No.1 version 31
No.0
その日も朝憬市(あかりし)の人々は、彼らにとっての日常を送っていた。そこに混在する幸福も悲哀も関係なく、その日も世界に陽は上り、時間の経過と共に沈んでいく。人間が自分の世界や生き方に意味を求めるようになる以前から、世界はそういうものだった。しかし、朝憬市に影のように潜む“ある異形の存在”は、人間というものを“世界のあらゆるものに意味づけをし、またそれを着飾る存在”と解釈し、またそんな人間により飾り付けられた世界をつまらなく感じていた。
朝憬駅前中央通り、大規模交差点を黒いゴシック系の出で立ちで歩く、若い男女の姿があった。周囲を通り過ぎる人間は、皆この男女の様子を怪訝に思いながらも、その近くを通り過ぎていく。この二人の纏う黒い衣服もそうだが、その陶器のように白い肌とのコントラスト、そして黒いアイシャドウで彩られた二人の虚ろな眼が、この地域に於いての彼らの異様さを演出していたためであった。そのため少し距離が離れると、小声で「なにアレ?やばくない?」と危機感を示す者や、或いは「キモいんだけど、ウケる」と嘲笑する者など、人々は種々の反応を示す。だが男女はそれに何の反応も示さず、やがて交差点の中央で立ち止まった。男の方が奇妙にも薄笑いを浮かべる。女の方は人形のような無表情と沈黙を守ったままだ。そのうち女が男に問う。
「…獲物ハ、決まっタか?」
「…今嗤ッた奴ラ、全員だ」
男は掛けていたスクエア型の眼鏡を上げて言った。見開かれた眼の全てが黒く染まる。
女はチョーカーのついた自身の首元を撫でると、やはりその目が全て黒く染まった。
「なラ…始めヨう」
「アあ…早クやろウ」
男女の身体を暗い靄が包み、その姿が異形の存在へと変わっていく。男の頭部は鋭い双角が伸び、肥大した腕には矢じりの付いた大鎌を携える。女は右腕が花の蕾を模した槍へと変化し、赤黒い花びらを想起させる衣を纏っていた。
瞬間その傍にいた人々は皆、この異形二体から距離を取る。だが一部の人間は、スマートフォンのカメラ機能で彼らを撮影しようとした。響いたシャッター音の先にいた金髪の若者に向けて、女の異形が歩みを寄せる。
「すげえ、何かの撮影?俺そういうの昔観て…」
「煩わシイ羽虫だ」
そう告げると、すぐに威嚇してきた若者の「あぁ?」という強い語気を尻目に、女の異形が花の槍で若者の脇腹を貫いた。その血液が横断歩道のアスファルトをより黒く染める。周辺の人間の悲鳴が響き渡るのを合図に、伏していた他の異形の者たちがその姿を現し、無差別に人を襲い始めた。
この時、朝憬市の人々は確かに認知した。この街に巣食い、人を襲ってその負の感情を食す異形の存在がいることを。人の言葉で“エクリプス”と自身らを呼称するこの奇妙な存在は、そうして数を増やしてきた。その様を形容するならば、さながら悲劇と絶望の具現。これらは人の世ではありふれた言葉であるが、であるが故にどこにでも存在し、再生産されてきた。“エクリプス”は、どこにでもいる———
方々から逃げる人たちの慌てふためく声が響く。朝憬駅周辺はパニック状態にあった。そんな中にあって、交差点の北東と南西から、それぞれ逃げ行く人の波に逆らい、先の交差点に真っ直ぐ走る少女と、青年の姿があった。少女はブレザーを靡かせ駆けながら、あるキーワードたる呪い(まじない)を詠唱し、ブレスレットのついた左手首を胸元に寄せ、鳥を象った赤い宝石に右手で触れる。一方青年は懐のネックレスを取り出した。駆けながらそこに結ばれた天体を模したキーホルダーを握る。その時二人の身体から光が発し、その構成が変わっていく。
少女の髪は燃えるように紅くなり、薄紅と深紅で彩られた羽衣を魔法による神秘と纏った。ブレスレットに象られた鳥は、そこから炎とともに飛び出し、少女の傍らを飛ぶ。青年の姿もまた、鳥を象った白銀の鎧姿へと変わった。腰に刀を差し、その目からは淡い光を輝かせる。
そのまま二人は交差点に突進し、今まさに逃げ遅れた人を手にかけようとしているエクリプス二体を阻止すべく、攻撃を仕掛けた。
「プロミネンスシュート!」
その背に翼を宿して飛翔した少女が、携えた弓矢に炎の魔法を付与し、花のエクリプスに向けてその矢を放つ。
「はああぁぁ!」
同時に白銀が跳躍しながら携えた刀を抜き、鎌のエクリプスに切りかかった。エクリプスらは瞬時に矢と剣戟の直撃を避けるべく防御態勢を取る。間髪入れずに少女が声を張った。
「早く逃げて!」
「あ…」
すぐそこまで迫っていた脅威に対し、逃げ遅れた人は未だ身を竦ませる。だが彼らに攻撃が向かうことは、白銀の剣戟と少女に続く火の鳥が許さなかった。
「よそ見か、おい!」
「ちィッ!」
刀と大鎌が打ち合い、互いの閃きと体躯が舞う。燃焼と共に突撃した火の鳥の翼が花のエクリプスを打つも、それを防いだ花のドレスから散弾銃のように花びらが撃ちだされた。それを迎え撃つように少女が右手を翳して連射した炎の弾丸が花びらを相殺し、またこの二つが交差する。
「…っ!」
「…ウうッ!」
交差した弾丸のいくつかは互いに命中し、その身体をよろめかせる。宙を舞っていた少女が落下するところに、大鎌のエクリプスが獲物を捉えんと迫った。瞬間、その身に宿る雷を開放し、その身体能力を上昇させた白銀が大鎌の一閃を先んじて防ぐ。刀と大鎌は互いを払い、薙ぎ、突く。躱し、防ぎ、翻る。そうして二つの閃きは衝突し、鍔迫り合いに至った。両者の眼が間近で互いを見据える。
「食事ノ邪魔だ、正義ノ味方とヤら」
「正義なんて便所に棄てたよ、クソどもが」
「正義なんて、便所にでも棄てたよクソどもが」
瞬間、火の鳥の羽ばたきが起こした炎の風が、白銀と大鎌エクリプスの間に割って入り、二者はそこから跳び退る。同時に体勢を立て直し、魔力を溜めていた少女が叫んだ。
「下がってリーン!…この街に手出しはさせない!」
赤々とした魔力の奔流が彼女を中心に渦を巻き、その身体が合流した火の鳥と共に跳躍する。火の鳥の焔が少女に合一し、彼女の右脚に宿った。そこから渾身の蹴撃が放たれる。
「メテオフレアウィング!」
「抜かセぇ!」
すかさず花のエクリプスの放つ蔓の鞭がその蹴撃を阻止せんと伸縮するも、鋭い雷光と共に加速する白銀―――リーンの刀がそれを斬り捌いた。
「リュミエ!」
「やああぁぁ!!」
叫ぶリーンの頭上を通り過ぎる少女―――リュミエによる炎の蹴撃と大鎌エクリプスの抵抗の一閃がぶつかり、戦場に閃光が走った。
その日も朝憬市(あかりし)の人々は、彼らにとっての日常を送っていた。そこに混在する幸福も悲哀も関係なく、その日も世界に陽は上り、時間の経過と共に沈んでいく。人間が自分の世界や生き方に意味を求めるようになる以前から、世界はそういうものだった。しかし、朝憬市に影のように潜む“ある異形の存在”は、人間というものを“世界のあらゆるものに意味づけをし、またそれを着飾る存在”と解釈し、またそんな人間により飾り付けられた世界をつまらなく感じていた。
朝憬駅前中央通り、大規模交差点を黒いゴシック系の出で立ちで歩く、若い男女の姿があった。周囲を通り過ぎる人間は、皆この男女の様子を怪訝に思いながらも、その近くを通り過ぎていく。この二人の纏う黒い衣服もそうだが、その陶器のように白い肌とのコントラスト、そして黒いアイシャドウで彩られた二人の虚ろな眼が、この地域に於いての彼らの異様さを演出していたためであった。そのため少し距離が離れると、小声で「なにアレ?やばくない?」と危機感を示す者や、或いは「キモいんだけど、ウケる」と嘲笑する者など、人々は種々の反応を示す。だが男女はそれに何の反応も示さず、やがて交差点の中央で立ち止まった。男の方が奇妙にも薄笑いを浮かべる。女の方は人形のような無表情と沈黙を守ったままだ。そのうち女が男に問う。
「…獲物ハ、決まっタか?」
「…今嗤ッた奴ラ、全員だ」
男は掛けていたスクエア型の眼鏡を上げて言った。見開かれた眼の全てが黒く染まる。
女はチョーカーのついた自身の首元を撫でると、やはりその目が全て黒く染まった。
「なラ…始めヨう」
「アあ…早クやろウ」
男女の身体を暗い靄が包み、その姿が異形の存在へと変わっていく。男の頭部は鋭い双角が伸び、肥大した腕には矢じりの付いた大鎌を携える。女は右腕が花の蕾を模した槍へと変化し、赤黒い花びらを想起させる衣を纏っていた。
瞬間その傍にいた人々は皆、この異形二体から距離を取る。だが一部の人間は、スマートフォンのカメラ機能で彼らを撮影しようとした。響いたシャッター音の先にいた金髪の若者に向けて、女の異形が歩みを寄せる。
「すげえ、何かの撮影?俺そういうの昔観て…」
「煩わシイ羽虫だ」
そう告げると、すぐに威嚇してきた若者の「あぁ?」という強い語気を尻目に、女の異形が花の槍で若者の脇腹を貫いた。その血液が横断歩道のアスファルトをより黒く染める。周辺の人間の悲鳴が響き渡るのを合図に、伏していた他の異形の者たちがその姿を現し、無差別に人を襲い始めた。
この時、朝憬市の人々は確かに認知した。この街に巣食い、人を襲ってその負の感情を食す異形の存在がいることを。人の言葉で“エクリプス”と自身らを呼称するこの奇妙な存在は、そうして数を増やしてきた。その様を形容するならば、さながら悲劇と絶望の具現。これらは人の世ではありふれた言葉であるが、であるが故にどこにでも存在し、再生産されてきた。“エクリプス”は、どこにでもいる———
方々から逃げる人たちの慌てふためく声が響く。朝憬駅周辺はパニック状態にあった。そんな中にあって、交差点の北東と南西から、それぞれ逃げ行く人の波に逆らい、先の交差点に真っ直ぐ走る少女と、青年の姿があった。少女はブレザーを靡かせ駆けながら、あるキーワードたる呪い(まじない)を詠唱し、ブレスレットのついた左手首を胸元に寄せ、鳥を象った赤い宝石に右手で触れる。一方青年は懐のネックレスを取り出した。駆けながらそこに結ばれた天体を模したキーホルダーを握る。その時二人の身体から光が発し、その構成が変わっていく。
少女の髪は燃えるように紅くなり、薄紅と深紅で彩られた羽衣を魔法による神秘と纏った。ブレスレットに象られた鳥は、そこから炎とともに飛び出し、少女の傍らを飛ぶ。青年の姿もまた、鳥を象った白銀の鎧姿へと変わった。腰に刀を差し、その目からは淡い光を輝かせる。
そのまま二人は交差点に突進し、今まさに逃げ遅れた人を手にかけようとしているエクリプス二体を阻止すべく、攻撃を仕掛けた。
「プロミネンスシュート!」
その背に翼を宿して飛翔した少女が、携えた弓矢に炎の魔法を付与し、花のエクリプスに向けてその矢を放つ。
「はああぁぁ!」
同時に白銀が跳躍しながら携えた刀を抜き、鎌のエクリプスに切りかかった。エクリプスらは瞬時に矢と剣戟の直撃を避けるべく防御態勢を取る。間髪入れずに少女が声を張った。
「早く逃げて!」
「あ…」
すぐそこまで迫っていた脅威に対し、逃げ遅れた人は未だ身を竦ませる。だが彼らに攻撃が向かうことは、白銀の剣戟と少女に続く火の鳥が許さなかった。
「よそ見か、おい!」
「ちィッ!」
刀と大鎌が打ち合い、互いの閃きと体躯が舞う。燃焼と共に突撃した火の鳥の翼が花のエクリプスを打つも、それを防いだ花のドレスから散弾銃のように花びらが撃ちだされた。それを迎え撃つように少女が右手を翳して連射した炎の弾丸が花びらを相殺し、またこの二つが交差する。
「…っ!」
「…ウうッ!」
交差した弾丸のいくつかは互いに命中し、その身体をよろめかせる。宙を舞っていた少女が落下するところに、大鎌のエクリプスが獲物を捉えんと迫った。瞬間、その身に宿る雷を開放し、その身体能力を上昇させた白銀が大鎌の一閃を先んじて防ぐ。刀と大鎌は互いを払い、薙ぎ、突く。躱し、防ぎ、翻る。そうして二つの閃きは衝突し、鍔迫り合いに至った。両者の眼が間近で互いを見据える。
「食事ノ邪魔だ、正義ノ味方とヤら」
「正義なんて、便所にでも棄てたよクソどもが」
瞬間、火の鳥の羽ばたきが起こした炎の風が、白銀と大鎌エクリプスの間に割って入り、二者はそこから跳び退る。同時に体勢を立て直し、魔力を溜めていた少女が叫んだ。
「下がってリーン!…この街に手出しはさせない!」
赤々とした魔力の奔流が彼女を中心に渦を巻き、その身体が合流した火の鳥と共に跳躍する。火の鳥の焔が少女に合一し、彼女の右脚に宿った。そこから渾身の蹴撃が放たれる。
「メテオフレアウィング!」
「抜かセぇ!」
すかさず花のエクリプスの放つ蔓の鞭がその蹴撃を阻止せんと伸縮するも、鋭い雷光と共に加速する白銀―――リーンの刀がそれを斬り捌いた。
「リュミエ!」
「やああぁぁ!!」
叫ぶリーンの頭上を通り過ぎる少女―――リュミエによる炎の蹴撃と大鎌エクリプスの抵抗の一閃がぶつかり、戦場に閃光が走った。