霹天の弓 ー1章ー【第3話】Ver.2.1.3 version 12
霹天の弓 ー1章ー【第3話】Ver.2.1.1
まるでおとぎ話みたいな、不思議な夢だったなぁ…———
日が昇ってしばらくして、人々が活動を始める時間。それを示す時計塔の「二の鐘」の音が、まだ少し冷たい朝の空気を震わせて、心羽の部屋に届く。それが朝焼けの日差しと相俟って、心羽の五体を覚まさせる。とはいえ未だ少し微睡む意識の中、心羽はそのぼんやりとした頭で、昨日の出来事を想起する。すごく怖い思いをしたけど、その中でも頑張れたことがあった…あれは…そう、守れた記憶。そして…
「あ、そうだ…約束」
そのことを思い出すと、微睡みに在った意識が更に覚醒に向かい、心羽の目が開く。だが、それこそあの出来事は夢だったのではないか…そんな思いに、ふと右手が胸に向かう。そこには、確かに何か硬い感触があった。それを布団から取り出すとともに、身を起こし、その目で確認する。あのペンダントだ…あの夢は、夢では終わらず、今日も確かに続いてる…!心羽は胸が熱くなるような、高揚した思いに包まれ、跳ね出したいような衝動のまま、自室を飛び出した。
「おはよう!」
「おはよう、昨日はゆっくり休めた?」
母の詩乃と挨拶を交わしながら、心羽はリビングに躍り出る。
「うん!」
珍しく張りきった娘の様子に、詩乃は若干驚きながら、少し先に食べていた朝食を片付け始める。心羽の席に並べられた本日の朝食は、ベーコンエッグとレタス、そして小食の心羽に合わせた量のトースト。
「…ずいぶん元気ね」
そんなテンションが高い今朝の心羽に、詩乃が最初に抱いた印象はこれだった。昨日が昨日だったから心配したけど、一晩にしてこの変わりようはどうしたの?詩乃はそれを聞こうか聞くまいか一瞬考えてしまった。
その夜、影魔という名の異形の存在と、カルナという名の未知の力に出会った心羽は、流石にその事象に完全には順応しきれない疲労感を抱えて、ルクスカーデン十三番街の住宅街に位置する自宅に帰った。そんな心羽が玄関の木戸を開け、間延びした「ただいま~」の声と共にリビングに入ると、ちょうど夕食を作り終えた詩乃が、同じく間延びした返事をする。
昨晩、影魔という名の異形の存在と、カルナという名の未知の力に出会った心羽は、流石にその事象に完全には順応しきれない疲労感を抱えて、ルクスカーデン十三番街の住宅街に位置する自宅に帰った。そんな心羽が玄関の木戸を開け、間延びした「ただいま~」の声と共にリビングに入ると、ちょうど夕食を作り終えた詩乃が、同じく間延びした返事をする。
「ああおかえり~、随分遅かったね、練習大変だった?」
「うん…今日は疲れたぁ〜」
そう言いながら心羽は崩れ落ちるように椅子に座り、テーブルに頭を伏せる。
「お疲れさま。ご飯用意するね」
詩乃は心羽の頭をポンポンと叩いてキッチンへ向かう。
(今日のことは、まだお母さんには話せないな…)
その後ろ姿を目で追いながら浮かんだのは、そんな思いだった。なぜだろう…自分でもよくわからない。ただ、大切な人に本当のことを…自分の一大事を言わないのは、流石に気が引ける。ただ、あんな出来事を説明しても飲み込んでもらえるのだろうか。心羽の胸中を過ったのは、そんな二つの思いだった。
「…心羽?」
上の空のまま、運ばれてくる夕食を目で追う心羽。その夕食を運んできた詩乃が、目を細め娘の神妙な様子をそのまま覗き込んでいると、見られていることを察知した心羽の目が、接近した詩乃の目と合う。
「あ~…お母さん…近い」
「…そう?」
距離を離して詩乃が微笑む。なんだよもう、人がシリアスに考えてるのに。顔を起こした心羽は、茶目っ気を演出して悦に入った様子の母を、むすっとした表情と半眼で睨む。そうして椅子を動かし少し距離を取れば、途端に顔をわざとらしく手で覆い、作った涙声で詩乃から抗議の一言が入った。
「お父さん、心羽がグレた~」
「なにそれ、そんなんじゃないよ」
心羽は母の冗談に笑い、「もう、あなたの娘でしょう?」と続けた。言われた詩乃は今だ顔を覆う手の中で泣いたふりをして笑っている。
「ごめんごめん、食べちゃいな」
「もう、そんなんじゃないよ」
心羽は母の冗談に笑い、「わたしそんなに悪い子?」と続けた。言われた詩乃は今だ顔を覆う手の中で泣いたふりをして笑っている。
「ごめんごめん、悪かったわね。ごはん冷めちゃうといけないから、早めにどうぞ」
やがて笑い終えたタイミングで、詩乃が微笑のまま顔を上げて言った。
「あ、ごめんお母さん…ちょっと今日、疲れてるからかな?あんまりお腹空いてないんだ」
「あら、そうなの…じゃあ、お風呂だけ入っちゃって休んじゃいなさい」
「あ、ごめんお母さん…ちょっと今日、あんまりお腹空いてないんだ」
「あら、そうなの…じゃあ、お風呂だけ入っちゃってすぐお休みなさい」
そこで心羽は目を伏せ、テーブルに並べられた夕食———ハンバーグ、野菜スープ、キャベツとトマトのサラダを見つめる。
「でも、悪くなっちゃうよね…ごはん」
「でも、もったいないよね…ごはん」
家庭内で食事の保存場所を確保するのが困難なのが、ルクスカーデンの住民たちの悩みの種の一つであるが、小食な心羽の場合、この保存の問題が尚のこと付きまとう。
「ああ、大丈夫よ。私のはまだ作ってないから、これ食べちゃうし」
そういう場合を見越して、詩乃は先に心羽の分を作ってから様子を見ることがあった。
「ごめんね、お母さん」
「いいよいいよ、自分の分を作るのが面倒だし、どうしようかなって思ってたから」
「それじゃ、お風呂入ってそのまま上がっちゃうね…お休みなさい」
実際、説明できたところで詩乃を戸惑わせるだけだし、疲れもあって今日はこれ以上難しい話ができそうにない…心羽は重い身体を起こし、そのままリビングを出た。
まるでおとぎ話みたいな、不思議な夢だったなぁ…———
日が昇ってしばらくして、人々が活動を始める時間。それを示す時計塔の「二の鐘」の音が、まだ少し冷たい朝の空気を震わせて、心羽の部屋に届く。それが朝焼けの日差しと相俟って、心羽の五体を覚まさせる。とはいえ未だ少し微睡む意識の中、心羽はそのぼんやりとした頭で、昨日の出来事を想起する。すごく怖い思いをしたけど、その中でも頑張れたことがあった…あれは…そう、守れた記憶。そして…
「あ、そうだ…約束」
そのことを思い出すと、微睡みに在った意識が更に覚醒に向かい、心羽の目が開く。だが、それこそあの出来事は夢だったのではないか…そんな思いに、ふと右手が胸に向かう。そこには、確かに何か硬い感触があった。それを布団から取り出すとともに、身を起こし、その目で確認する。あのペンダントだ…あの夢は、夢では終わらず、今日も確かに続いてる…!心羽は胸が熱くなるような、高揚した思いに包まれ、跳ね出したいような衝動のまま、自室を飛び出した。
「おはよう!」
「おはよう、昨日はゆっくり休めた?」
母の詩乃と挨拶を交わしながら、心羽はリビングに躍り出る。
「うん!」
珍しく張りきった娘の様子に、詩乃は若干驚きながら、少し先に食べていた朝食を片付け始める。心羽の席に並べられた本日の朝食は、ベーコンエッグとレタス、そして小食の心羽に合わせた量のトースト。
「…ずいぶん元気ね」
そんなテンションが高い今朝の心羽に、詩乃が最初に抱いた印象はこれだった。昨日が昨日だったから心配したけど、一晩にしてこの変わりようはどうしたの?詩乃はそれを聞こうか聞くまいか一瞬考えてしまった。
昨晩、影魔という名の異形の存在と、カルナという名の未知の力に出会った心羽は、流石にその事象に完全には順応しきれない疲労感を抱えて、ルクスカーデン十三番街の住宅街に位置する自宅に帰った。そんな心羽が玄関の木戸を開け、間延びした「ただいま~」の声と共にリビングに入ると、ちょうど夕食を作り終えた詩乃が、同じく間延びした返事をする。
「ああおかえり~、随分遅かったね、練習大変だった?」
「うん…今日は疲れたぁ〜」
そう言いながら心羽は崩れ落ちるように椅子に座り、テーブルに頭を伏せる。
「お疲れさま。ご飯用意するね」
詩乃は心羽の頭をポンポンと叩いてキッチンへ向かう。
(今日のことは、まだお母さんには話せないな…)
その後ろ姿を目で追いながら浮かんだのは、そんな思いだった。なぜだろう…自分でもよくわからない。ただ、大切な人に本当のことを…自分の一大事を言わないのは、流石に気が引ける。ただ、あんな出来事を説明しても飲み込んでもらえるのだろうか。心羽の胸中を過ったのは、そんな二つの思いだった。
「…心羽?」
上の空のまま、運ばれてくる夕食を目で追う心羽。その夕食を運んできた詩乃が、目を細め娘の神妙な様子をそのまま覗き込んでいると、見られていることを察知した心羽の目が、接近した詩乃の目と合う。
「あ~…お母さん…近い」
「…そう?」
距離を離して詩乃が微笑む。なんだよもう、人がシリアスに考えてるのに。顔を起こした心羽は、茶目っ気を演出して悦に入った様子の母を、むすっとした表情と半眼で睨む。そうして椅子を動かし少し距離を取れば、途端に顔をわざとらしく手で覆い、作った涙声で詩乃から抗議の一言が入った。
「お父さん、心羽がグレた~」
「もう、そんなんじゃないよ」
心羽は母の冗談に笑い、「わたしそんなに悪い子?」と続けた。言われた詩乃は今だ顔を覆う手の中で泣いたふりをして笑っている。
「ごめんごめん、悪かったわね。ごはん冷めちゃうといけないから、早めにどうぞ」
やがて笑い終えたタイミングで、詩乃が微笑のまま顔を上げて言った。
「あ、ごめんお母さん…ちょっと今日、あんまりお腹空いてないんだ」
「あら、そうなの…じゃあ、お風呂だけ入っちゃってすぐお休みなさい」
そこで心羽は目を伏せ、テーブルに並べられた夕食———ハンバーグ、野菜スープ、キャベツとトマトのサラダを見つめる。
「でも、もったいないよね…ごはん」
家庭内で食事の保存場所を確保するのが困難なのが、ルクスカーデンの住民たちの悩みの種の一つであるが、小食な心羽の場合、この保存の問題が尚のこと付きまとう。
「ああ、大丈夫よ。私のはまだ作ってないから、これ食べちゃうし」
そういう場合を見越して、詩乃は先に心羽の分を作ってから様子を見ることがあった。
「ごめんね、お母さん」
「いいよいいよ、自分の分を作るのが面倒だし、どうしようかなって思ってたから」
「それじゃ、お風呂入ってそのまま上がっちゃうね…お休みなさい」
実際、説明できたところで詩乃を戸惑わせるだけだし、疲れもあって今日はこれ以上難しい話ができそうにない…心羽は重い身体を起こし、そのままリビングを出た。