7.小人と取材 version 8

2023/09/18 14:40 by someone
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7.
「あんたらも結局、自己満足を貪ってるだけだよ。このパフェみたいな、な」
取材対象であったその権力者の言葉は、年老いたある女性ジャーナリストに虚しさを叩きつけた。彼女は世の中の闇を多く見ながら、それ故に可能な限り人の希望を守ろうと報道を続けてきた人間だった。少なくともその信念と誇りが、彼女を動かしてきた。その時までは。
数年前、彼女がある事件を取材していた時のことだった。ある精神科病棟での患者の失踪。それも患者自身の心身と、他者の安全のために施錠されている保護室で起きた異常事態。医療関係者の職務の遂行には、直接的な落ち度はまず見られなかった。彼らが可能な限りの人道的ケアに努めていたことは、他の患者達の概ねも話していた。
だが警察の発表では、医療関係者の人為的な管理ミスであるとされ、当時職務に当たっていた看護師は処断される。
"事が起きた決定的瞬間は、保護室に備え付けられたカメラが捉えていたはず"
しかし彼女にその開示を請求できる権限はない。厳かである患者の個人情報であることを盾に、真実は闇に葬られようとしていたその矢先ーー先に処断された看護師もまた、その存在が消失した。だが彼女が最後に取材した当時には、看護師は失業保険の申請書類を書いており、状況に憤りながらも、戦う意思さえ見せていた。衝動的に自殺や蒸発などを考える人間のそれと捉えるには、不可解。
彼女はその後も必死に取材を続けた。否、最早それは単独での調査や捜査の類いだった。ある患者が保護室の患者のことを言った。
「"彼"は、自分の無力さに絶望していた」
また、ある警察の捜査関係者が吐露した。
「あの捜査は本当に異例だった。科警研も来ていたよ」
末端の病院スタッフは疑問を提示した。
「あの保護室は当分、掃除もしなくていいと、上の方から言われてました。あんなことがあったのはわかりますけど…それにしたって」
取材に応じた彼らが持っていた断片的な情報。そこから組み上がるロジック。部分ずつでもパズルのピースが揃い、ある仮説が脳裏を過った時、彼女は自身の正気を疑った。そして同時に、社会が大きく混乱しかねない事態に畏怖を抱く。
しかし権力者と対峙した時、パフェを食む彼の口から出た言葉は、彼女を揶揄する先のそれと、真相を明るみに出したところで、最早誰の足しにもならない現実。そしてそのために「自分はなにもしない」という愚鈍にすぎる返答だった。
しかし権力者と対峙した時、パフェを食む彼の口から出た言葉は、彼女を揶揄する先のそれと、真相を明るみに出したところで、最早誰の足しにもならない現実。そしてそのために「自分はあくまで何もしない」という愚鈍にすぎる返答だった。
"嗚呼…私が挑み、足掻こうとしてきたものは、こうもつまらない、無為に終わるものだったか"
使命、正義、意義、抵抗。それら信条に出来る限りの全てを掛けてきた。故に彼女は自身が追ってきたものと、それを踏みにじるもの達への空虚さに、ただくたびれていた。そんな彼女の背に異形は襲い来る。その時彼女が抱いたものを、最早知る者は居なかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

「お前らさ、なんか半端じゃんな」
5月16日、午前9時57分。花森健人は自宅にて唐突に声をかけられた。そこに居たのは白い小人。今尚続く超常的な現象に、僅かに慣れた気がした自身を、寧ろ危うく思いながらも小人に辟易と返事をする。
「何、お前?今度は何だよ、もう」
「…いきなりあしらうのは、それはそれでどうなんよ。ていうかもうちょい驚くところじゃないんか?」
小人が捲し立てて言う。ああ、うざったい。
俺の周りはこんなことばかりが起こってばかりだ。だが驚くのも嫌になる。口からは溢れる溜め息に、健人の鬱々とした感情が強く滲んだ。
「お前も大方、"俺の現実"なんだろ?」
「まあ、否定はせんな」
「…幻覚とかの方がマシだ」
「そりゃ相当じゃな」
転じてどこか飄々とさえした小人の返事が、健人の神経を逆立たせる。そもそもお前は誰だ。人に名乗りもしないで苦言を言う無責任さが癪に障った。
「さっさと名乗れよ…俺は花森健人」
「ネーゲルじゃ、それじゃこれから」
「「よろしく」…なんて言うと思ったか?この不法侵入者」
同時に唱えられた挨拶を嫌味に変え、道義と法を盾に言い放つ健人だが、小人は意に介さない。
「あんま自分から言いたくないが、命の恩人にそれはなかろう」
「は?…ネーゲルって…お前!」
想起されるは先の事件。自分達を追い詰めた黒コートの凶行に対し、健人の身体を操って介入した第三者。
「やっと気づいたか。そう、前にお前がトランスになっとる時、戦ってたのは俺じゃ」
「知ってること教え「知ってること教えてくれであれば必然やることは一つ。問い質す。
「いいぞ。言えることなら言える」
不意に出てきた光明に、健人は一つ息を吸った。

ーーーーーーーーーーーーーーーー










「面倒になったな」
同日、午前10時27分。朝憬市南東部のさるマンションの一室にて、燕尾服を纏う初老の男が言った。
「よく言うわ。エヴがああなること、分かってた癖に」
対するは黒髪の女子高生。俗にいう深窓の令嬢という風貌そのままに、静かに言葉を紡ぐ。
「そういう君はどうなのかね?エヴルアに思うところでも?錬金術師殿」
「冗談。私が聞きたいのはあなたの腹の中よ、閣下様」
踏み込んできたその言葉に、閣下と呼ばれた男は苦笑した。
「実は自分でも驚くほど、何か裏があるとかいうわけでもないのだよ。如何にも悪どい黒幕を期待している諸君には悪いのだが」
あっけらかんとした閣下の言葉は、女子高生ーー錬金術師の整えられた眉を吊り上げさせた。
「…エヴルアを消す気だった?」
「まさか。彼は反骨心こそ隠していないが、私もみすみす、自分達の戦力を削ぐような愚策は言わんよ」
書斎を思わせる部屋に、沈黙が流れる。交錯する二者の視線。その時、インターフォンの音が鳴った。
「頼めるかな?」
閣下が錬金術師に応対を促した。顔をしかめて一瞥しながらも、錬金術師はインターフォンのモニターを見る。そこにはゾルドーの姿があった。
「神父様が私たちを咎めに来た」
「ほう、では迎え入れようか」
錬金術師が部屋のドアを開け、ゾルドーが入室すると、閣下がその来訪の意図を問う。
「全く君たち、私も忙しいのだが」
「エヴルアが消えた」
告げられた言葉に一瞬、間が空いた。閣下が一つだけ「ほう…」と状況を咀嚼する。
「早速戦力が削がれたかしら?」
「すぐにそう判断を急ぐのは早計だよ、君」
      

「あんたらも結局、自己満足を貪ってるだけだよ。このパフェみたいな、な」
取材対象であったその権力者の言葉は、年老いたある女性ジャーナリストに虚しさを叩きつけた。彼女は世の中の闇を多く見ながら、それ故に可能な限り人の希望を守ろうと報道を続けてきた人間だった。少なくともその信念と誇りが、彼女を動かしてきた。その時までは。
数年前、彼女がある事件を取材していた時のことだった。ある精神科病棟での患者の失踪。それも患者自身の心身と、他者の安全のために施錠されている保護室で起きた異常事態。医療関係者の職務の遂行には、直接的な落ち度はまず見られなかった。彼らが可能な限りの人道的ケアに努めていたことは、他の患者達の概ねも話していた。
だが警察の発表では、医療関係者の人為的な管理ミスであるとされ、当時職務に当たっていた看護師は処断される。
"事が起きた決定的瞬間は、保護室に備え付けられたカメラが捉えていたはず"
しかし彼女にその開示を請求できる権限はない。厳かである患者の個人情報であることを盾に、真実は闇に葬られようとしていたその矢先ーー先に処断された看護師もまた、その存在が消失した。だが彼女が最後に取材した当時には、看護師は失業保険の申請書類を書いており、状況に憤りながらも、戦う意思さえ見せていた。衝動的に自殺や蒸発などを考える人間のそれと捉えるには、不可解。
彼女はその後も必死に取材を続けた。否、最早それは単独での調査や捜査の類いだった。ある患者が保護室の患者のことを言った。
「"彼"は、自分の無力さに絶望していた」
また、ある警察の捜査関係者が吐露した。
「あの捜査は本当に異例だった。科警研も来ていたよ」
末端の病院スタッフは疑問を提示した。
「あの保護室は当分、掃除もしなくていいと、上の方から言われてました。あんなことがあったのはわかりますけど…それにしたって」
取材に応じた彼らが持っていた断片的な情報。そこから組み上がるロジック。部分ずつでもパズルのピースが揃い、ある仮説が脳裏を過った時、彼女は自身の正気を疑った。そして同時に、社会が大きく混乱しかねない事態に畏怖を抱く。
しかし権力者と対峙した時、パフェを食む彼の口から出た言葉は、彼女を揶揄する先のそれと、真相を明るみに出したところで、最早誰の足しにもならない現実。そしてそのために「自分はあくまで何もしない」という愚鈍にすぎる返答だった。
"嗚呼…私が挑み、足掻こうとしてきたものは、こうもつまらない、無為に終わるものだったか"
使命、正義、意義、抵抗。それら信条に出来る限りの全てを掛けてきた。故に彼女は自身が追ってきたものと、それを踏みにじるもの達への空虚さに、ただくたびれていた。そんな彼女の背に異形は襲い来る。その時彼女が抱いたものを、最早知る者は居なかった。

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「お前らさ、なんか半端じゃんな」
5月16日、午前9時57分。花森健人は自宅にて唐突に声をかけられた。そこに居たのは白い小人。今尚続く超常的な現象に、僅かに慣れた気がした自身を、寧ろ危うく思いながらも小人に辟易と返事をする。
「何、お前?今度は何だよ、もう」
「…いきなりあしらうのは、それはそれでどうなんよ。ていうかもうちょい驚くところじゃないんか?」
小人が捲し立てて言う。ああ、うざったい。
俺の周りはこんなことばかりが起こってばかりだ。だが驚くのも嫌になる。口からは溢れる溜め息に、健人の鬱々とした感情が強く滲んだ。
「お前も大方、"俺の現実"なんだろ?」
「まあ、否定はせんな」
「…幻覚とかの方がマシだ」
「そりゃ相当じゃな」
転じてどこか飄々とさえした小人の返事が、健人の神経を逆立たせる。そもそもお前は誰だ。人に名乗りもしないで苦言を言う無責任さが癪に障った。
「さっさと名乗れよ…俺は花森健人」
「ネーゲルじゃ、それじゃこれから」
「「よろしく」…なんて言うと思ったか?この不法侵入者」
同時に唱えられた挨拶を嫌味に変え、道義と法を盾に言い放つ健人だが、小人は意に介さない。
「あんま自分から言いたくないが、命の恩人にそれはなかろう」
「は?…ネーゲルって…お前!」
想起されるは先の事件。自分達を追い詰めた黒コートの凶行に対し、健人の身体を操って介入した第三者。
「やっと気づいたか。そう、前にお前がトランスになっとる時、戦ってたのは俺じゃ」
「知ってること教えてくれ」
であれば必然やることは一つ。問い質す。
「いいぞ。言えることなら言える」
不意に出てきた光明に、健人は一つ息を吸った。

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「面倒になったな」
同日、午前10時27分。朝憬市南東部のさるマンションの一室にて、燕尾服を纏う初老の男が言った。
「よく言うわ。エヴがああなること、分かってた癖に」
対するは黒髪の女子高生。俗にいう深窓の令嬢という風貌そのままに、静かに言葉を紡ぐ。
「そういう君はどうなのかね?エヴルアに思うところでも?錬金術師殿」
「冗談。私が聞きたいのはあなたの腹の中よ、閣下様」
踏み込んできたその言葉に、閣下と呼ばれた男は苦笑した。
「実は自分でも驚くほど、何か裏があるとかいうわけでもないのだよ。如何にも悪どい黒幕を期待している諸君には悪いのだが」
あっけらかんとした閣下の言葉は、女子高生ーー錬金術師の整えられた眉を吊り上げさせた。
「…エヴルアを消す気だった?」
「まさか。彼は反骨心こそ隠していないが、私もみすみす、自分達の戦力を削ぐような愚策は言わんよ」
書斎を思わせる部屋に、沈黙が流れる。交錯する二者の視線。その時、インターフォンの音が鳴った。
「頼めるかな?」
閣下が錬金術師に応対を促した。顔をしかめて一瞥しながらも、錬金術師はインターフォンのモニターを見る。そこにはゾルドーの姿があった。
「神父様が私たちを咎めに来た」
「ほう、では迎え入れようか」
錬金術師が部屋のドアを開け、ゾルドーが入室すると、閣下がその来訪の意図を問う。
「全く君たち、私も忙しいのだが」
「エヴルアが消えた」
告げられた言葉に一瞬、間が空いた。閣下が一つだけ「ほう…」と状況を咀嚼する。
「早速戦力が削がれたかしら?」
「すぐにそう判断を急ぐのは早計だよ、君」