7.小人と取材 version 11

2023/10/01 10:38 by someone
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7.小人と取材
「あんたらも結局、自己満足を貪ってるだけだよ。このパフェみたいな、な」
取材対象であったその権力者の言葉は、年老いたある女性ジャーナリストに虚しさを突きつけた。彼女は世の中の闇を多く見ながら、それ故に可能な限り人の希望を守ろうと報道を続けてきた人間だった。少なくともその信念と誇りが、彼女を動かしてきた。その時までは。
数年前、彼女がある事件を取材していた時のことだった。ある精神科病棟での患者の失踪。それも患者自身の心身と、他者の安全のために施錠されている保護室で起きた異常事態。医療関係者の職務の遂行には、直接的な落ち度はまず見られなかった。彼らが可能な限りの人道的ケアに努めていたことは、他の患者達の概ねも話していた。
だが警察の発表では、医療関係者の人為的な管理ミスであるとされ、当時職務に当たっていた看護師は処断される。
"事が起きた決定的瞬間は、保護室に備え付けられたカメラが捉えていたはず"
しかし彼女にその開示を請求できる権限はない。厳かである患者の個人情報であることを盾に、真実は闇に葬られようとしていたその矢先ーー先に処断された看護師もまた、その存在が消失した。だが彼女が最後に取材した当時には、看護師は失業保険の申請書類を書いており、状況に憤りながらも、戦う意思さえ見せていた。衝動的に自殺や蒸発などを考える人間のそれと捉えるには、不可解。
彼女はその後も必死に取材を続けた。否、最早それは単独での調査や捜査の類いだった。ある患者が保護室の患者のことを言った。
「"彼"は、自分の無力さに絶望していた」
また、ある警察の捜査関係者が吐露した。
「あの捜査は本当に異例だった。科警研も来ていたよ」
末端病院スタッフは疑問を提示した。
看護助手は疑問を提示した。
「あの保護室は当分、掃除もしなくていいと、上の方から言われてました。あんなことがあったのはわかりますけど…それにしたって」
取材に応じた彼らが持っていた断片的な情報。そこから組み上がるロジック。部分ずつでもパズルのピースが揃い、ある仮説が脳裏を過った時、彼女は自身の正気を疑った。そして同時に、社会が大きく混乱しかねない事態に畏怖を抱く。
しかし権力者と対峙した時、パフェを食む彼の口から出た言葉は、彼女を揶揄する先のそれと、真相を明るみに出したところで、最早誰の足しにもならない現実。そしてそのために「自分はあくまで何もしない」という愚鈍にすぎる返答だった。
"嗚呼…私が挑み、足掻こうとしてきたものは、こうもつまらない、無為に終わるものだったか"
使命、正義、意義、抵抗。それら信条に出来る限りの全てを掛けてきた。故に彼女は自身が追ってきたものと、それを踏みにじるもの達への空虚さに、ただくたびれていた。そんな彼女の背に異形は襲い来る。その時彼女が抱いたものを、最早知る者は居なかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

「お前らさ、なんか半端じゃんな「お前らさ、つけられとるぞ5月16日、午前9時47分。花森健人は自宅にて唐突に声をかけられた。そこに居たのは白い小人。今尚続く超常的な現象に、僅かに慣れた気がした自身を、寧ろ危うく思いながらも小人に辟易と返事をする。
「何、お前?今度は何だよ、もう」
「…いきなりあしらうのは、それはそれでどうなんよ。ていうかもうちょい驚くところじゃないんか?」
小人が捲し立てて言う。ああ、うざったい。
俺の周りはこんなことばかりが起こってばかりだ。だが驚くのも嫌になる。口からは溢れる溜め息に、健人の鬱々とした感情が強く滲んだ。
「お前も大方、"俺の現実"なんだろ?」
「まあ、否定はせんな」
「幻覚とかの方がマシだ」
「そりゃ相当じゃな」
転じてどこか飄々とさえした小人の返事が、健人の神経を逆立たせる。ひりつくような悪意こそないが、そもそもお前は誰だ。人に名乗りもしないで苦言を言う無責任さが癪に障った。
転じてどこか飄々とさえした小人の返事が、健人の神経を逆立たせる。不思議とひりつくような悪意こそないが、そもそもお前は誰だ。人に名乗りもしないで苦言を言う無責任さが癪に障った。
「さっさと名乗れよ…俺は花森健人」
「ネーゲルじゃ、それじゃこれから」
「「よろしく」なんて言うと思ったか?不法侵入者」
同時に唱えられた挨拶を嫌味に変え、道義と法を盾に言い放つ健人だが、小人は意に介さない。
「あんま自分から言いたくないが、命の恩人にそれはなかろう」
「は?…ネーゲルって、お前!」
想起されるは先の事件。自分達を追い詰めた黒コートの凶行に対し、健人の身体を操って介入した第三者。
「やっと気づいたか。そう、前にお前がトランスになっとる時、戦ってたのは俺じゃ」
「知ってること教えてくれ」
であれば必然やることは一つ。問い質すであれば必然やることは一つ。情報を乞う「いいぞ。言えることなら言える」
不意に出てきた光明に、健人は一つ息を吸った。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

「全く、面倒になったな」
同日、午前10時27分。朝憬市南東部のさるマンションの一室にて、燕尾服を纏う初老の男が言った。
「よく言うわ。大方エヴが手こずること、分かってたんでしょ?」
対するは黒髪の女子高生。俗にいう深窓の令嬢という風貌そのままに、静かに、だが悠然と言葉を紡ぐ。
「そういう君はどうなのかね、エヴルアに思うところでも?錬金術師殿」
「冗談よして。私が聞きたいのはあなたの腹の内よ、閣下様」
踏み込んできたその言葉に、閣下と呼ばれた男は苦笑した。
「実は自分でも驚くほど、何か裏があるとかいうわけでもないのだよ。如何にも悪どい黒幕を期待している諸君には悪いのだが」
あっけらかんとした閣下の言葉に、錬金術師と呼ばれた女子高生の、整えられた眉が寄せられる。
「…エヴルアを消す気だった?」
「…エヴルアを消す気だった?」
「まさか。彼は反骨心こそ隠していないが、私もみすみす、自分達の戦力を削ぐような愚策は言わんよ」
書斎を思わせる部屋に、沈黙が流れる。交錯する二者の視線。その時、インターフォンの音が鳴った。
「頼めるかな?」
閣下が錬金術師に応対を促した。顔をしかめて一瞥しながらも、錬金術師はインターフォンのモニターを見る。そこにはゾルドーの姿があった。
「神父様が私たちを咎めに来た」
「ほう、では迎え入れようか」
錬金術師が部屋のドアを開け、ゾルドーが入室すると、閣下がその来訪の意図を問う。
「全く君たち、私も忙しいのだが」
「エヴルアが消えた」
即座に告げられた言葉に一瞬、間が空いた。閣下が一つだけ「ほう…」と返し、状況を咀嚼する。
「早速戦力が削がれたかしら?」
「すぐにそう判断を急ぐのは早計だよ、君」
錬金術師の言葉を嗜めつつ、閣下はゾルドーに意識を向ける。ゾルドーの眼は鋭く細められ、眉は寄せられていた。
「奴はアレにプロテクトが掛けられていると言った。得体が知れぬ、とも。これはどういうことか」
「ああ…それか。まあ頃合いだな。アゼリア、君も察してはいるのだろう?」
呼ばれた錬金術師ーーアゼリアがゾルドーと閣下を見る。彼らからも視線が向けられる中、腕を組んだ彼女は溜め息を吐きつつ、小さな唇から言葉を紡ぎだした。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー

ネーゲルという、事件と対峙する上での鍵になり得る存在。その突然の登場に高揚しながらも、花森健人は一瞬顔をしかめた。
先の事件以降の、桧山初樹の表情が脳裏に浮かんだためである。
「あんな危険な作戦を提案しておいて、俺は何も出来なかった」
健人にそう吐露した初樹の表情には、痛みが宿っていた。その後に顔を合わせても、思い詰めた様相は変わることはなく、今日に至る。健人はスマートフォンの電話帳のアイコンをタップして一つ息を吸うと、初樹の番号に電話をかけた。
「もしもし、花っち?」
「もしもしハッサン、落ち着いて聞いてくれーー」

そうして健人の呼び出しに応じた初樹から、ネーゲルは質問責めにあっていた。
"あの怪物は何者?"、"なぜ人を襲う?"
"被害に遭った人を助ける方法は?"、"花っちはどうして変身できた?"、"ネーゲルはどういう存在?"
"被害に遭った人を助ける方法は?"、"花っちはどうして変身して戦える?"、"ネーゲルはどういう存在?"
「そんな聞かればっかりしても答えられん。そもそも解答できんのもあるし…」
「解答できない?」
連続する質問への解答に戸惑う中て健人からも問われ、流石にネーゲルも語気を強める。
「だから、一つずつなるだけるから、ちょっと待ちぃ!」
「あ…ごめん」
そう謝る初樹の目が、健人のそれと合った。数日ぶりに初樹の朗らかな表情を見た気た。
「最初からいくぞ。あの連中についてじゃが、言葉を話しとった黒コートの方が"エクリプス"。他の知性体ーー人間からある養分を摂取する者たち」
「エクリプス」
初樹が反復しているそ名を聞きながら、神経が居心地の悪さを覚え、筋肉が収縮する「だから、一つずつなるだけ答るから、ちょっと待ちぃ!」
「あ…ごめん」
そう謝る健人の目が、初樹のそれと合った。数日ぶりに初樹の少し解れた表情を見ら、健人も小さく肩を竦める。だがネーゲルが次に口を開い時ーー。
「最初からいくぞ。あの連中についてじゃが、言葉を話しとった黒コートの方が"エクリプス"。他の知性体からある養分を摂取する者たち」
「エクリプス」
健人の神経が、そして筋肉が、出てきた名称の奇妙さに収縮した「で、連中が使役しとったじゃろ?言葉を話さん方を。アレが連中の使い魔の"影魔"。知っての通り、見境なく人を襲う。」
「影魔…ちょっと待ってくれよ」
決定打。思えばあの黒コートも影魔の名を口にしていた。想起されるはあの奇妙なメール。
「何じゃ?散々急かしといて今度は」
「お前がその名前を知ってるのって…」
その時ズボンのポケットの中で、スマートフォンが鳴動した。健人がそれを取り出し、メールアプリを開くとそこにはーー。
"どうか教えて。あなたに何があったの?"
"エクリプス達と、戦っているの?"
そう文面の打たれた新着メールが表示され、送信者のアドレスにはやはり奇妙な文字の羅列で構成されていた。
"エクリプスや影魔達と、戦っているの?"
そう文面の打たれた新着メールが表示され、送信者のアドレスにはやはり奇妙な文字の羅列で構成されていた。直ぐに初樹とネーゲルにそれを見せる。
「このメールの送り主が、前に俺にエクリプスや影魔の存在を聞いてきたんだ。今みたいに」
「何で言わなかったんだよ」
「今ネーゲルから説明されて、ようやく意味がわかった状況だ。新手の迷惑メールだと思ってた」
初樹からの問いに、顔を強ばらせて答えていた。動揺している自身を、自覚せざるを得ない。
「ネーゲルはこれに、心当たりとかないのか?」
「ある」
「教えてくれ」
続けて初樹がネーゲルに問うも、一瞬間が空く。そうして出てきた言葉は、健人に怒気を抱かせた。
「あるが、解答できない」
「どうして!」
「…そう、プログラムされとるからじゃ」
ほんの一瞬息を吐くと、ネーゲルはそれだけ告げた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「そうなんですよ、うちのアルバイト。いい奴ではあるんですけど、中々なんというか落ち着きがなくてねーー」
同日、午前12時06分、安場佐田。胸中穏やかではないながら、健人はシフトに入るべく店の戸を開ける。佐田がビジネススーツ姿の若い女性と話をしていた。女性に会釈しつつ、どことなく上機嫌な佐田と挨拶を交わす。
「お疲れ様です」
「おお花森、こちらジャーナリストの上坂さん。うちに取材に来られたんだ」
佐田が紹介するのに合わせ、健人は再度上坂に意識を向けた。第一印象、容姿端麗な人。セミロングのウルフカット、整えられた切れ長な目がよく映える。おかげでその一瞬は、訳のわからない小人に振り回された現実を忘れることができた。店長も上機嫌な訳だと、内心独り言ちる。
「上坂蓉子です。今日はスィングって雑誌の企画で、安場佐田さんの取材にお邪魔してます」
その挨拶と共に差し出された名刺には、彼女の名前とフリージャーナリストの名が刻まれていた。
「あ、えっと…花森健人と申します。よろしくお願いします」
「お前さんにも取材したいということだから、応じれるなら今日の仕事はそれが最初だ」
「えっ、聞いてないっすよ!?」
本人が知らぬところで、半ばまで話が進んでいる。健人は一瞬困惑するが、すぐに上坂が注釈した。
「出来る限りのお話で構いませんので、是非。花森さんの感じることも併せて、取材したいんです」
「折角こう言われてるんだ。一つ行ってこい、な?」
「えっと…可能な範囲でしたら、まあ」
こちらを真っ直ぐ見る上坂の瞳を見返せない。佐田の言葉はともかく、先の動揺から逃れたい思いもあって取材に応じる。だが、間もなく投げ掛けられた一声は、健人を震え上がらせるものだった。

「それで、取材内容なんですけど…この街に出る怪物の都市伝説と、連続失踪事件について伺いたいんです」
      

「あんたらも結局、自己満足を貪ってるだけだよ。このパフェみたいな、な」
取材対象であったその権力者の言葉は、年老いたある女性ジャーナリストに虚しさを突きつけた。彼女は世の中の闇を多く見ながら、それ故に可能な限り人の希望を守ろうと報道を続けてきた人間だった。少なくともその信念と誇りが、彼女を動かしてきた。その時までは。
数年前、彼女がある事件を取材していた時のことだった。ある精神科病棟での患者の失踪。それも患者自身の心身と、他者の安全のために施錠されている保護室で起きた異常事態。医療関係者の職務の遂行には、直接的な落ち度はまず見られなかった。彼らが可能な限りの人道的ケアに努めていたことは、他の患者達の概ねも話していた。
だが警察の発表では、医療関係者の人為的な管理ミスであるとされ、当時職務に当たっていた看護師は処断される。
"事が起きた決定的瞬間は、保護室に備え付けられたカメラが捉えていたはず"
しかし彼女にその開示を請求できる権限はない。厳かである患者の個人情報であることを盾に、真実は闇に葬られようとしていたその矢先ーー先に処断された看護師もまた、その存在が消失した。だが彼女が最後に取材した当時には、看護師は失業保険の申請書類を書いており、状況に憤りながらも、戦う意思さえ見せていた。衝動的に自殺や蒸発などを考える人間のそれと捉えるには、不可解。
彼女はその後も必死に取材を続けた。否、最早それは単独での調査や捜査の類いだった。ある患者が保護室の患者のことを言った。
「"彼"は、自分の無力さに絶望していた」
また、ある警察の捜査関係者が吐露した。
「あの捜査は本当に異例だった。科警研も来ていたよ」
その看護助手は疑問を提示した。
「あの保護室は当分、掃除もしなくていいと、上の方から言われてました。あんなことがあったのはわかりますけど…それにしたって」
取材に応じた彼らが持っていた断片的な情報。そこから組み上がるロジック。部分ずつでもパズルのピースが揃い、ある仮説が脳裏を過った時、彼女は自身の正気を疑った。そして同時に、社会が大きく混乱しかねない事態に畏怖を抱く。
しかし権力者と対峙した時、パフェを食む彼の口から出た言葉は、彼女を揶揄する先のそれと、真相を明るみに出したところで、最早誰の足しにもならない現実。そしてそのために「自分はあくまで何もしない」という愚鈍にすぎる返答だった。
"嗚呼…私が挑み、足掻こうとしてきたものは、こうもつまらない、無為に終わるものだったか"
使命、正義、意義、抵抗。それら信条に出来る限りの全てを掛けてきた。故に彼女は自身が追ってきたものと、それを踏みにじるもの達への空虚さに、ただくたびれていた。そんな彼女の背に異形は襲い来る。その時彼女が抱いたものを、最早知る者は居なかった。

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「お前らさ、つけられとるぞ」
5月16日、午前9時47分。花森健人は自宅にて唐突に声をかけられた。そこに居たのは白い小人。今尚続く超常的な現象に、僅かに慣れた気がした自身を、寧ろ危うく思いながらも小人に辟易と返事をする。
「何、お前?今度は何だよ、もう」
「…いきなりあしらうのは、それはそれでどうなんよ。ていうかもうちょい驚くところじゃないんか?」
小人が捲し立てて言う。ああ、うざったい。
俺の周りはこんなことばかりが起こってばかりだ。だが驚くのも嫌になる。口からは溢れる溜め息に、健人の鬱々とした感情が強く滲んだ。
「お前も大方、"俺の現実"なんだろ?」
「まあ、否定はせんな」
「幻覚とかの方がマシだ」
「そりゃ相当じゃな」
転じてどこか飄々とさえした小人の返事が、健人の神経を逆立たせる。不思議とひりつくような悪意こそないが、そもそもお前は誰だ。人に名乗りもしないで苦言を言う無責任さが癪に障った。
「さっさと名乗れよ…俺は花森健人」
「ネーゲルじゃ、それじゃこれから」
「「よろしく」なんて言うと思ったか?不法侵入者」
同時に唱えられた挨拶を嫌味に変え、道義と法を盾に言い放つ健人だが、小人は意に介さない。
「あんま自分から言いたくないが、命の恩人にそれはなかろう」
「は?…ネーゲルって、お前!」
想起されるは先の事件。自分達を追い詰めた黒コートの凶行に対し、健人の身体を操って介入した第三者。
「やっと気づいたか。そう、前にお前がトランスになっとる時、戦ってたのは俺じゃ」
「知ってること教えてくれ」
であれば必然やることは一つ。情報を乞う。
「いいぞ。言えることなら言える」
不意に出てきた光明に、健人は一つ息を吸った。

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「全く、面倒になったな」
同日、午前10時27分。朝憬市南東部のさるマンションの一室にて、燕尾服を纏う初老の男が言った。
「よく言うわ。大方エヴが手こずること、分かってたんでしょ?」
対するは黒髪の女子高生。俗にいう深窓の令嬢という風貌そのままに、静かに、だが悠然と言葉を紡ぐ。
「そういう君はどうなのかね、エヴルアに思うところでも?錬金術師殿」
「冗談よして。私が聞きたいのはあなたの腹の内よ、閣下様」
踏み込んできたその言葉に、閣下と呼ばれた男は苦笑した。
「実は自分でも驚くほど、何か裏があるとかいうわけでもないのだよ。如何にも悪どい黒幕を期待している諸君には悪いのだが」
あっけらかんとした閣下の言葉に、錬金術師と呼ばれた女子高生の、整えられた眉が寄せられる。
「…エヴルアを、消す気だった?」
「まさか。彼は反骨心こそ隠していないが、私もみすみす、自分達の戦力を削ぐような愚策は言わんよ」
書斎を思わせる部屋に、沈黙が流れる。交錯する二者の視線。その時、インターフォンの音が鳴った。
「頼めるかな?」
閣下が錬金術師に応対を促した。顔をしかめて一瞥しながらも、錬金術師はインターフォンのモニターを見る。そこにはゾルドーの姿があった。
「神父様が私たちを咎めに来た」
「ほう、では迎え入れようか」
錬金術師が部屋のドアを開け、ゾルドーが入室すると、閣下がその来訪の意図を問う。
「全く君たち、私も忙しいのだが」
「エヴルアが消えた」
即座に告げられた言葉に一瞬、間が空いた。閣下が一つだけ「ほう…」と返し、状況を咀嚼する。
「早速戦力が削がれたかしら?」
「すぐにそう判断を急ぐのは早計だよ、君」
錬金術師の言葉を嗜めつつ、閣下はゾルドーに意識を向ける。ゾルドーの眼は鋭く細められ、眉は寄せられていた。
「奴はアレにプロテクトが掛けられていると言った。得体が知れぬ、とも。これはどういうことか」
「ああ…それか。まあ頃合いだな。アゼリア、君も察してはいるのだろう?」
呼ばれた錬金術師ーーアゼリアがゾルドーと閣下を見る。彼らからも視線が向けられる中、腕を組んだ彼女は溜め息を吐きつつ、小さな唇から言葉を紡ぎだした。

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ネーゲルという、事件と対峙する上での鍵になり得る存在。その突然の登場に高揚しながらも、花森健人は一瞬顔をしかめた。
先の事件以降の、桧山初樹の表情が脳裏に浮かんだためである。
「あんな危険な作戦を提案しておいて、俺は何も出来なかった」
健人にそう吐露した初樹の表情には、痛みが宿っていた。その後に顔を合わせても、思い詰めた様相は変わることはなく、今日に至る。健人はスマートフォンの電話帳のアイコンをタップして一つ息を吸うと、初樹の番号に電話をかけた。
「もしもし、花っち?」
「もしもしハッサン、落ち着いて聞いてくれーー」

そうして健人の呼び出しに応じた初樹から、ネーゲルは質問責めにあっていた。
"あの怪物は何者?"、"なぜ人を襲う?"
"被害に遭った人を助ける方法は?"、"花っちはどうして変身して戦える?"、"ネーゲルはどういう存在?"
「そんな聞かればっかりしても答えられん。そもそも解答できんのもあるし…」
「解答できない?」
連続する質問への解答に戸惑う中て健人からも問われ、流石にネーゲルも語気を強める。
「だから、一つずつなるだけ答えるから、ちょっと待ちぃ!」
「ああ…ごめん」
そう謝る健人の目が、初樹のそれと合った。数日ぶりに初樹の少し解れた表情を見ながら、健人も小さく肩を竦める。だがネーゲルが次に口を開いた時ーー。
「最初からいくぞ。あの連中についてじゃが、言葉を話しとった黒コートの方が"エクリプス"。他の知性体から、ある養分を摂取する者たち」
「エクリプス」
健人の神経が、そして筋肉が、出てきた名称の奇妙さに収縮した。
「で、連中が使役しとったじゃろ?言葉を話さん方を。アレが連中の使い魔の"影魔"。知っての通り、見境なく人を襲う。」
「影魔…ちょっと待ってくれよ」
決定打。思えばあの黒コートも影魔の名を口にしていた。想起されるはあの奇妙なメール。
「何じゃ?散々急かしといて今度は」
「お前がその名前を知ってるのって…」
その時ズボンのポケットの中で、スマートフォンが鳴動した。健人がそれを取り出し、メールアプリを開くとそこにはーー。
"どうか教えて。あなたに何があったの?"
"エクリプスや影魔達と、戦っているの?"
そう文面の打たれた新着メールが表示され、送信者のアドレスにはやはり奇妙な文字の羅列で構成されていた。直ぐに初樹とネーゲルにそれを見せる。
「このメールの送り主が、前に俺にエクリプスや影魔の存在を聞いてきたんだ。今みたいに」
「何で言わなかったんだよ」
「今ネーゲルから説明されて、ようやく意味がわかった状況だ。新手の迷惑メールだと思ってた」
初樹からの問いに、顔を強ばらせて答えていた。動揺している自身を、自覚せざるを得ない。
「ネーゲルはこれに、心当たりとかないのか?」
「ある」
「教えてくれ」
続けて初樹がネーゲルに問うも、一瞬間が空く。そうして出てきた言葉は、健人に怒気を抱かせた。
「あるが、解答できない」
「どうして!」
「…そう、プログラムされとるからじゃ」
ほんの一瞬息を吐くと、ネーゲルはそれだけ告げた。

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「そうなんですよ、うちのアルバイト。いい奴ではあるんですけど、中々なんというか落ち着きがなくてねーー」
同日、午前12時06分、安場佐田。胸中穏やかではないながら、健人はシフトに入るべく店の戸を開ける。佐田がビジネススーツ姿の若い女性と話をしていた。女性に会釈しつつ、どことなく上機嫌な佐田と挨拶を交わす。
「お疲れ様です」
「おお花森、こちらジャーナリストの上坂さん。うちに取材に来られたんだ」
佐田が紹介するのに合わせ、健人は再度上坂に意識を向けた。第一印象、容姿端麗な人。セミロングのウルフカット、整えられた切れ長な目がよく映える。おかげでその一瞬は、訳のわからない小人に振り回された現実を忘れることができた。店長も上機嫌な訳だと、内心独り言ちる。
「上坂蓉子です。今日はスィングって雑誌の企画で、安場佐田さんの取材にお邪魔してます」
その挨拶と共に差し出された名刺には、彼女の名前とフリージャーナリストの名が刻まれていた。
「あ、えっと…花森健人と申します。よろしくお願いします」
「お前さんにも取材したいということだから、応じれるなら今日の仕事はそれが最初だ」
「えっ、聞いてないっすよ!?」
本人が知らぬところで、半ばまで話が進んでいる。健人は一瞬困惑するが、すぐに上坂が注釈した。
「出来る限りのお話で構いませんので、是非。花森さんの感じることも併せて、取材したいんです」
「折角こう言われてるんだ。一つ行ってこい、な?」
「えっと…可能な範囲でしたら、まあ」
こちらを真っ直ぐ見る上坂の瞳を見返せない。佐田の言葉はともかく、先の動揺から逃れたい思いもあって取材に応じる。だが、間もなく投げ掛けられた一声は、健人を震え上がらせるものだった。

「それで、取材内容なんですけど…この街に出る怪物の都市伝説と、連続失踪事件について伺いたいんです」