No.3 2/3 version 109

2021/09/06 08:17 by someone
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No.3 2/3
その後、一先ずは状態が落ち着いたとされ、警察に事情を聞かれた後、4月23日に退院した剣人は、哲也と純子と共に実家の車に乗って朝憧市にある剣人のアパートまで送られた。「そのまま実家に帰ってきてもいい」と両親は言っていたが、新生活を始めて二週間足らずでのこの状況だ。アパートの解約手続き、アルバイトの退職、大学の休学届け。これらは一応、自分が顔を出して申し入れなければ…そう考えて早く済ませてしまうべく、大家とぶりっじの店長にはその日のうちに連絡を入れ、週末で話をつけた。大家には小言を言われ、店長には淡白にしか対応されなかったが、別に彼らが自分の人生に責任を取ってくれるわけでもない。病院からアパートはの帰りの車中で、哲也に「今は自分にこそ責任を持つために、自分を優先すればいい」と、かけられたその言葉を自身のうちの暗示とし、どうにかその場は乗り切った。そして週が明けて4月27日ーーー剣人は休学届けを申し入れるために、英道大学の事務と所属ゼミを訪れた。教授も事務職員にも困惑こそされたものの、精神的な不調と自身に起きた事件を盾に押し通し、後日提出する必要書類を一先ず受け取って帰路に着こうとしたーーーその時だった。

「なあ、高山の話…聞いた?」
「ああ…本人は"怪物に襲われた"とか言ってるって」

驚き故に、剣人の注意が一気に事務室の窓口から、隣接している掲示板前で話す男子学生達へと向いた。彼ら二人は掲示板に視線を向けたまま、まだこちらには気づいていない。
「盛って話してるんじゃないの?高山だしさ」
「それがさ…見舞いに行ったら、アイツ…真剣に話してるんだ」
「マジか」と続けるものの、一方の眼鏡をかけた男子学生は反応に困った様子だった。もう一方のスポーツ刈りの男子学生は高山という学生と親しかったのだろうか、眉根を寄せその表情に心配を滲ませていた。
…どうしようか…剣人はその状況にどう対処すべきかわからず、様子を見る。自分だけではなかった。同じように怪物に襲われた人がいる。その情報は喉から手が出るほど欲しかった。しかし彼らの話に入ることが躊躇われる。彼らがどの学部のどんな学生かも知らないという意味でも、彼らのどうしてもかけ違ってしまう会話のトーンに割って入る意味でも…だがそうしている間にも、二人が剣人の視線に気づいてか、こちらの方を向いた。
「あ…あの」
気まずさも相俟って、破れかぶれと剣人は口を何とか開くと、努めて平常心で一声こういった。
「その人のこと…ちょっと伺ってもいいですか?」
「…君は?」
神妙なトーンでスポーツ刈りがもう一方と顔を見合せると、不審がりながら問いただす。先ずは自己紹介が人と話す上での礼儀で道理か…
「今のところ文学部一回生の花森剣人っていいます」
「今のところって何?」
「…高山のことを聞こうとしたのはなんで?」
吹き出しそうになった眼鏡に構わず、スポーツ刈りが眉根を寄せて問う。当然の疑問だ。今現在、この初対面の状況で、いきなり相手の心配事に首を突っ込む格好になっているのだから。
「それは…なんていうか…」
思わず言い淀んでしまい、相手二人の怪訝な様子が強まる。ここで自分のことを伏せてもどうにもならないが、初対面の人物に聞かせることではまずない。
「なあ、スルーしとけよ」
眼鏡の方が言った。まずい、話も出来ない上に下手に人に疑われる…そう思った矢先、スポーツ刈りがその言葉を制した。
「いや、先に講義行っておいてくれ。場合によっては俺はちょっと今日は欠席だ」
「…わかった」
眼鏡の学生が去り、改めてスポーツ刈りが剣人の言葉を待つ。さあ、これでいいだろう?ーーーそう告げんばかりの真剣な表情が、剣人の腹を決めさせた。
「どうか他言しないで欲しいんですが…」
「それはないよ」
即答で告げられると流石に圧を感じるが、今さら逃げることも出来ない。剣人は小声で一言告げた。
「…俺も、怪物に襲われました」ーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その後、スポーツ刈りーーー横尾和明は、剣人との情報交換に赴いた。剣人と横尾は大学を抜け、その近隣に位置するファストフード店に腰を落ち着けて、そこで互いの出くわした状況について話してみようということになった。しかし剣人はどこからどう話を切り出すべきか、その整理がすぐにはつかない。その様子を察したのだろう。横尾の方から話を切り出した。
「俺と高山は、英道の経済学部の二回生なんだ」
「経済ですか…高山さんとは、ゼミは?」
「別々」
短い返答に頷きながら、次の話の切り口を考える。忽ちは高山の状況と自分のそれとの共通点や差異を知りたい。
「横尾さんから見てでいいんですが、高山さんが襲われたことに、心当たりとかありますか?」
「警察にも、同じようなことを聞かれたよ。でも本人だってそんなのないようだし、俺に思い当たることなんて言われてもな…」
言われながらそうだろうと思う。なんというか…事情の一端こそ話はした。しかし、自分も怪物の姿に変身したーーーそんな事を話しは出来ず、かといって人の事情に首を突っ込んでいる自分がいる。
「そうですよね…俺も、なんで襲われたのかなんて…」
そういう自分が、不誠実なように感じた。なかなか上手くはいかないものだ。だから、そんな思いからだろうかーーー
「全く、息苦しいったら…」
ふと、そう口にしている自分がいた。
「息苦しい?…なんか気に障るようなこと、言った?」
「…あっ、いや…すみません。俺自身の話です」
怪訝な顔をした横尾から返ってきた疑問の言葉に、慌てて謝罪しつつ剣人は言葉を継ぎ足す。
「…あんまり上手く、何か出来る人間じゃなくて難儀なのに、こんな面倒事に出くわしたから、つい…」
「…あんまり上手く、何か出来る人間じゃなくて色々難儀なのに、こんな面倒事に出くわしたから、つい…」
誤魔化したような苦笑を浮かべて応えると、剣人は一応注文していたコーヒーを一口啜った。口の中に熱い苦味が流れ込む。
「そんな風には見えないけどな…」
「どうも…ただ、さっきだって横尾さんと一緒にいた人とに、ビビりながら変な話し方になってたと思うし」
「それは、あんなもんだろ。初対面なんだからさ」
そう取って貰えるとありがたい。そう思って剣人は頬を上げて軽く会釈をする。すると同じくコーヒーを啜っていた横尾が不意に「あ…」と呟いた。
「どうしました?」
「…いや、今の話を聞いて、"強いて言うなら"って事があって…でもな…」
話を続けながらも、横尾は言い淀んだ。その視線は少しだけ下ろされ、手元のコーヒーに注がれている。何か思案し、躊躇いにその目が少し揺れていた。
「何か、ありそうです?」
「…ちょっと許せよ、高山…」
横尾はこれから高山のことを自分が話すことに抵抗を感じたのだろう。腹を決めたように口を開いた彼の話し始めは、許しを請う言葉からだった。
「一応、警察にも少しこの話はしたんだけど…あいつもちょっと、悩ましかったんだ」
「悩ましい、ですか」
その口ぶりに、自然と剣人の返し方も慎重なものになる。横尾も言葉を選びながら話していた。
「あいつの事情だし、初対面の花森くんには全部は言えないけど、あいつは自分のやることが見つからなくて、悩んではいた」
"大学生です"と自己紹介すれば、専攻は何?と返ってくることは多いが、大学生が自分の将来設計が完全に出来ているかといえば、そういうケースばかりでもないだろう。まして、英道のような所謂Fランすれすれの大学の学生ならその比率も多いかもしれない。
「将来の進路とか、先が見えない感じですか…」
「それもだし、自分を持て余してるところさえあった。"何をすればいいかなんて俺が聞きたいくらいだ"って」
「……」
ていと思た。
他人事ではない…そう思う一方で、もう人のしんどい話なん聞きたくないと思う自分もいた。おかしなものだ。高山について聞き始めたのは、自分であるにも関わらず…いざ真剣に、大切な話として友人の苦難を話す横尾の言葉を、真面目に聞くことが苦痛な自分がいた。


      

その後、一先ずは状態が落ち着いたとされ、警察に事情を聞かれた後、4月23日に退院した剣人は、哲也と純子と共に実家の車に乗って朝憧市にある剣人のアパートまで送られた。「そのまま実家に帰ってきてもいい」と両親は言っていたが、新生活を始めて二週間足らずでのこの状況だ。アパートの解約手続き、アルバイトの退職、大学の休学届け。これらは一応、自分が顔を出して申し入れなければ…そう考えて早く済ませてしまうべく、大家とぶりっじの店長にはその日のうちに連絡を入れ、週末で話をつけた。大家には小言を言われ、店長には淡白にしか対応されなかったが、別に彼らが自分の人生に責任を取ってくれるわけでもない。病院からアパートはの帰りの車中で、哲也に「今は自分にこそ責任を持つために、自分を優先すればいい」と、かけられたその言葉を自身のうちの暗示とし、どうにかその場は乗り切った。そして週が明けて4月27日ーーー剣人は休学届けを申し入れるために、英道大学の事務と所属ゼミを訪れた。教授も事務職員にも困惑こそされたものの、精神的な不調と自身に起きた事件を盾に押し通し、後日提出する必要書類を一先ず受け取って帰路に着こうとしたーーーその時だった。

「なあ、高山の話…聞いた?」
「ああ…本人は"怪物に襲われた"とか言ってるって」

驚き故に、剣人の注意が一気に事務室の窓口から、隣接している掲示板前で話す男子学生達へと向いた。彼ら二人は掲示板に視線を向けたまま、まだこちらには気づいていない。
「盛って話してるんじゃないの?高山だしさ」
「それがさ…見舞いに行ったら、アイツ…真剣に話してるんだ」
「マジか」と続けるものの、一方の眼鏡をかけた男子学生は反応に困った様子だった。もう一方のスポーツ刈りの男子学生は高山という学生と親しかったのだろうか、眉根を寄せその表情に心配を滲ませていた。
…どうしようか…剣人はその状況にどう対処すべきかわからず、様子を見る。自分だけではなかった。同じように怪物に襲われた人がいる。その情報は喉から手が出るほど欲しかった。しかし彼らの話に入ることが躊躇われる。彼らがどの学部のどんな学生かも知らないという意味でも、彼らのどうしてもかけ違ってしまう会話のトーンに割って入る意味でも…だがそうしている間にも、二人が剣人の視線に気づいてか、こちらの方を向いた。
「あ…あの」
気まずさも相俟って、破れかぶれと剣人は口を何とか開くと、努めて平常心で一声こういった。
「その人のこと…ちょっと伺ってもいいですか?」
「…君は?」
神妙なトーンでスポーツ刈りがもう一方と顔を見合せると、不審がりながら問いただす。先ずは自己紹介が人と話す上での礼儀で道理か…
「今のところ文学部一回生の花森剣人っていいます」
「今のところって何?」
「…高山のことを聞こうとしたのはなんで?」
吹き出しそうになった眼鏡に構わず、スポーツ刈りが眉根を寄せて問う。当然の疑問だ。今現在、この初対面の状況で、いきなり相手の心配事に首を突っ込む格好になっているのだから。
「それは…なんていうか…」
思わず言い淀んでしまい、相手二人の怪訝な様子が強まる。ここで自分のことを伏せてもどうにもならないが、初対面の人物に聞かせることではまずない。
「なあ、スルーしとけよ」
眼鏡の方が言った。まずい、話も出来ない上に下手に人に疑われる…そう思った矢先、スポーツ刈りがその言葉を制した。
「いや、先に講義行っておいてくれ。場合によっては俺はちょっと今日は欠席だ」
「…わかった」
眼鏡の学生が去り、改めてスポーツ刈りが剣人の言葉を待つ。さあ、これでいいだろう?ーーーそう告げんばかりの真剣な表情が、剣人の腹を決めさせた。
「どうか他言しないで欲しいんですが…」
「それはないよ」
即答で告げられると流石に圧を感じるが、今さら逃げることも出来ない。剣人は小声で一言告げた。
「…俺も、怪物に襲われました」ーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その後、スポーツ刈りーーー横尾和明は、剣人との情報交換に赴いた。剣人と横尾は大学を抜け、その近隣に位置するファストフード店に腰を落ち着けて、そこで互いの出くわした状況について話してみようということになった。しかし剣人はどこからどう話を切り出すべきか、その整理がすぐにはつかない。その様子を察したのだろう。横尾の方から話を切り出した。
「俺と高山は、英道の経済学部の二回生なんだ」
「経済ですか…高山さんとは、ゼミは?」
「別々」
短い返答に頷きながら、次の話の切り口を考える。忽ちは高山の状況と自分のそれとの共通点や差異を知りたい。
「横尾さんから見てでいいんですが、高山さんが襲われたことに、心当たりとかありますか?」
「警察にも、同じようなことを聞かれたよ。でも本人だってそんなのないようだし、俺に思い当たることなんて言われてもな…」
言われながらそうだろうと思う。なんというか…事情の一端こそ話はした。しかし、自分も怪物の姿に変身したーーーそんな事を話しは出来ず、かといって人の事情に首を突っ込んでいる自分がいる。
「そうですよね…俺も、なんで襲われたのかなんて…」
そういう自分が、不誠実なように感じた。なかなか上手くはいかないものだ。だから、そんな思いからだろうかーーー
「全く、息苦しいったら…」
ふと、そう口にしている自分がいた。
「息苦しい?…なんか気に障るようなこと、言った?」
「…あっ、いや…すみません。俺自身の話です」
怪訝な顔をした横尾から返ってきた疑問の言葉に、慌てて謝罪しつつ剣人は言葉を継ぎ足す。
「…あんまり上手く、何か出来る人間じゃなくて色々難儀なのに、こんな面倒事に出くわしたから、つい…」
誤魔化したような苦笑を浮かべて応えると、剣人は一応注文していたコーヒーを一口啜った。口の中に熱い苦味が流れ込む。
「そんな風には見えないけどな…」
「どうも…ただ、さっきだって横尾さんと一緒にいた人とに、ビビりながら変な話し方になってたと思うし」
「それは、あんなもんだろ。初対面なんだからさ」
そう取って貰えるとありがたい。そう思って剣人は頬を上げて軽く会釈をする。すると同じくコーヒーを啜っていた横尾が不意に「あ…」と呟いた。
「どうしました?」
「…いや、今の話を聞いて、"強いて言うなら"って事があって…でもな…」
話を続けながらも、横尾は言い淀んだ。その視線は少しだけ下ろされ、手元のコーヒーに注がれている。何か思案し、躊躇いにその目が少し揺れていた。
「何か、ありそうです?」
「…ちょっと許せよ、高山…」
横尾はこれから高山のことを自分が話すことに抵抗を感じたのだろう。腹を決めたように口を開いた彼の話し始めは、許しを請う言葉からだった。
「一応、警察にも少しこの話はしたんだけど…あいつもちょっと、悩ましかったんだ」
「悩ましい、ですか」
その口ぶりに、自然と剣人の返し方も慎重なものになる。横尾も言葉を選びながら話していた。
「あいつの事情だし、初対面の花森くんには全部は言えないけど、あいつは自分のやることが見つからなくて、悩んではいた」
"大学生です"と自己紹介すれば、専攻は何?と返ってくることは多いが、大学生が自分の将来設計が完全に出来ているかといえば、そういうケースばかりでもないだろう。まして、英道のような所謂Fランすれすれの大学の学生ならその比率も多いかもしれない。
「将来の進路とか、先が見えない感じですか…」
「それもだし、自分を持て余してるところさえあった。"何をすればいいかなんて俺が聞きたいくらいだ"って」
「……」
他人事ではない…そう思う一方で、もう人のしんどい話なんて聞きたくないと思う自分もいた。おかしなものだ。高山について聞き始めたのは、自分であるにも関わらず…いざ真剣に、大切な話として友人の苦難を話す横尾の言葉を、真面目に聞くことが苦痛な自分がいた。