7.小人と取材 version 6
7.
「あんたらも結局、自己満足を貪ってるだけだよ。このパフェみたいな、な」
取材対象であったその権力者の言葉は、年老いたある女性ジャーナリストに虚しさを叩きつけた。彼女は世の中の闇を多く見ながら、それ故に可能な限り人の希望を守ろうと報道を続けてきた人間だった。少なくともその信念と誇りが、彼女を動かしてきた。その時までは。
数年前、彼女がある事件を取材していた時のことだった。ある精神科病棟での患者の失踪。それも患者自身の心身と、他者の安全のために施錠されている保護室で起きた異常事態。医療関係者の職務の遂行には、直接的な落ち度はまず見られなかった。彼らが可能な限りの人道的ケアに努めていたことは、他の患者達の概ねも話していた。
だが警察の発表では、医療関係者の人為的な管理ミスであるとされ、当時職務に当たっていた看護師は処断される。
"事が起きた決定的瞬間は、保護室に備え付けられたカメラが捉えていたはず"
しかし彼女にその開示を請求できる権限はない。厳かである患者の個人情報であることを盾に、真実は闇に葬られようとしていたその矢先ーー先に処断された看護師が遺体となって発見された。自殺と推定されると後に発表されたが、最後に取材した当時には、看護師は失業保険の申請書類を書いており、状況に憤りながらも、戦う意思さえ見せていた。衝動的に自殺を考える人間のそれと捉えるには、不審。
彼女はその後も必死に取材を続けた。否、最早それは単独での調査や捜査の類いだった。ある患者が言った。
「"彼"は、自分の無力さに絶望していた」
また、ある警察の捜査関係者が吐露した。
「あの捜査は本当に異例だった。科警研も来ていたよ」
末端の病院スタッフは疑問を提示した。
「あの保護室は当分、掃除もしなくていいと、上の方から言われてました。あんなことがあったのはわかりますけど…それにしたって」
取材に応じた彼らが持っていた断片的な情報。そこから組み上がるロジック。部分ずつでもパズルのピースが揃い、ある仮説が脳裏を過った時、彼女は自身の正気を疑った。そして同時に、社会が大きく混乱しかねない事態に畏怖を抱く。
しかし権力者と対峙した時、パフェを食む彼の口から出た言葉は、彼女を揶揄する先のそれと、「なにもしない」という愚鈍にすぎる返答だった。そして虚ろに至り、くたびれた彼女の背に異形は襲い来る。その時彼女が抱いたものを、最早知る者は居なかった。
しかし権力者と対峙した時、パフェを食む彼の口から出た言葉は、彼女を揶揄する先のそれと、「なにもしない」という愚鈍にすぎる返答だった。
"嗚呼…私が挑み、足掻こうとしてきたものは、こうもつまらない、無為に終わるものだったか"
使命、正義、意義、抵抗。その信条に出来る限りの全てを掛けてきた。故に彼女は自身が追ってきたものと、それを踏みにじるもの達への空虚さに、ただくたびれていた。そんな彼女の背に異形は襲い来る。その時彼女が抱いたものを、最早知る者は居なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「お前らさ、なんか半端じゃんな」
5月16日、午前9時57分。花森健人は唐突にそう声をかけられた。そこに居たのは白い小人。今尚続く超常的な現象に、僅かに慣れた気がした自身を危うく思いながら小人に辟易と返事をする。
「何、お前?今度は何だよ、もう」
「…いきなり妙にあしらうのは、それはそれでどうなんよ」
「あんたらも結局、自己満足を貪ってるだけだよ。このパフェみたいな、な」
取材対象であったその権力者の言葉は、年老いたある女性ジャーナリストに虚しさを叩きつけた。彼女は世の中の闇を多く見ながら、それ故に可能な限り人の希望を守ろうと報道を続けてきた人間だった。少なくともその信念と誇りが、彼女を動かしてきた。その時までは。
数年前、彼女がある事件を取材していた時のことだった。ある精神科病棟での患者の失踪。それも患者自身の心身と、他者の安全のために施錠されている保護室で起きた異常事態。医療関係者の職務の遂行には、直接的な落ち度はまず見られなかった。彼らが可能な限りの人道的ケアに努めていたことは、他の患者達の概ねも話していた。
だが警察の発表では、医療関係者の人為的な管理ミスであるとされ、当時職務に当たっていた看護師は処断される。
"事が起きた決定的瞬間は、保護室に備え付けられたカメラが捉えていたはず"
しかし彼女にその開示を請求できる権限はない。厳かである患者の個人情報であることを盾に、真実は闇に葬られようとしていたその矢先ーー先に処断された看護師が遺体となって発見された。自殺と推定されると後に発表されたが、最後に取材した当時には、看護師は失業保険の申請書類を書いており、状況に憤りながらも、戦う意思さえ見せていた。衝動的に自殺を考える人間のそれと捉えるには、不審。
彼女はその後も必死に取材を続けた。否、最早それは単独での調査や捜査の類いだった。ある患者が言った。
「"彼"は、自分の無力さに絶望していた」
また、ある警察の捜査関係者が吐露した。
「あの捜査は本当に異例だった。科警研も来ていたよ」
末端の病院スタッフは疑問を提示した。
「あの保護室は当分、掃除もしなくていいと、上の方から言われてました。あんなことがあったのはわかりますけど…それにしたって」
取材に応じた彼らが持っていた断片的な情報。そこから組み上がるロジック。部分ずつでもパズルのピースが揃い、ある仮説が脳裏を過った時、彼女は自身の正気を疑った。そして同時に、社会が大きく混乱しかねない事態に畏怖を抱く。
しかし権力者と対峙した時、パフェを食む彼の口から出た言葉は、彼女を揶揄する先のそれと、「なにもしない」という愚鈍にすぎる返答だった。
"嗚呼…私が挑み、足掻こうとしてきたものは、こうもつまらない、無為に終わるものだったか"
使命、正義、意義、抵抗。その信条に出来る限りの全てを掛けてきた。故に彼女は自身が追ってきたものと、それを踏みにじるもの達への空虚さに、ただくたびれていた。そんな彼女の背に異形は襲い来る。その時彼女が抱いたものを、最早知る者は居なかった。
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「お前らさ、なんか半端じゃんな」
5月16日、午前9時57分。花森健人は唐突にそう声をかけられた。そこに居たのは白い小人。今尚続く超常的な現象に、僅かに慣れた気がした自身を危うく思いながら小人に辟易と返事をする。
「何、お前?今度は何だよ、もう」
「…いきなり妙にあしらうのは、それはそれでどうなんよ」