なぜそんなに俺の事を知りたがるんだ。知っても面白くないだろう」*

##### 1-3.自分の身は自分で守れ

しばらく進むと再び影魔の群れに遭遇する。しかし、その群れはこれまでと比較にならないほどの大群だった。
「また影魔…!」
「俺たちは影魔の発生源に向かって進んでいるから、影魔と遭遇するのは必然だ。が、さすがに今回は数が多い…。いいか、自分の身は自分で守れ」

炎を灯した両手剣を手に、イジェンドは襲いかかる影魔を振り払う。心羽は逃げ回りながら星石の入ったポーチを開け、その中に星光結晶がないか漁る。
「この状況をなんとかできそうな結晶があればいいんだけど…」
しかし星光結晶はひとつもなく、あるのは星石ばかり。イジェンドの助けも得られないため、早々に影魔に追い付かれた心羽。咄嗟に身を守ろうと両手を振りかざしたその時、その手に握られた星石が光を放ち、心羽に触れた影魔の体が急に燃えだした。と同時に、心羽の手から零れ落ちた星石が淡く紅い輝きを纏い星光結晶———“燃晶石”に変化した。
「この結晶って……」
心羽は燃晶石を拾い上げ、魔法の言葉をかけて秘められた迸る力を解き放つ。その身に燃晶石の力を宿して“変身”を遂げた心羽は黒い外套に身を包み、ひと回り小さな両手剣を構えていた。

心羽は剣の重さによろけながらも大きく振りかぶり、向かってきた影魔の頭上に振り下ろす。しかし、影魔は若干ふらつきながらもその斬撃を受け止める。
「あれっ、効かない!?」
心羽は剣に魔力を注ぎ込んで刀身を燃やす。影魔の装甲を熔かして斬ろうとしたが、勢いあまって爆発し、剣ごと砕け散ってしまう。心羽は再び逃げに転じるが、2本目の両手剣を生成し、剣に重心を奪われながらも再び抗戦する。

##### 1-4.旅をする魔法使い

イジェンドが影魔を倒し切るまでの間、心羽は変身のおかげでなんとか生き永らえることができた。
*「お前、その力……まさか俺の呪いが移ったのか!?」
「ごめん、心配掛けちゃったね。言ってなかったけど、私は旅をする魔法使いなの。今のはイジェンドの呪いじゃなくて、私の魔法。」
「魔法使い……今のがお前の法だって言うのかにしては、随分と俺の呪いに似ていたじゃないか。それとその格好も」
「魔法使い……魔術師みたいなものかにしては、随分と俺の呪いに似ていたじゃないか。それとその格好も」
「私の魔法は、この結晶が記憶した概念を纏うことでしか行使できないの。だからこの結晶はきっと、“イジェンド”の概念を記憶してたってことだと思う」
「………変わった魔だな。要するに俺の真似事をしてたってことか?」
「………変わった魔だな。要するに俺の真似事をしてたってことか?」
「まあ、そんな感じかな」
 「フン、笑わせてくれる。あのフラフラなへなちょこ攻撃が俺の概念だって?」
「み、見られてたんだ…」
「見た目だけ真似しても、技術までは模倣できなかったみたいだな。そんなことで俺の真似事をした気でいるとは、俺も随分と甘く見られたもんだ」
「そこまで言うなら、剣術も教えてよ……」
「どうかな。お前に両手剣の才能はなさそうに見えるが」
「やってみないとわかんないじゃん!」*

##### 1-5.他害することしかできない

日が暮れ始め、イジェンドと心羽は野営の支度を始める。
「こんなところで野宿するの?」
「ああ。薪を多めに持ってきてくれ。夜は冷えるからな」
「獣とか影魔に襲われたりしない?」
「影魔は夜に活動しない。理由はわかっていないが。それと最近は影魔の影響か、獣たちの姿を見かけることも滅多になくなった。その心配はいらない」
「うーん…」
「安心しろ。現に俺はこの森で数日に渡って野宿してきた」

薪を組み上げて火をくべ、夜の暖をとりながら炊事を終えた二人は、キャンプファイヤーの篝火を眺めながら軽い雑談をしていた。

*「今日はありがとう、イジェンド。いっぱいお世話になっちゃったね」
「……別に。お前のためじゃ」
「わかってるよ。でも、イジェンドのおかげで今も生き延びてるから、ありがとう」
「……………」*

*「……さっきお前が言ってた“日本”って、どんな場所なんだ」
「日本は、誰もが魔法を使えて、遠く離れててもお喋りができるの。それと、優しい人もいる。すごくいい場所だよ」*

*「お前、魔法使いなんだろ。魔法使いで困ったことって、ないのか」
「うーん、素性を明かせないことかな。普通の人として過ごさないと、大抵の人からは怖がられて、除け者にされる」
「そうなのか……」
「どうして?」
「いや。お前のように快活な者でも、魔法ありきでは人の輪に馴染めないのだなと。俺に明かしたのはよかったのか?」
「いや。お前のように快活な者でも、隠し事なしでは人の輪に馴染めないのだなと。俺に明かしたのはよかったのか?」
「イジェンドからは、似た者同士の気配を感じたの」
「フン、なんだそれ」*

*「イジェンドはその……魔法のこと、呪いって呼ぶのはどうして?」
「俺のこの力は、他害することしかできない。この炎は憎むべき敵も、守るべき仲間も、一様に燃やして命を奪う。」
「でも、さっきは私のこと守ってくれたよね?」
「今はある程度コントロールしているが、基本的には制御できないものだ。さっきだって、急に暴発してお前を殺してしまってもおかしくなかった」
「その炎で、誰かを失ったことがあるの…?」
「もう数え切れないほど。俺の近くにいた者は例外なく呪いに焼かれて命を落とすか、呪いを恐れて離れていった。」
「そんな…」

##### 1-6.両手でしっかり持て

雑談の後、イジェンドは不意に両手剣を取ると、心羽の前に差し出す。
「持ってみろ」
心羽は言われるがままに剣を持ち、見よう見まねで構えをとる。
「この剣、おっも…」
「両手でしっかり持て。もっと重心を低く。腰を使い、上半身全体で武器を振るうイメージだ」
イジェンドはエアーで実演してみせる。心羽は言われた通りに剣を振るう。
「剣の重さを上手く使え。遠心力を利用すれば、少ない力で大きな威力が出せる。」
「うう、難しい…」

*これって…剣術を教えてくれてるのかな…?
口調はぶっきらぼうだけど、本当は優しい人なんだ…
「ありがとう、イジェンド」*

夜空の下、パチパチと爆ぜる篝火の傍で並び立ち、共に剣を振るう二つの赤髪があった。

##### 1-7.イジェンドの優しさ

心羽はイジェンドから剣術の基礎の基礎を教わり、鍛錬している途中で疲れて寝てしまった。翌朝、目を覚ますとイジェンドの姿はない。枕の代わりにしていた荷物の隣に、置き手紙が残されていた。

*“やはり、ここから先はお前を連れて行けないと判断した。この場所は比較的安全だから、ここで大人しく待っていろ。街に迎えの要請をしたから、暫くすれば案内役が迎えに来るだろう。”*

「置いていかれちゃった…。やっぱり足手まといだったかな。昨夜の鍛錬で才能ないって見限られた…?」
ため息をつき、燃晶石を眺める。誰かと過ごす時間はいつだって唐突に終わりを迎える。たとえ今孤独じゃなかったとしても、5秒後に孤独でない保証はどこにもない。イジェンドと過ごしたことを証明するものは、あの手紙と燃晶石だけ。
「やっぱり私には、独りがお似合いなのかな…」

心羽はしばらく悶々としていたが、気を取り直して立ち上がり、燃晶石から剣を取り出す。昨晩教わった構えを思い出しながら剣を振る。そのネガティブな思考を振り払うように。
*昨日の教えを———イジェンドの優しさを無駄にしたくはないし、弱いと思われて見限られたのなら、もっと強くなりたいし。*

      

目次1-1.ついて行っていい?1-2.怖くなかったのか1-3.自分の身は自分で守れ1-4.旅をする魔法使い1-5.他害することしかできない1-6.両手でしっかり持て1-7.イジェンドの優しさ

1-1.ついて行っていい?

目を開けると森の中にいた燎星心羽。
新緑が風に揺れて木漏れ日がキラキラと瞼を撫でる。
また、新しい場所だ…

森の風の音の中に動物の気配を感じ、警戒している心羽の視線の先に黒い魔物が姿を現した。四足歩行で動物然とした体格だが、まるで影に溶け込むような暗い体色でその全貌は窺い知れない。

この魔物に襲われそうになった心羽だが、すんでのところで黒い剣士に助けられる。
剣士は長身で黒い外套に身を包み、赤い髪に翠色の目をしている。外見年齢は20代前半。
「この森は危険だ。早く立ち去れ」
剣士は心羽と魔物との間に割って入り、自分の頭身ほどもある大きな両手剣を振るって魔物を一刀両断する。
さらに、炎を帯びた刀身で樹の陰から飛び出してきた魔物たちを次々に斬り伏せると、突然のことに驚いて固まっていた心羽に声をかける。
「なぜ動かない? 方角がわからないのか」
心羽はその剣士に礼を言い、あれこれと質問を持ちかける。

「ありがとう、剣士さん。」
「礼は要らない。お前を助けるためにやったわけじゃない」
「街の方角がわからないなら案内してやる。わかるなら俺はこれで」
「待って、せめてお名前だけでも…」
「俺はイジェンド。ただのトレジャーハンターだ」
「私は燎星心羽。心羽って呼んで。」
「心羽……聞き慣れない名だな。どこから来た」
「前は日本にいた。」
「日本?聞いたことがないな」
「世界中を旅してるの」
「旅の者……。そうか。なら、地図くらいは持ってるよな。方角を教えるから早く行くんだ」
「待って、さっきの怪物のことを教えて」
「あれは“影魔”だ」
「どんなやつなの?」
「やつらは数年前から森のあちこちへ出現し、人を見つけては殺して喰っている。被害はわかっているだけで300件以上」
「この森は危険ってそういうこと…」
「ああ。だからお前も喰われないうちにここを立ち去れ」
「イジェンドは来ないの?」
「俺は用事があってここにいる。離れるわけにはいかない」
「こんな危険なところに用事って…?」
「影魔の調査と制圧だ。一般人には不可能だからな」
「ついて行っていい?」
「お前、今の話を聞いてなかったのか?死ぬぞ」
「でもイジェンドは優しくて強いから、イジェンドの近くにいれば安全だよね」
「……フン、好きにしろ。言っておくが、俺はわざわざお前を守ったりしないぞ」
「あれ、もっと優しい人かと思ってた」
「そもそも俺は優しくないし、お前を守る動機も義理もない。…それに、できない約束もしない」
「……そっか、わかった。自分の身は自分で守るよ。」
「…おかしな奴だ」

心羽はしばらくイジェンドの後についていき、イジェンドを質問責めにして様々な情報を得た。まず、この森は“ユール王国”という国の領土であり、この森は“ユール森林”、近くにある街は“ユール城下街”と呼ばれていること。そして、

「ねえ、イジェンドはなんで影魔の調査をしているの?一般人には不可能だから?」
「ああ。」
「でもどうして?動機も義理もなさそうだけど?」
「別にどうだっていいだろう。なぜ知りたがる」
「だって、気になるじゃん」
「勝手に気にしてろ」

1-2.怖くなかったのか

しばらく行動を共にしていると、再び影魔の群れと遭遇する。心羽は影魔に食われないよう必死で逃げ回る。一方でイジェンドは両手剣に炎を宿すと、熱した刃で影魔の装甲を融かすように両断し、燃え盛る両手剣を豪快に薙ぎ払いながら群れを一掃した。

「……怪我はないか。」
「心配してくれるの?やっぱり本当は優しいんだ。見ての通り無傷だよ!イジェンドのおかげでね」
「ならいい。日が暮れる前に先へ急ごう」
「そういえば、剣が燃えてたのはどうやってるの?魔法?」
「魔法などという都合のいい力ではない。あれはただの呪いだ」
「呪い…。それってどんな?」
「触れたものを燃焼させる。昔と比べれば今はある程度制御できるが、それでも“事故”はある……」
(事故…イジェンドの過去にいったい何が…)
「お前は怖くなかったのか」
「別に? 影魔は怖いけど、イジェンドを怖いとは思わなかったよ。どうして?」
「やっぱりおかしな奴だな、お前。普通の奴はこんな異常現象を目にしたら気味悪がって逃げ出すものだ」
「旅人だからね、そういうのには慣れてるよ。それより、イジェンドのこと聞かせてよ。どうして独りで影魔の調査をしてるの?」
「なぜそんなに俺の事を知りたがるんだ。知っても面白くないだろう」

1-3.自分の身は自分で守れ

しばらく進むと再び影魔の群れに遭遇する。しかし、その群れはこれまでと比較にならないほどの大群だった。
「また影魔…!」
「俺たちは影魔の発生源に向かって進んでいるから、影魔と遭遇するのは必然だ。が、さすがに今回は数が多い…。いいか、自分の身は自分で守れ」

炎を灯した両手剣を手に、イジェンドは襲いかかる影魔を振り払う。心羽は逃げ回りながら星石の入ったポーチを開け、その中に星光結晶がないか漁る。
「この状況をなんとかできそうな結晶があればいいんだけど…」
しかし星光結晶はひとつもなく、あるのは星石ばかり。イジェンドの助けも得られないため、早々に影魔に追い付かれた心羽。咄嗟に身を守ろうと両手を振りかざしたその時、その手に握られた星石が光を放ち、心羽に触れた影魔の体が急に燃えだした。と同時に、心羽の手から零れ落ちた星石が淡く紅い輝きを纏い星光結晶———“燃晶石”に変化した。
「この結晶って……」
心羽は燃晶石を拾い上げ、魔法の言葉をかけて秘められた迸る力を解き放つ。その身に燃晶石の力を宿して“変身”を遂げた心羽は黒い外套に身を包み、ひと回り小さな両手剣を構えていた。

心羽は剣の重さによろけながらも大きく振りかぶり、向かってきた影魔の頭上に振り下ろす。しかし、影魔は若干ふらつきながらもその斬撃を受け止める。
「あれっ、効かない!?」
心羽は剣に魔力を注ぎ込んで刀身を燃やす。影魔の装甲を熔かして斬ろうとしたが、勢いあまって爆発し、剣ごと砕け散ってしまう。心羽は再び逃げに転じるが、2本目の両手剣を生成し、剣に重心を奪われながらも再び抗戦する。

1-4.旅をする魔法使い

イジェンドが影魔を倒し切るまでの間、心羽は変身のおかげでなんとか生き永らえることができた。
「お前、その力……まさか俺の呪いが移ったのか!?」
「ごめん、心配掛けちゃったね。言ってなかったけど、私は旅をする魔法使いなの。今のはイジェンドの呪いじゃなくて、私の魔法。」
「魔法使い……魔術師みたいなものか? にしては、随分と俺の呪いに似ていたじゃないか。それとその格好も」
「私の魔法は、この結晶が記憶した概念を纏うことでしか行使できないの。だからこの結晶はきっと、“イジェンド”の概念を記憶してたってことだと思う」
「………変わった魔術だな。要するに俺の真似事をしてたってことか?」
「まあ、そんな感じかな」
「フン、笑わせてくれる。あのフラフラなへなちょこ攻撃が俺の概念だって?」
「み、見られてたんだ…」
「見た目だけ真似しても、技術までは模倣できなかったみたいだな。そんなことで俺の真似事をした気でいるとは、俺も随分と甘く見られたもんだ」
「そこまで言うなら、剣術も教えてよ……」
「どうかな。お前に両手剣の才能はなさそうに見えるが」
「やってみないとわかんないじゃん!」

1-5.他害することしかできない

日が暮れ始め、イジェンドと心羽は野営の支度を始める。
「こんなところで野宿するの?」
「ああ。薪を多めに持ってきてくれ。夜は冷えるからな」
「獣とか影魔に襲われたりしない?」
「影魔は夜に活動しない。理由はわかっていないが。それと最近は影魔の影響か、獣たちの姿を見かけることも滅多になくなった。その心配はいらない」
「うーん…」
「安心しろ。現に俺はこの森で数日に渡って野宿してきた」

薪を組み上げて火をくべ、夜の暖をとりながら炊事を終えた二人は、キャンプファイヤーの篝火を眺めながら軽い雑談をしていた。

「今日はありがとう、イジェンド。いっぱいお世話になっちゃったね」
「……別に。お前のためじゃ」
「わかってるよ。でも、イジェンドのおかげで今も生き延びてるから、ありがとう」
「……………」

「……さっきお前が言ってた“日本”って、どんな場所なんだ」
「日本は、誰もが魔法を使えて、遠く離れててもお喋りができるの。それと、優しい人もいる。すごくいい場所だよ」

「お前、魔法使いなんだろ。魔法使いで困ったことって、ないのか」
「うーん、素性を明かせないことかな。普通の人として過ごさないと、大抵の人からは怖がられて、除け者にされる」
「そうなのか……」
「どうして?」
「いや。お前のように快活な者でも、隠し事なしでは人の輪に馴染めないのだなと。俺に明かしたのはよかったのか?」
「イジェンドからは、似た者同士の気配を感じたの」
「フン、なんだそれ」

*「イジェンドはその……魔法のこと、呪いって呼ぶのはどうして?」
「俺のこの力は、他害することしかできない。この炎は憎むべき敵も、守るべき仲間も、一様に燃やして命を奪う。」
「でも、さっきは私のこと守ってくれたよね?」
「今はある程度コントロールしているが、基本的には制御できないものだ。さっきだって、急に暴発してお前を殺してしまってもおかしくなかった」
「その炎で、誰かを失ったことがあるの…?」
「もう数え切れないほど。俺の近くにいた者は例外なく呪いに焼かれて命を落とすか、呪いを恐れて離れていった。」
「そんな…」

1-6.両手でしっかり持て

雑談の後、イジェンドは不意に両手剣を取ると、心羽の前に差し出す。
「持ってみろ」
心羽は言われるがままに剣を持ち、見よう見まねで構えをとる。
「この剣、おっも…」
「両手でしっかり持て。もっと重心を低く。腰を使い、上半身全体で武器を振るうイメージだ」
イジェンドはエアーで実演してみせる。心羽は言われた通りに剣を振るう。
「剣の重さを上手く使え。遠心力を利用すれば、少ない力で大きな威力が出せる。」
「うう、難しい…」

これって…剣術を教えてくれてるのかな…?
口調はぶっきらぼうだけど、本当は優しい人なんだ…
「ありがとう、イジェンド」

夜空の下、パチパチと爆ぜる篝火の傍で並び立ち、共に剣を振るう二つの赤髪があった。

1-7.イジェンドの優しさ

心羽はイジェンドから剣術の基礎の基礎を教わり、鍛錬している途中で疲れて寝てしまった。翌朝、目を覚ますとイジェンドの姿はない。枕の代わりにしていた荷物の隣に、置き手紙が残されていた。

“やはり、ここから先はお前を連れて行けないと判断した。この場所は比較的安全だから、ここで大人しく待っていろ。街に迎えの要請をしたから、暫くすれば案内役が迎えに来るだろう。”

「置いていかれちゃった…。やっぱり足手まといだったかな。昨夜の鍛錬で才能ないって見限られた…?」
ため息をつき、燃晶石を眺める。誰かと過ごす時間はいつだって唐突に終わりを迎える。たとえ今孤独じゃなかったとしても、5秒後に孤独でない保証はどこにもない。イジェンドと過ごしたことを証明するものは、あの手紙と燃晶石だけ。
「やっぱり私には、独りがお似合いなのかな…」

心羽はしばらく悶々としていたが、気を取り直して立ち上がり、燃晶石から剣を取り出す。昨晩教わった構えを思い出しながら剣を振る。そのネガティブな思考を振り払うように。
昨日の教えを———イジェンドの優しさを無駄にしたくはないし、弱いと思われて見限られたのなら、もっと強くなりたいし。