千想の魔法 3.光環の狩人 version 11

2023/06/15 06:52 by sagitta_luminis sagitta_luminis
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千想の魔法 3.光環の狩人
@[TOC]

##### 3-1 こんな所で何してるの
街を離れて森に入り、イジェンドの向かった奥地を目指す。キラちゃんは心羽を誘導するように数歩先を心羽の頭ぐらいの高さで飛んでいる。影魔と遭遇してしまっては成すすべがないので、常に周囲を警戒しながら進む。
「本当にこの先にイジェンドがいるの…?」
どんどん奥地へと入り込んでいき不安になる心羽。キラちゃんは振り向きもしない。シエルが特別なだけで、もともと人の言葉は通じないのだろう。
しかし、イジェンドと合流するより先に影魔の群れと遭遇してしまう。フレイミングドレスに変身して迎え撃つも、攻撃を凌ぐのがやっとで、一撃も有効打を与えられない。
しかし、防戦一方なこの状況は不意に破られた。何かが風を切るような音が複数同時に聞こえたと思った次の瞬間、そこにいた影魔の身体が崩壊して塵となった。
急な出来事に心羽も混乱するが、少なくとも影魔の脅威は去ったことに一先ず安堵する。
影魔の残滓から同じような木の棒を拾う。形状からして、これは矢だろうか…
「ねえ、そこの赤い髪の人!大丈夫だった…? 怪我はない?」
後方からする声に心羽が振り返ると、こちらへ走ってくるロングヘアーの女性がいた。民族衣装のような複雑な柄のケープを着ているその女性は、左手に木を削って作った弓を握っている。
「うん、大丈夫。ありがとう、あなたが助けてくれたんだよね?」
「いいよ、気にしないで。 私たちもともと影魔を狩るために来たから。それより、君はこんな所で何してるの? 」
私たち…? 影魔を狩る…? その発言はすなわち、イジェンドのように影魔と渡り合えるほどの実力者が複数集まり、影魔を倒すため共同戦線を張って活動していることを意味する。この情報は心羽には大きな進展だった。
「実は、人探しをしてて…」
「この森で人探しは骨が折れるよー。とりあえずここは危険だし、移動しながら話そう」

##### 3-2 ついてきなよ
心羽を助けてくれた女性は名をエイミーという。心羽より背丈があり大人びているが、歳は心羽と3つしか変わらない。彼女はユール城下町と貿易関係にあった隣国からやってきた狩人で、普段はユール森林で鳥や獣などを狩猟して生計を立てているが、今回は影魔の脅威を排除するために集った狩猟チームとして来ているらしい。
心羽を助けてくれた女性は名をエイミーという。心羽より背丈があり大人びているが、歳は心羽と2つしか変わらない。彼女はユール城下町と貿易関係にあった隣国からやってきた狩人で、普段はユール森林で鳥や獣などを狩猟して生計を立てているが、今回は影魔の脅威を排除するために集った狩猟チームとして来ているらしい。
*「それにしても、赤い髪で黒い服を着た長身の剣士………特徴を聞く限り、身長以外は全部当てはまってる人が目の前にいるんだけど?」
「えっ? あぁ、そうそう、今の私と同じ格好の男の人を探してるの! その人はエイミーたちと同じで、影魔の殲滅を目的としてる」
「それなら、私たちについてきなよ。この森を子供が1人で出歩くのは危険だし、目的が一緒ならいつか出会えるかもしれない」
「狩猟チームのみんなとは別々で行動してるの?」
「うん、私はひとりの方が何かと都合がいいんだ。まあ、もう少ししたらお昼の時間だからみんな拠点に戻ってくるはず」*

*「ねえねえ、心羽ちゃんとその剣士さんはどういう関係? 服装が同じってことは同じチームとか?」
「うーん、なんていうんだろう……イジェンドはとっても強くて、前に影魔に襲われた時は彼助けてもらったの。だから私もそういう風になれたらなって」*
「うーん、なんていうんだろう……イジェンドはとっても強くて、前に影魔に襲われた時は彼助けてくれたの。だから私もあんな風になれたらなって」
「ふーん…強いひとに憧れてるの?」
「そうなのかな…。でも、強いだけじゃダメな気がする。あの人みたいな優しさも持ち合わせる人間になりたい」*


##### 3-3 相談した方がいい
この赤髪の子供は心羽というこの辺りでは聞きなれない響きの名前を持つ。おそらく異国から来たのだろう。さっきは両手剣に炎を灯して影魔と戦っていたが、今やその剣はどこに見当たらない。そんな芸当ができるのはカルナの使い手か、あるいは……あるいは、もしこの子があの大厄災を引き起こしたと噂される“炎の魔女”だったら…
この赤髪の子供は心羽というこの辺りでは聞きなれない響きの名前を持つ。おそらく異国から来たのだろう。さっきは両手剣に炎を灯して影魔と戦っていたが、今やその剣を持ち歩いている気配もなく、気付けば服装も変わって。そんな芸当ができるのはカルナの使い手か、あるいは……あるいは、もしこの子があの大厄災を引き起こしたと噂される“炎の魔女”だったら…
迂闊に近付いたのはまずかったかもしれない。
炎の魔術を操るのはもちろん、赤い髪も、紅い瞳も、剣を振るうその姿も、噂に聞く炎の魔女の特徴と合致する。
しかしそうだとしたら、いくつか疑問も浮かぶ。炎の魔女はこんな子供なのだろうか? いや、身長を変えるなど造作もないかもしれない。でも、炎の魔女ほどの人物が影魔相手に苦戦を強いられるだろうか?
まだ断定できない。ただしこれだけの類似点があるのなら、何かしらの接点があってもおかしくない。やはり、一度この子を連れてチームのみんなに相談した方がいい。
炎の魔術を操るのはもちろん、赤い髪も、紅い瞳も、剣を振るうその姿も、言い伝えられる炎の魔女の特徴と合致する。
しかしそうだとしたら、いくつか疑問も浮かぶ。炎の魔女はこんな子供なのだろうか? いや、身長を変えるなど造作もないかもしれない。でも、炎の魔女ほどの人物が影魔相手に苦戦を強いられるだろうか? 
まだ断定できない。ただしこれだけの類似点があるのなら、何かしらの接点があってもおかしくない。やはり、一度この子を連れてチームのみんなに相談した方がいい。
「ごめんねぇキラちゃん、安全を優先してこのお姉さんについて行くことにしたの。だから戻ってきてー!」
「キラちゃんって?」
「あの木の枝に止まってる鳥の名前だよ。イジェンドの居場所へ案内してくれてたんだけど、エイミーと一緒に行動するって言ったらあの子拗ねちゃって」
「へぇ、鳥が案内役を担えるんだ…」

*「その手に持ってるものは?」
「これは弓、狩りをするための道具だよ。見たことない?」
「どうやって使うの?」
「あとで実演してあげるね。今はとりあえず拠点を目指そう」*

##### 3-4
##### 3-4 時間が止まったかのような
エイミーの後についてしばらく進んだ後…
「ストップ、静かにして———」
心羽はエイミーに言われるがままに足を止め、息を潜める。
「どうしたの?」
小声で訊ねる。エイミーは目も合わせず、木々の隙間のある一点を見つめている。
小声で訊ねる。エイミーの目は木々の隙間のある一点を見つめている。
「あそこ、影魔がいる。見える?」
「うーん、見えな……あ、見えた、ほんとだ!」
立ち止まって凝視しなければ気付かないほど遠方の木の影にその影魔はいた。
立ち止まって凝視しなければ気付かないほど遠方の木の影にいたその影魔は、視線の先にいる獲物を狙うかのように爪をかざしてジリジリと前進している。
「まずい、誰か襲われてる!」
「一撃で仕留めるから、少し下がってて!」
エイミーは焦る心羽を一言で鎮め、目を閉じて呼吸を整えると、背負っている矢筒から矢を1本引き抜いて弓に番える。背筋を伸ばし、狙いを見据えてゆっくりと引き絞る。その張りつめた空気とエイミーから溢れ出る“静”のオーラに、まるで時間が止まったかのような錯覚を受ける。
次に時が動き出したとき、矢はもう既にエイミーの手元にはなく、遥か前方にいる影魔の身体を貫き、崩壊させていた。矢は速すぎて見えなかったが、矢が放たれたその一瞬、その軌道上の一点に矢が通り抜けそうな大きさの光の輪っかが浮いていたのが見えた。
「心羽来て!襲われてた人を手当てしないと!」

##### 3-5 狩人の師
「あれ、ルノー先生!?どうして…」
影魔に襲われていたのはエイミーと同じ狩猟チームの狩人で、幼い頃からエイミーに弓を教えてきた師匠というべき人物だった。左脚に傷を負っている。エイミーは布で応急処置を施した。
「ありがとう、助かったよエイミー」
「拠点に戻りましょう、歩けますか?」
ルノー先生はエイミーに支えられ、右脚を上手く使ってなんとか歩き出した。大きな武器を二張りも抱え、その上2人分の荷物を背負ったエイミーは少し苦しそうな顔をしていた。
「エイミー、荷物は私が預かるよ!」
「大丈夫、これぐらいひとりで持てるよ」
心羽には少し苦しそうに見えたが、余計な心配だったのだろうか。
「すまない、エイミー。それと、そこの赤い髪の子は?」
「はじめまして、私は心羽。この森でイジェンドって人を探してるんだ」

##### 3-6 カルナを使える者同士
*剣より遥かに長い射程と高い殺傷力を誇る弓は、間合いを詰められるとなにもできなくなる弱点を抱えている。影魔に近付かれる前に仕留めきれなかったのが今回の敗因だろう。もしエイミーが助けにきてくれなければ、僕は今頃…*

負傷したルノーはエイミーの肩を借りながら、心羽という命知らずな子供を連れて拠点に辿り着いた。この拠点は森の中にある唯一の廃小屋を再利用したもので、ここであれば基本的な設備と最低限の安全は確保できる。
「チームじゃない人を小屋に入れるには許可がいるの。だから心羽ちゃんはここで待っててくれるかな」
「うん、わかった!」
「ごめんね」
心羽はエイミーの指示通り、小屋の傍のベンチに腰かける。
小屋に入ると、ここの管理を任されているローガンが出迎えてくれた。彼は医師免許を持ち、負傷したチームメンバーのサポートを担当している。
「いらっしゃいルノー、エイミー」ローガンはルノーの左脚をちらと見やり、「おっと、これは重傷だねぇ。すぐに手当しよう、そこのベッドに横になってくれ」
そう言うとローガンは包帯と消毒薬を取りに奥へ入っていった。それに合わせるかのようにエイミーがルノーに相談を持ちかけてきた。
「ルノー先生、あの心羽という子についてなんですが…」
「たしか、イジェンドという剣士を探して森にやってきたというあの子だね?」
ルノーは横になりながら応答する。ここへ来る過程で心羽と遭遇した経緯は概ね伺っていた。
「はい。ここだけの話、実は彼女がカルナのような魔術を扱うのを目にしたんです。炎を操ったり、姿を変えたり…」
「君と同じカルナの使い手か」
「それだけならいいのですが、もしかすると彼女、“炎の魔女”と何か関わりがあるかも知れないんです…」
「“炎の魔女”、ねぇ……」
十年前のある夜。夥しい数の魔物たちが現れるとともに大規模な火災が発生し、一夜にしてひとつの村が焼滅した。その翌日から始まった黒幕探しは様々な憶測が飛び交い、いつしか“炎の魔女”なる人物の仕業だという噂が流れはじめ、今となっては根拠のないままそれが定着してしまった。その噂では赤い長髪、赤い瞳の成人女性で炎と剣を自在に操り、魔物を従えているという。
エイミーはその村の出身だ、黒幕探しに敏感になる気持ちもわからなくはない。
「本人に直接聞くってのは? 相手は子どもだ。話した感じだと精神年齢も見た目相応だし、正直に話してくれるんじゃないか」
「それは…。あの子、自分がカルナ使いなことを隠したいみたいで…」
カルナの使い手はごくわずかな上、一般的な認知度も低い。無闇にそのことを言いふらせば、知らない者からあらぬ誤解を招き、人付き合いに少なくない支障がでる。その力を隠したがるカルナ使いは多く、エイミーだって僕以外にカルナの使い手であることを明かしてはいない。恐らく心羽も同じだろう。だとすれば…
「それなら簡単な話だ、エイミー。君自身がカルナ使いであることを心羽に明かすのさ。そしたら向こうもきっと教えてくれる。」
「えっ、でも…」
「カルナを使える者同士、いい友達になれるかもね」

##### 3-7 弓のひとつも引けやしない
簡素な造りのベンチに腰掛けている心羽。辺りを眺めていると、小屋の傍に大きさの違う何張かの弓が立てかけてある。
「あれが、影魔を一撃で倒せる武器……」
近くに的のようなものもあり、弓の練習をする場所のようだ。
「少しだけなら、いいよね…?」
心羽は立てかけてある弓から最も小さいものを手に取り、隣の矢筒から矢を一本拝借する。
「弓を構えてる時のエイミー、かっこよかったな…」
エイミーの姿を思い浮かべながら矢を番え、弦をひいてみる。しかし、心羽の力では弦がほとんど延びず、弓を引く構えにすらならない。
「うそ、弓ってこんな硬いの!? エイミーはあんなしなやかに引いてたのに…!」
「まったく…なんであんなちんちくりんの案内をしなきゃならないの…?」
不意に、誰かの声がした。
「へ…?」
辺りには誰もいない。しかしその声は独り言のようにぼそぼそしているにも関わらずハッキリと聞こえてくる。どこから…? 誰の声…?
「弓のひとつも引けやしない…影魔のひとつも狩れやしない…役立たずの小童…」
その声の出処はわからないが、心羽を貶していることだけはわかってきた。
「誰?私の悪口を言うのは」
その声に心羽が牽制すると、木の上に止まっているキラちゃんがびくっとしてこちらを窺う。
「そ、そんなはずはないわ…わたくしの声が聞こえるのはシエル様だけですもの…」
「キラちゃん…!?」
声の主に気付いた途端、その声が鳥のさえずりのように聞こえてきた。シエルの声の出し方によく似てる…
「……まさか、あなたもシエル様と同じ…」
「すごい、キラちゃんとお話できるようになった!」
「…なった? そんな、人間が鳥語を習得するなんて前例がないわ」
「シエルは?」
「あの方は生まれついてのものよ。あのお美しい声を聞けば、シエル様にしかなしえない御業だとわかるはず」
いや、たしかに綺麗な声だけどそれじゃわかんないよ…
「それより、さっきのちんちくりんとか、役立たずと全部聞こえてたけど?」
「あれは悪口ではなく事実ですわ。否定したいなら影魔のひとつでも倒してみては?」
「うっ…」
たしかに…まだ影魔を倒せるわけじゃないし、役には立たないかもしれない…
「でも、ちんちくりんは悪口だよ!」
「いいえ、ちんちくりんですわ。ちょっとシエル様に贔屓されたぐらいで浮かれて舞い上がる生意気な小娘ですもの」
浮かれて舞い上がる…? 私が?
あ、わかった…そういうことか……!
この子ヤキモチ妬いてるんだ。私がシエルによくしてもらったのを妬んで、
      

目次3-1 こんな所で何してるの3-2 ついてきなよ3-3 相談した方がいい3-4 時間が止まったかのような3-5 狩人の師3-6 カルナを使える者同士3-7 弓のひとつも引けやしない

3-1 こんな所で何してるの

街を離れて森に入り、イジェンドの向かった奥地を目指す。キラちゃんは心羽を誘導するように数歩先を心羽の頭ぐらいの高さで飛んでいる。影魔と遭遇してしまっては成すすべがないので、常に周囲を警戒しながら進む。
「本当にこの先にイジェンドがいるの…?」
どんどん奥地へと入り込んでいき不安になる心羽。キラちゃんは振り向きもしない。シエルが特別なだけで、もともと人の言葉は通じないのだろう。
しかし、イジェンドと合流するより先に影魔の群れと遭遇してしまう。フレイミングドレスに変身して迎え撃つも、攻撃を凌ぐのがやっとで、一撃も有効打を与えられない。
しかし、防戦一方なこの状況は不意に破られた。何かが風を切るような音が複数同時に聞こえたと思った次の瞬間、そこにいた影魔の身体が崩壊して塵となった。
急な出来事に心羽も混乱するが、少なくとも影魔の脅威は去ったことに一先ず安堵する。
影魔の残滓から同じような木の棒を拾う。形状からして、これは矢だろうか…
「ねえ、そこの赤い髪の人!大丈夫だった…? 怪我はない?」
後方からする声に心羽が振り返ると、こちらへ走ってくるロングヘアーの女性がいた。民族衣装のような複雑な柄のケープを着ているその女性は、左手に木を削って作った弓を握っている。
「うん、大丈夫。ありがとう、あなたが助けてくれたんだよね?」
「いいよ、気にしないで。 私たちもともと影魔を狩るために来たから。それより、君はこんな所で何してるの? 」
私たち…? 影魔を狩る…? その発言はすなわち、イジェンドのように影魔と渡り合えるほどの実力者が複数集まり、影魔を倒すため共同戦線を張って活動していることを意味する。この情報は心羽には大きな進展だった。
「実は、人探しをしてて…」
「この森で人探しは骨が折れるよー。とりあえずここは危険だし、移動しながら話そう」

3-2 ついてきなよ

心羽を助けてくれた女性は名をエイミーという。心羽より背丈があり大人びているが、歳は心羽と2つしか変わらない。彼女はユール城下町と貿易関係にあった隣国からやってきた狩人で、普段はユール森林で鳥や獣などを狩猟して生計を立てているが、今回は影魔の脅威を排除するために集った狩猟チームとして来ているらしい。
「それにしても、赤い髪で黒い服を着た長身の剣士………特徴を聞く限り、身長以外は全部当てはまってる人が目の前にいるんだけど?」
「えっ? あぁ、そうそう、今の私と同じ格好の男の人を探してるの! その人はエイミーたちと同じで、影魔の殲滅を目的としてる」
「それなら、私たちについてきなよ。この森を子供が1人で出歩くのは危険だし、目的が一緒ならいつか出会えるかもしれない」
「狩猟チームのみんなとは別々で行動してるの?」
「うん、私はひとりの方が何かと都合がいいんだ。まあ、もう少ししたらお昼の時間だからみんな拠点に戻ってくるはず」

「ねえねえ、心羽ちゃんとその剣士さんはどういう関係? 服装が同じってことは同じチームとか?」
「うーん、なんていうんだろう……イジェンドはとっても強くて、前に影魔に襲われた時は彼が助けてくれたの。だから私もあんな風になれたらなって」
「ふーん…強いひとに憧れてるの?」
「そうなのかな…。でも、強いだけじゃダメな気がする。あの人みたいな優しさも持ち合わせる人間になりたい」

3-3 相談した方がいい

この赤髪の子供は心羽というこの辺りでは聞きなれない響きの名前を持つ。おそらく異国から来たのだろう。さっきは両手剣に炎を灯して影魔と戦っていたが、今やその剣を持ち歩いている気配もなく、気付けば服装も変わっている。そんな芸当ができるのはカルナの使い手か、あるいは……あるいは、もしこの子があの大厄災を引き起こしたと噂される“炎の魔女”だったら…
迂闊に近付いたのはまずかったかもしれない。
炎の魔術を操るのはもちろん、赤い髪も、紅い瞳も、剣を振るうその姿も、言い伝えられる炎の魔女の特徴と合致する。
しかしそうだとしたら、いくつか疑問も浮かぶ。炎の魔女はこんな子供なのだろうか? いや、身長を変えるなど造作もないかもしれない。でも、炎の魔女ほどの人物が影魔相手に苦戦を強いられるだろうか?
まだ断定はできない。ただしこれだけの類似点があるのなら、何かしらの接点があってもおかしくない。やはり、一度この子を連れてチームのみんなに相談した方がいい。
「ごめんねぇキラちゃん、安全を優先してこのお姉さんについて行くことにしたの。だから戻ってきてー!」
「キラちゃんって?」
「あの木の枝に止まってる鳥の名前だよ。イジェンドの居場所へ案内してくれてたんだけど、エイミーと一緒に行動するって言ったらあの子拗ねちゃって」
「へぇ、鳥が案内役を担えるんだ…」

「その手に持ってるものは?」
「これは弓、狩りをするための道具だよ。見たことない?」
「どうやって使うの?」
「あとで実演してあげるね。今はとりあえず拠点を目指そう」

3-4 時間が止まったかのような

エイミーの後についてしばらく進んだ後…
「ストップ、静かにして———」
心羽はエイミーに言われるがままに足を止め、息を潜める。
「どうしたの?」
小声で訊ねる。エイミーの目は木々の隙間のある一点を見つめている。
「あそこ、影魔がいる。見える?」
「うーん、見えな……あ、見えた、ほんとだ!」
立ち止まって凝視しなければ気付かないほど遠方の木の影にいたその影魔は、視線の先にいる獲物を狙うかのように爪をかざしてジリジリと前進している。
「まずい、誰か襲われてる!」
「一撃で仕留めるから、少し下がってて!」
エイミーは焦る心羽を一言で鎮め、目を閉じて呼吸を整えると、背負っている矢筒から矢を1本引き抜いて弓に番える。背筋を伸ばし、狙いを見据えてゆっくりと引き絞る。その張りつめた空気とエイミーから溢れ出る“静”のオーラに、まるで時間が止まったかのような錯覚を受ける。
次に時が動き出したとき、矢はもう既にエイミーの手元にはなく、遥か前方にいる影魔の身体を貫き、崩壊させていた。矢は速すぎて見えなかったが、矢が放たれたその一瞬、その軌道上の一点に矢が通り抜けそうな大きさの光の輪っかが浮いていたのが見えた。
「心羽来て!襲われてた人を手当てしないと!」

3-5 狩人の師

「あれ、ルノー先生!?どうして…」
影魔に襲われていたのはエイミーと同じ狩猟チームの狩人で、幼い頃からエイミーに弓を教えてきた師匠というべき人物だった。左脚に傷を負っている。エイミーは布で応急処置を施した。
「ありがとう、助かったよエイミー」
「拠点に戻りましょう、歩けますか?」
ルノー先生はエイミーに支えられ、右脚を上手く使ってなんとか歩き出した。大きな武器を二張りも抱え、その上2人分の荷物を背負ったエイミーは少し苦しそうな顔をしていた。
「エイミー、荷物は私が預かるよ!」
「大丈夫、これぐらいひとりで持てるよ」
心羽には少し苦しそうに見えたが、余計な心配だったのだろうか。
「すまない、エイミー。それと、そこの赤い髪の子は?」
「はじめまして、私は心羽。この森でイジェンドって人を探してるんだ」

3-6 カルナを使える者同士

剣より遥かに長い射程と高い殺傷力を誇る弓は、間合いを詰められるとなにもできなくなる弱点を抱えている。影魔に近付かれる前に仕留めきれなかったのが今回の敗因だろう。もしエイミーが助けにきてくれなければ、僕は今頃…

負傷したルノーはエイミーの肩を借りながら、心羽という命知らずな子供を連れて拠点に辿り着いた。この拠点は森の中にある唯一の廃小屋を再利用したもので、ここであれば基本的な設備と最低限の安全は確保できる。
「チームじゃない人を小屋に入れるには許可がいるの。だから心羽ちゃんはここで待っててくれるかな」
「うん、わかった!」
「ごめんね」
心羽はエイミーの指示通り、小屋の傍のベンチに腰かける。
小屋に入ると、ここの管理を任されているローガンが出迎えてくれた。彼は医師免許を持ち、負傷したチームメンバーのサポートを担当している。
「いらっしゃいルノー、エイミー」ローガンはルノーの左脚をちらと見やり、「おっと、これは重傷だねぇ。すぐに手当しよう、そこのベッドに横になってくれ」
そう言うとローガンは包帯と消毒薬を取りに奥へ入っていった。それに合わせるかのようにエイミーがルノーに相談を持ちかけてきた。
「ルノー先生、あの心羽という子についてなんですが…」
「たしか、イジェンドという剣士を探して森にやってきたというあの子だね?」
ルノーは横になりながら応答する。ここへ来る過程で心羽と遭遇した経緯は概ね伺っていた。
「はい。ここだけの話、実は彼女がカルナのような魔術を扱うのを目にしたんです。炎を操ったり、姿を変えたり…」
「君と同じカルナの使い手か」
「それだけならいいのですが、もしかすると彼女、“炎の魔女”と何か関わりがあるかも知れないんです…」
「“炎の魔女”、ねぇ……」
十年前のある夜。夥しい数の魔物たちが現れるとともに大規模な火災が発生し、一夜にしてひとつの村が焼滅した。その翌日から始まった黒幕探しは様々な憶測が飛び交い、いつしか“炎の魔女”なる人物の仕業だという噂が流れはじめ、今となっては根拠のないままそれが定着してしまった。その噂では赤い長髪、赤い瞳の成人女性で炎と剣を自在に操り、魔物を従えているという。
エイミーはその村の出身だ、黒幕探しに敏感になる気持ちもわからなくはない。
「本人に直接聞くってのは? 相手は子どもだ。話した感じだと精神年齢も見た目相応だし、正直に話してくれるんじゃないか」
「それは…。あの子、自分がカルナ使いなことを隠したいみたいで…」
カルナの使い手はごくわずかな上、一般的な認知度も低い。無闇にそのことを言いふらせば、知らない者からあらぬ誤解を招き、人付き合いに少なくない支障がでる。その力を隠したがるカルナ使いは多く、エイミーだって僕以外にカルナの使い手であることを明かしてはいない。恐らく心羽も同じだろう。だとすれば…
「それなら簡単な話だ、エイミー。君自身がカルナ使いであることを心羽に明かすのさ。そしたら向こうもきっと教えてくれる。」
「えっ、でも…」
「カルナを使える者同士、いい友達になれるかもね」

3-7 弓のひとつも引けやしない

簡素な造りのベンチに腰掛けている心羽。辺りを眺めていると、小屋の傍に大きさの違う何張かの弓が立てかけてある。
「あれが、影魔を一撃で倒せる武器……」
近くに的のようなものもあり、弓の練習をする場所のようだ。
「少しだけなら、いいよね…?」
心羽は立てかけてある弓から最も小さいものを手に取り、隣の矢筒から矢を一本拝借する。
「弓を構えてる時のエイミー、かっこよかったな…」
エイミーの姿を思い浮かべながら矢を番え、弦をひいてみる。しかし、心羽の力では弦がほとんど延びず、弓を引く構えにすらならない。
「うそ、弓ってこんな硬いの!? エイミーはあんなしなやかに引いてたのに…!」
「まったく…なんであんなちんちくりんの案内をしなきゃならないの…?」
不意に、誰かの声がした。
「へ…?」
辺りには誰もいない。しかしその声は独り言のようにぼそぼそしているにも関わらずハッキリと聞こえてくる。どこから…? 誰の声…?
「弓のひとつも引けやしない…影魔のひとつも狩れやしない…役立たずの小童…」
その声の出処はわからないが、心羽を貶していることだけはわかってきた。
「誰?私の悪口を言うのは」
その声に心羽が牽制すると、木の上に止まっているキラちゃんがびくっとしてこちらを窺う。
「そ、そんなはずはないわ…わたくしの声が聞こえるのはシエル様だけですもの…」
「キラちゃん…!?」
声の主に気付いた途端、その声が鳥のさえずりのように聞こえてきた。シエルの声の出し方によく似てる…
「……まさか、あなたもシエル様と同じ…」
「すごい、キラちゃんとお話できるようになった!」
「…なった? そんな、人間が鳥語を習得するなんて前例がないわ」
「シエルは?」
「あの方は生まれついてのものよ。あのお美しい声を聞けば、シエル様にしかなしえない御業だとわかるはず」
いや、たしかに綺麗な声だけどそれじゃわかんないよ…
「それより、さっきのちんちくりんとか、役立たずと全部聞こえてたけど?」
「あれは悪口ではなく事実ですわ。否定したいなら影魔のひとつでも倒してみては?」
「うっ…」
たしかに…まだ影魔を倒せるわけじゃないし、役には立たないかもしれない…
「でも、ちんちくりんは悪口だよ!」
「いいえ、ちんちくりんですわ。ちょっとシエル様に贔屓されたぐらいで浮かれて舞い上がる生意気な小娘ですもの」
浮かれて舞い上がる…? 私が?
あ、わかった…そういうことか……!
この子ヤキモチ妬いてるんだ。私がシエルによくしてもらったのを妬んで、